76 エドマンド皇子の笑顔
店が並ぶ通りをエドマンドに手を引かれながら、シャンテルは歩いていく。
視線をあちこちに向けては、どんなお店か分かると、別のお店に視線を寄越している彼の様子に、目当てのお店があるのだとシャンテルは知る。
エドマンド皇子は『私が喜びそうなお店』と仰っていたけれど、どんなお店をを探しているのかしら?
シャンテルが疑問に思っていると、目的の店を見つけたらしい。躊躇うことなくエドマンドは店に入った。
そこはカフェだった。
流行っているのか、テーブルは満席に近かい。店内は落ち着いた雰囲気で、庶民の娘からお金持ちのご令嬢まで。年齢も身分も幅広い客層がターゲットになっていた。
この前、ジョセフと訪れた花畑のカフェと同じように、複数並んだテーブルが少し離れて配置されている。だが、観光地だったカフェとは違い、お洒落な服の客もいれば、シンプルな普段着の客がいたりと、装いの違った客が多く見られた。
ここでは貴族のようなマナーなど存在しない。誰もが気楽にお茶やデザートをお供に、会話を楽しむ賑やかな声があちこちから聞こえていた。
出迎えてくれた店員とエドマンドが言葉を交わすと、二人席に案内される。サリーたちはそのすぐ隣の四人席に着いた。
シャンテルが店内を見回していると、エドマンドが話しかけてくる。
「シャンテルはこういった店は初めてか?」
ここに来るまでに二度呼び捨にされているが、座ったことで気持ちが落ち着いたのか、家族以外からそんなふうに呼ばれてシャンテルはドキッとした。
「いえ、この前ジョセフ様と観光地にある小さなカフェに行ったのが初めてです」
答えると、エドマンドの眉間にシワが寄る。不機嫌を露にした表情に、何か不味いことを言ってしまったのかしら? と、小さく肩を揺らす。
「エ、エドはあるのですか?」
険悪になりそうな空気を変えるべく、シャンテルがすかさず質問で返すと、「あぁ」と少しぶっきらぼうな答えが返ってくる。
「祖国で何度か城を抜け出して、気になる店によく入っていった」
それを聞いて、クレイグはさぞかし苦労しただろうとシャンテルは苦笑になる。
店員がメニューを運んできたので、そちらに目を通すと、そこには美味しそうなデザートの名前が並んでいた。そして、その種類の多さにシャンテルは目を輝かせた。
イチゴとベリーのスコーン、エッグタルトにワッフル、スポンジケーキのシリーズは、イチゴ、オレンジ、レモン等々、数十種類もあって豊富だ。
デザートの名前の下には簡単にどんなフルーツが使われているか紹介文も書かれている。
「こんなにたくさん! 凄い!」
「好きなものを選ぶといい」
「迷ってしまいますね」
「気に入ったか?」
「えぇ!」
シャンテルが頷いて顔を上げると、驚いた顔のエドマンドと目が合った。ハッとするシャンテルだったけれど、時既に遅く、「ふっ」とエドマンドが微笑んだ。先ほど、一瞬不機嫌だったのが嘘みたいだ。
「そんなに喜んでもらえるとはな」
「うっ」
シャンテルは羞恥で言葉に詰まる。確かに嬉しかった。だけど、エドマンドに『そんなに』と言わせるほど、今の自分は顔が緩んでいるのかと思うと恥ずかしくて仕方がない。
「……どうしてこのお店を?」
話題を変えようと問い掛けると、「初めて顔を会わせた時のことを覚えているか?」と逆に尋ね返された。
それは、夜会の為に各国から王族を迎え入れていた頃に、エドマンドとお茶会した時のことだ。
「あの時、うちの料理人に『デリア帝国で流行っている菓子を作らましょう』と言ったが、ルベリオ王国では材料が足りなくてな。これはそのお詫びだ。甘い物なら何でも好きだといっていただろう」
確かに、シャンテルは好きなものを聞かれて、『甘い物なら何でも好きです』と答えている。
「覚えていらっしゃったのですか?」
「あぁ。お前のことだからな。宝石より甘い物の方がいいだろうと思った。実際、この前のお茶会でも小皿いっぱいに甘い物を取っていたからな」
そう指摘されると、シャンテルが食いしん坊みたいで別の意味で恥ずかしさを覚える。
「私、そんなに食い意地は張っていません」
「そうだな。それは甘い物限定だろう。何しろ昼食を忘れるぐらいだからな。そう言えば、何度か夕食も忘れていたな?」
その件に関しては否定できない。何しろ、執務室に籠っていると知らない間に時間が過ぎているからだ。
シャンテルはむっと黙り込む。それが可笑しいのか、エドマンドが楽しそうに笑った。
その後、各々食べたいものを決めると、エドマンドが慣れた様子で店員に注文してくれた。
暫く待つと、紅茶と共に注文したスイーツが運ばれてくる。
シャンテルはワッフルを頼んだ。ワッフルの隣には付け合わせのクリームが添えられており、その上にイチゴジャムが掛けられている。更に、トッピングとしてイチゴも乗せられていた。
できたてのいい匂いに、シャンテルは無意識に「わぁっ」と声を漏らした。すぐに気付いてハッと前を見ると、やはりエドマンドがシャンテルを見て笑っている。
「シャンテルもそんな顔をするんだな」
「そ、そんなって、どんな顔です?」
「子どもみたいな顔だ」
くつくつと笑われて、シャンテルはムキになる。
「もしかして、バカにしてます?」
シャンテルの、問い掛けに「いいや?」と返事した割に、彼はまだ笑っている。
「やっぱりバカにしていますよね?」
「ほら、冷めないうちに食べてみろ」
エドマンドは話を逸らすと、頼んでいたオレンジのスポンジケーキを優雅な仕草で口に運んでいく。
シャンテルはこの歳になって子ども扱いをされたようで、変な気分だった。だけど、心の底から嫌と思ったわけではない。
そんな、言葉にできない不思議な気持ちを飲み込んで、フォークとナイフを手に取ると、食べやすい大きさにワッフルをカットして口に運んだ。
ふわっと広がる甘さに、焼きたての温かさが口の中を満たす。いつも食事は毒味だなんなだと、シャンテルの元に運ばれてくる頃には冷めてしまっていることが多い。その為、飲み物以外は温かいものを口にする機会がない。
午前に食べたパンに続いて、できたてを味わえたことで、口の中が多幸感でいっぱいになる。
「美味しい……!」
お城で出される食事やデザートは間違いなく高級品で、それを作るシェフも一流だ。だけど、それに負けないくらい街で口にする食べ物の温かさは特別だった。
「それはよかった」
幸せそうな顔のシャンテルにエドマンドもまた幸せそうな笑みを浮かべていた。だけど、ワッフルに夢中のシャンテルがそれに気付くことはなかった。
その後、日暮れと共にシャンテルたちは宿へ戻った。そして、翌日の朝から出発し、夕方に王城へ到着した。
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前回お知らせしました通り、これにて3章は終了です。
4章開始は5月下旬か6月上旬を予定しています。
決まりましたら、こちらのページの後書きを更新してお知らせする予定です。
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