77 早朝の訪問者
本日より、4章スタートです!
王城へ帰り着いたシャンテルは夕食後、真っ直ぐ自室へ向かうと、早めに眠りに就いた。
視察中に報告書を殆ど書き終えていたことも理由の一つだが、帰ってきたその日ぐらいは疲れた身体を休めて、翌日から待ち受けている大量の公務に備えたかったからだ。
翌朝、普段より早く起きたシャンテルは、アンナとエリーに手伝ってもらいながら、身支度を整えていく。
サリーは視察に付き合ってくれていたこともあり、少し休んでほしくて昨日から今朝の支度は二人にお願いしていた。
カールとエドマンドには早起きすると事前に伝えていたわけではない。だから、夜勤の護衛騎士に執務室まで付いてきてもらって、アンナとエリーには、いつも通りの時間に迎えに来る二人に伝言を頼むつもりだ。
だが、その予定は静かな朝に響いたノックの音と共に、少しずれ込むことになる。
丁度、身支度が終わって部屋を出ようとしていたところだった。
アンナが扉に近付いて来客者を確認すると、シャンテルの元へ戻ってくる。
「ジョセフ公子がいらっしゃっているようです」
「ジョセフ様が?」
朝早くからどうしたのかしら? と疑問を抱えながら、シャンテルは彼を出迎える。
「ジョセフ様、おはようございます」
「シャンテル様、おはようございます。朝早くから押し掛けてしまい、申し訳ありません」
挨拶の後、急な訪問を詫びたジョセフにシャンテルは疑問をぶつける。
「どうかなさいましたか?」
「はい。シャンテル様に早くお渡ししたいものがありまして」
「渡したいものですか?」
キョトンと首を傾げるシャンテルにジョセフは言葉を続ける。
「はい。本当は昨夜お訪ねしようと思ったのですが、帰城したばかりで疲れていらっしゃると思い、こうして今朝訪ねることにしました」
そう言って、彼が後ろ手にに隠していた物を前に差し出す。それは赤い薔薇の花束だった。
美しい花にシャンテルが思わず感嘆の声を上げると、ジョセフが跪く。
「これは視察中にお伝えしていたもう一つのプレゼントです。シャンテル様、よろしければ受け取っていただけませんか?」
『実はまだ準備しているプレゼントがあるのですが、それは王城に戻ってからお渡ししますね』
ジョセフと一緒に出掛けた日の朝、彼は確かにそう言っていた。
彼の仕草や言葉も相まって、とてもロマンチックだ。
まるでプロポーズされているみたい!
そう思うと、視察でジョセフと花畑を訪れた時のことまで思い出して、シャンテルは余計にドキドキした。
「こんなに素敵なもの、戴いてよろしいのですか?」
「はい。シャンテル様を想って、心を込めて用意しました。どうか私の気持ちを受け取ってください」
そう言われては、無下にできるわけもなく、シャンテルは花束を受け取る。
「ありがとうございます。ジョセフ様」
「こちらこそ、受け取ってくださって、とても嬉しいです」
ジョセフが幸せそうな笑顔を見せる。花束を受け取っただけで、そんなに喜んでもらえるなんて、とシャンテルが思っていると、彼は更に言葉を付け足した。
「これで今日から私がシャンテル様の婚約者ですね」
「……え?」
言葉の意味を飲み込むのに、シャンテルは数秒掛かった。
「……婚約者、ですか?」
「はい。十二本の薔薇の花束を受け取ってくださいましたから。私と草花について語れるほどお詳しいシャンテル様なら、その意味をご存知でしょう?」
そう言われても、シャンテルには分からない。ジョセフほど草花に詳しいわけではないからだ。シャンテルが知っている草花の知識は、庭師から庭に植える花の特徴などを聞いて覚えた分だけだ。
ジョセフ様は何が言いたいの? 私が花束を受け取ったことに、何か別の意味があるのかしら?
疑問を抱えながらが戸惑っていると「シャンテル王女!」と廊下の方から声がした。
「エドマンド皇子……」
シャンテルが困惑顔で振り向くと、少々複雑そうな表情をした彼が珍しく舌打ちする。
「俺の予想は杞憂ではなかったか」
「予想?」
その言葉にシャンテルは首を傾げた。だけど、ジョセフは「何のことですか?」と、不思議がる素振りもなく、冷静に尋ねている。
「惚けるのか。公子はシャンテルがどの程度花の知識を持っているか正確に把握し、花言葉までは知らないと分かっていて、その花束を贈っただろう」
「え……?」
それを聞いたシャンテルは、今までジョセフと交わした草花に関する会話が頭を過る。
確かに、花言葉についてはシャンテルから話したことがない。だけど、ジョセフと王城の庭園を巡った時、彼はいくつか花言葉を教えてくれた。それに対して、『素敵な花言葉ですね』と相槌を打った覚えはある。それこそ、初めて知ったリアクションを取った。だけど、それだけでジョセフを問い詰めるのは良くない。
「エドマンド皇子、ジョセフ様に失礼な発言は控えてください」
シャンテルがやんわり注意すると、視線だけを寄越した彼から「黙っていろ」と短く返ってくる。
「公子は他にも、ロマーフ公国で見つかった新種の花、アイカレンを贈ったな?」
「はい。シャンテル様に贈りましたよ」
新種の花と聞いて、シャンテルは視察中にジョセフから贈られた花束を思い浮かべる。
「あれは、公国では愛を象徴する花として、妻や恋人に贈ることが流行っているはずだ。それを贈った相手に受け取ってもらえたら、その二人は幸せに添い遂げられると言われているそうだな?」
あの花にロマンチックなエピソードがあったことに、シャンテルは驚いた。そして、そのことを知っていたエドマンドにも驚く。
シャンテルも知らなかったロマーフ公国の花を遠く離れたデリア帝国が掴んでいたのだ。デリア帝国の情報収集力はかなり高いようだ。
「それが何ですか? 私はただ、自国から花を送らせるとシャンテル様に約束して、それを実行したに過ぎません」
「あの花の花言葉も愛にまつわるものだ」
「それについてはたまたまです」
「それについては、か。今回は違うと言っているようにも聞こえるが?」
スッと目を細めたエドマンド。その視線にジョセフはたじろぐかと思いきや、以外にもフッと笑みを浮かべた。
「はい。ちゃんとお伝えしましたから、『シャンテル様を想って、心を込めて用意しました。どうか私の気持ちを受け取ってください』と。それに、花束にも私の気持ちを書き添えています」
シャンテルは小さく「えっ?」と声を漏らして、手元にある花束を確認する。
すると、そこにメッセージカードが添えてあることに気付いた。それを手に取って、二つ折りのカードを開く。
────
貴女を心からお慕いしています。
生涯、幸せにすると約束します。
どうか婚約者となり、未来の妻になってください。
────
宛名と差出人の間にそんな告白の言葉が書かれていた。
「これは……」
今までジョセフから直接思いを伝えられたことはない。だが、彼がシャンテルに好意を寄せていることは薄々感じていた。だけど、ストレートな気持ちを送られたのはこれが初めてだった。
その時、ジョセフが跪いてこの花束を渡してきた意味をシャンテルは理解する。
プロポーズされているみたいだと感じたのは、まさにプロポーズだったからだと気付いた。
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本日より、4章スタートしました!
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【備考】
アイカレン ※この作品の空想上の品種です。
●概要
・公国で見つかった新種の花
・赤、ピンク、オレンジの小さな花を咲かせる
・公国では、妻や恋人に贈ることが流行っている
●花言葉
赤:あふれる愛。あなたへの愛
ピンク:あなたへの恋
オレンジ:あなたへの愛情




