第四十七話 経費を二割落とせ
三の月の四日、本部から書面が来た。
封を切る前に、中身は分かっていた。二月前、トーレンが私信で知らせている。
分かっていたのに、一行目で手が止まった。
——王都支部の経費を、二割削減されたい。
九月前と、同じ文である。
同じ文が、今度は俺に来た。
◆
俺は、その紙を机に置いたまま、しばらく見ていた。
九月前、この文を受け取った男は、人員表を出して赤い線を三本引いた。
上から二番目が、俺だった。
あのとき俺は、数字は正しいと思った。人件費が他支部より三割高い。そのうちの少なくない部分が内務に出ている。内務は依頼を受けない。素材を持って帰らない。魔物を一匹も倒さない。
削る順番を上から書けば、俺の名前はそのあたりに来る。
そう思った。
思った理由が、いま分かる。俺も目録を見ていたからだ。
◆
「二割ですか」
ミナが紙を覗き込んだ。
「二割です」
「四十三枚ですね」
俺は顔を上げた。
「速いですね」
「二百十四の二割です」
彼女は言った。
「年の費えは、二の月に覚えました」
「なぜ覚えたんですか」
「訊かれると思ったので」
◆
俺は、まず数えた。
支部の年の費えは、二百十四枚である。二割は、四十三枚。
内訳を出した。人件費が百三十一枚。建物の維持が三十枚。消耗品が三十八枚。残りが雑費である。
削れるところを、俺は三日で八箇所見つけた。
八箇所を全部やると、二十九枚になる。四十三に、十四足りない。
残り十四枚は、人件費からしか出ない。
人員表を出すことになる。
◆
「支部長」
トーレンが金庫室から上がってきた。
「本部から来ましたか」
「来ました。二割です」
「九月前と同じですね」
「同じです」
彼は少し黙った。
「削れますか」
「二十九枚までは削れます。残り十四枚は人件費です」
「人員表を作りますか」
「作ります」
俺は言った。
「ただ、九月前と同じ表は作りません」
「どこを変えますか」
「一列足します」
◆
その晩、俺は白紙を出した。
上に書いた。
——目録に載らないもの。
九月前、トーレンが書いてきた一行を、俺は覚えている。
この支部の価値は、目録に一行も載らない。載っているものは、削ると数字が動く。載っていないものは、動かない。だから、載っていないほうから削られる。
俺は、載らないものを書いた。
一。掲示板の額を書ける者。レイ。六月で一人。三年前は前任者一人だった。
二。〈灰鉄〉の書式を読める者。俺と、トーレン。
三。〈黒沼〉の同じ区画に三日出すなと知っている者。俺と、レイ。
四。受付に来る人の順番を読める者。二の月に辞めた書記官が書いた十四枚。読んだのはミナ一人。
五。金庫の丸に点の印を覚えている者。金庫番の老人。名を、俺はこの月に初めて知った。ヤンといった。
書き出すと、四十一項目になった。
◆
四十一。
トゥーレでアンナが集めた質問と、同じ数だった。偶然である。偶然だが、俺は少し手が止まった。
四十一項目のうち、一人しか知らないものが十七あった。
十七のうち、七つは俺である。
「一人しか知らないものが、十七あります」
俺はトーレンに言った。
「多いですか」
「多いです」
「四十一のうち十七ですね」
「四割です」
彼は指を折った。
「そのうち、七つが支部長です」
「七つです」
「では、支部長がいなくなると」
「七つ消えます」
俺は言った。
「四つは、二度と戻りません」
◆
俺は、そこで初めて自分の名前を紙に書いた。
——ヨナ・レンデル。七項目。うち四項目は、書面化の目処が立っていない。
書いてから、その下に足した。
——この者を削ると、七項目が消える。うち四項目は、二度と復元できない。
◆
「七ですか」
トーレンが覗き込んだ。
「七です」
「私が五で、レイが三です」
「そうなります」
「支部長がいちばん多い」
「多いです」
彼は、そこで少し笑った。
「では、支部長を削るのがいちばん損ですね」
「そうです」
俺は言った。
「自分に有利な表を作った、と言われます」
「言われます」
トーレンはうなずいた。
「言われますが、数え方を別紙に書けば、他人が数え直せます」
◆
翌朝、俺は人員表を作った。
九月前と同じ様式である。名前と、等級と、年の給金が並ぶ。
違うのは、右端にもう一列足したことだった。
——目録外の項目数。
レイは三。トーレンは五。ミナは一。金庫番のヤンは二。
書記官が六人いて、合わせて四である。
俺は七だった。
いちばん多い。
◆
その表を、俺は本部へ送った。
添え状に、こう書いた。
——二割の削減について、削れる箇所を八つ見つけました。合計二十九枚です。残り十四枚は、人件費からしか出ません。
——人員表を同封します。右端の列は、その者を削ったときに支部から消える項目の数です。数え方は別紙に書きました。
——この列を作ったのは、削る判断を数字でやるためです。目録に載らないものは、削っても数字が動きません。動かないので、そこから削られます。動くようにしました。
——なお、この表でいちばん数が多いのは、私です。
◆
返事は、二十一日で来た。
本部の書面としては、遅い。
——貴殿の提出した表について、人事において議論があった。
——右端の列は、当面、支部の判断材料として認める。ただし全支部への様式変更は行わない。理由は、この列を各支部長が自分に有利に書く恐れがあるためである。
——貴殿の表について、いちばん数の多い者を削ると支部が止まるという指摘は、そのとおりである。
——よって、二割の削減は、二十九枚をもって足りることとする。残り十四枚は本年度に限り猶予する。
俺は、その四行目を二度読んだ。
◆
五行目に、こう書いてあった。
——ただし、猶予は本年度のみである。来年度も同じ表が出てきた場合、人事は貴殿の項目数が減っていないことを問題にする。
——七項目のうち四項目が書面化されていないのは、貴殿の怠慢である。一年でこれを零にせよ。
俺は、その二行で笑ってしまった。
「なにか、いいことでも」
ミナが入ってきた。書類を抱えている。
「叱られました」
「叱られて笑うんですか」
「正しいので」
俺は紙を渡した。彼女は読んで、顔を上げた。
「怠慢、って書いてあります」
「書いてあります」
「本部の人、厳しいですね」
「厳しくありません」
俺は言った。
「四項目が書けていないのは、本当です。本当のことを本当だと書くのは、厳しいとは言いません」
◆
正しい。
まったく正しい。
◆
その日、俺は掲示板の前に立った。
二十四枚。全部に額が入っている。
脇の紙に、今日の分が書いてある。
——本日、額の入っていない票 零
俺は【不足視】を、自分へ向けた。
掲示板にも支部にも、もう向けなかった。向けなくても分かる。
——不足:断る人(1)
まだ、そこにいた。
◆
俺は、その表をもう一度見た。
右端の列に、七と書いてある。
「支部長」
トーレンが入ってきた。
「本部から返事が来ました」
「読みました」
「猶予は本年度のみ、と」
「書いてあります」
「一年で四項目を零にせよ、とも」
「書いてあります」
俺は言った。
「一年あります」
「足りますか」
「足りません」
俺は言った。
「足りませんが、足りないと書いて出します」
◆
トーレンは、その答えに何も言わなかった。
言わずに、机の上の表をもう一度見た。
「支部長。この列は、来年も作りますか」
「作ります」
「毎年ですか」
「毎年です」
俺は言った。
「毎年作ると、数が減っていきます。減らないと、怠慢だと言われます。言われるようにしておきます」
「自分を叱らせる仕組みを、自分で作るんですね」
「作ります」
「なぜですか」
俺は少し考えた。
「俺を叱る人が、この支部にいないからです」
◆
表を送った日の夕方、俺は一階へ降りた。
受付にレイがいた。掲示の札を書いている。
「レイさん」
「はい」
「一つ、頼めますか」
「なんですか」
「あなたが知っていて、まだ紙に書いていないことを、書き出してください」
彼はペンを止めた。
「いくつありますか」
「三つです」
「即答ですね」
「数えてありました」
レイは言った。
「三月前から、数えています」




