第六話 荷を一つにする
「ノーレ村まで、歩いて半日です」
セリはそう言って、先に立って歩き出した。
朝のうちに出た。角四本と皮は出張所に置いてある。運ぶ相談をつけに行くのが今日の仕事だ。
十日と言った。今日で二日目になる。
道は北へ向かって下っていた。両側は麦で、刈り入れまであと十日ほどに見える。踏み倒された筋が三本、畑を斜めに横切っていた。〈牙鹿〉の通り道だ。トゥーレでもノーレでも、同じ形の筋が残っている。
半分ほど来たあたりで、道が細くなった。左が林になる。若い衆が罠を仕掛けたのはこの先だと聞いた。
俺は歩きながら、頭の中で荷を積んでいた。麦の袋は一つで人ひとり分の場所を取る。角は四本で腕に抱えられる。皮は畳める。数字は昨夜のうちに出してあったが、歩いていると別の並べ方が出てくる。
◆
ノーレ村は、トゥーレより大きかった。戸数で六十ほどだという。
村長のガレンは五十くらいの男で、俺の話を最後まで聞いた。聞いてから、こう言った。
「うちは麦を売りたい。あんたのところは角を売りたい。それは分かった」
「はい」
「だが、なんで一緒に出す」
「運賃です」
俺は紙を出した。歩きながら書いてきた数字だ。
「ケルンまで、荷馬車を一台借りて銀貨六枚。これは片道です。往復で十二枚。護衛を三人つけると、一人あたり銀貨二枚で六枚。合わせて十八枚かかります」
「高い」
「高いです。だからトゥーレだけでは出せません。角と皮を全部売っても銀貨十二枚にしかならない。十八枚かけて十二枚のものを運ぶ人間はいません」
「うちだけでも同じだ」ガレンが言った。「麦二百袋のうち、売れるのは五十袋だ。銀貨で二十枚ぶん。運賃を引いたら二枚しか残らん。誰が二枚のために死ぬ道を通る」
「一緒に出せば、運賃は一回分です」
俺は指で紙を押さえた。
「荷馬車は一台で足ります。麦五十袋と、角四本と、皮四枚。積めます。護衛も同じ三人でいい。かかるのは十八枚のままです。売り上げは、麦で二十枚、角と皮で十二枚。合わせて三十二枚。運賃を引いて十四枚が残ります。分け方は相談ですが、ノーレに七枚は残ります」
ガレンは紙を見た。しばらく見ていた。
「二枚が七枚になるということか」
「なります」
「あんた、それを一人で計算したのか」
「計算というほどのものではありません」
本当にそうだった。足して割っただけだ。
だが十年、誰もやらなかった。ノーレは麦しか見ていない。トゥーレは角しか見ていない。荷馬車が一台で足りることを、両方の荷を同じ紙に書いた人間がいなかった。
◆
「護衛は誰が出す」
「トゥーレの若い衆が三人。〈牙鹿〉を四頭獲った連中です」
「素人だろう」
「素人です」
俺は認めた。
「冒険者を雇うなら、依頼を出すのに手数料が銀貨四枚いります。その四枚が村になかったので、この十年、依頼が出せませんでした。若い衆なら、報酬は証で払えます」
「紙で払うのか」
「紙で払います」
ガレンの顔が動いた。動き方で分かった。話は、もうこの村まで届いている。
「聞いとる。トゥーレのギルドが紙を配っとると」
「配ってはいません。買っています」
「同じことだろう」
「違います」
俺は言った。ここは譲れなかった。
「配るなら、いくらでも出せます。買うなら、買ったものの分しか出せません。角一本で証二枚。角がなければ証も出ません。いま出ているのは十三枚で、上限は三十枚です。上限は、この村の若い衆が半年で獲れる見込みから決めています」
「そんなもの、あんたが好きに決められるだろう」
「決められます」
また認めた。認めるたびに、話が短くなる。
「決められますが、決めたら台帳に書きます。台帳はトゥーレの出張所にあって、誰でも見られます。ハウルさんが持っています。俺が持っていません」
ガレンは腕を組んだ。
「なぜ持たん」
「持つと、書き換えられるからです」
◆
昼を回って、話は運賃の割り方に戻った。
俺は荷の場所で割ることを主張した。ガレンは売り上げで割ることを主張した。麦は場所を取って安く、角と皮は場所を取らずに高い。場所で割るとノーレの負担が重くなり、売り上げで割ると軽くなる。
二時間かけて、真ん中に落ちた。積む場所の広さで割ることにした。麦の袋は場所を取るが、重さほどではない。
荷馬車の床を九等分すると、麦五十袋で八つ、角と皮で一つになる。場所で割れば、運賃十八枚のうちノーレが十六枚、トゥーレが二枚だ。売り上げで割れば、ノーレが十一枚、トゥーレが七枚になる。
落ちたのは、ノーレが十三枚、トゥーレが五枚。売り上げから引くと、双方に七枚ずつ残る。
俺が最初に出した数字から、トゥーレの負担は三枚増えた。二時間で銀貨三枚である。
安い交渉だったかどうかは分からない。ただ、次にもう一度この道を通るための三枚だと思うことにした。
紙に書いて、二人で署名した。
「これは何だ」
ガレンが自分の名前を見ながら言った。
「覚書です」
「口で決めたことを、なんで紙にする」
「半年後に、どちらかが忘れるからです」俺は言った。「忘れたほうが悪いということにすると、村と村が揉めます。紙にしておくと、揉めるのは紙の読み方だけで済みます」
ガレンは笑った。
この日、初めて笑った。
「あんた、変なことを言う男だな」
「そう言われます」
◆
帰り道、セリがずっと黙っていた。
半分ほど来たところで、口を開いた。
「ヨナさん、二時間も揉めてましたよね」
「揉めていました」
「疲れませんか」
「疲れます」
「じゃあ、なんで」
俺は少し考えた。
「場所で割ると、ノーレが損をします。損をした側は、次から一緒に出しません。次がなくなると、来年また運賃が十八枚に戻ります」
「一回だけなら、押し切ったほうが得ってことですか」
「一回だけなら、そうです」
セリは足元を見て歩いていた。
「ヨナさんの仕事って」
「はい」
「二回目があるようにする仕事ですか」
俺は返事をしなかった。
返事をしなかったのは、思いつかなかったからではない。思いついたものが、自分でも意外だったからだ。
十二年、そう説明したことは一度もなかった。事務です、と答えて終わりにしていた。
◆
トゥーレに戻ったのは日が落ちてからだった。
出張所の戸に、紙が挟んであった。
ガレンの使いが、俺たちより先に着いていたらしい。歩きではなく馬だ。
一行だけ書いてあった。
——その紙、うちでも使えるのか。




