第四十八話 自分の仕事の値段
俺は、その晩、二通書いた。
一通目は本部宛である。
——支部長の判断に、理由をつけて反対する役を、支部に一人置くことを認めていただきたい。
——この者は支部長から給金を受けず、本部の直属とします。反対の理由と、支部長が最後にどう決めたかを両方記録し、記録は支部に来た者なら誰でも読めるところに置きます。
——理由を書きます。私を止める人間が、いまこの支部にいません。九月前、この支部には支部長を止める人間がいませんでした。同じことになります。
二通目は、トゥーレ宛に書いた。
◆
——四十一の質問の、二番の答えです。
——反対する役の人が取次官になった場合、反対するのは誰か。
——答えは、外から来た人です。村の中の人ではありません。村の中の人は、取次官に生活を握られています。
——本部に、支部にも同じ役を置くよう申請しました。認められたら、その者を三村へ年に二度回します。回れば、村の側にも外から来る目ができます。
——認められなければ、別の手を考えます。考えるのは、私ではなくあなたです。私はもう取次官ではありません。
——ただ、答えられなかった質問の一つに、答えを送るくらいのことは、させてください。
◆
二通目を書きながら、俺は自分がまだ取次官の口調で書いているのに気づいた。
説明が長い。理由を三つ並べている。相手が読めるかどうかを、一行ごとに確かめながら書いている。
九月前、俺はこの書き方をしなかった。〈灰〉と書き、円に点を打ち、線を二本引いた。速いからだ。
速さを捨てると、こんなに長くなる。
長いものを、人は読まない。読まないものは、渡らない。
だから、最後に一行だけ足した。
——長くなりました。読むのが面倒でしたら、最後の三行だけ読んでください。
◆
◆
書き終えて、俺は荷から布包みを出した。
ゴルドが最後にくれた三つ目の印である。麦の穂。粒が潰れている。わざと潰したので、押したら偽物になる。
俺は、それを机の引き出しに入れた。
九月前、この引き出しに、俺の木札が落ちる音を聞いた。
支部長が札を裏返して、記載を読み上げた。読み上げる必要はなかったはずだ。手続きの一部でもない。
——ヨナ・レンデル。内務官。第三等。
——所持技能、【不足視】。
部屋の隅で、書記官が笑った。
◆
「支部長、まだいるんですか」
ミナが顔を出した。
「います」
「もう遅いです」
「そうですね」
彼女は入ってこなかった。戸口に立ったまま、こう訊いた。
「支部長は、なんで内務をやってるんですか」
俺は顔を上げた。
「訊かれたことがありませんでした」
「訊いちゃだめでしたか」
「いいえ」
俺は言った。
「十二年、一度も訊かれませんでした」
◆
答えを、俺は持っていなかった。
剣が使えなかった。数を数えるのが苦にならなかった。募集の張り紙が出ていた。全部本当だが、どれも答えではない。
「分かりません」
俺はそう答えた。
「分からないんですか」
「分かりません」
「じゃあ、なんで続けたんですか」
「掲示板に、額の入っていない票があったからです」
俺は言った。
「毎日ありました。毎日あるので、毎日埋めました。埋めていたら、十二年経ちました」
ミナは、しばらく黙っていた。
「それ、答えだと思います」
◆
俺の仕事の値段を、俺はまだ知らない。
橋の四十枚。四回で五十二枚。五回目で六十四枚。
クレイグの婆さんが待った三月。そのうちの一月は、俺だ。
〈石の門〉の四人。区画割りは俺の職掌の外だった。
掲示板の十二枚。三十分あれば終わった。
足しても、数字にならない。
値段は、たぶん、そういうものではない。
九月前、俺は「自分の仕事は、たいした仕事ではない」と思っていた。
いまは、そう思っていない。
思っていないが、「たいした仕事だ」とも思っていない。
◆
「支部長」
「はい」
「明日、十二枚を三十分で入れます」
ミナは言った。
「三十分で入るようになったのは、いつからですか」
「三年目です」
「わたし、二月です」
「早いです」
「早くないです」
彼女は言った。
「前の人が十四枚書いてくれたからです」
◆
分かったのは、一つだけだ。
値段は、渡してみないと分からない。
渡らなかったものに、値段はつかない。
三十二枚を机に置いて門を出た日、俺の十二年に値段はつかなかった。誰にも読めなかったからだ。
いま、六十八枚がある。二十七箇所に未定と書いてある。読める。読めるので、値段がつく。
つく値段が高いか安いかは、俺が決めることではない。
◆
「支部長」
トーレンだった。金庫室から上がってきたらしい。
「まだいらっしゃいましたか」
「います」
「一つ、お伝えしておきます」
彼は紙を一枚置いた。
「六十八枚の引継ぎ書、印がつかなくなりました」
俺は顔を上げた。
「読み終えましたか」
「四度目で、印が零になりました」
「四度」
「四度です」
トーレンは言った。
「一度目が二十九個。二度目が十一個。三度目が三個。四度目が零です」
◆
俺は、その数字を書き留めた。
二十九、十一、三、零。
半年前、トゥーレでセリがつけた印は十一個だった。二度目で九個直し、残り十三個に三人が二十日かけた。
数はどちらでもいい。
大事なのは、零になったと言ったのが**受け取った側**だということだ。
「終わりですか」
「終わりです」
トーレンは言った。
「渡し終わりました」
◆
俺は、その言葉を聞いて、しばらく何も言えなかった。
九月前、俺は同じ部屋で「引継ぎ書に書いておけ」と言われた。書いた。三十二枚書いて、渡した。
あのとき、渡し終わったと思った。
思っていただけだった。
渡し終わったかどうかを言えるのは、渡した側ではない。
「トーレンさん」
「はい」
「ありがとうございました」
「礼を言われる筋ではありません」
彼は言った。
「四度読んだのは、私の仕事です」
◆
窓の外で、荷を降ろす音がしていた。
九月前も、この音がしていた。
戸を叩く音がした。二回。
「支部長」
ミナだった。書類を抱えている。角が折れている。急いで持ってきたらしい。
「明日の依頼票、二十六枚あります」
俺は顔を上げた。
二十六枚。
九月前、俺が残していった数と、同じだった。
「査定は」
「十四枚済んでいます。十二枚、まだです」
「今日中に入れますか」
「入れます」
ミナは言った。
「三十分あれば終わります」
——第一部 完




