第四十六話 止めたのは私です
二の月の二十二日、二通目が来た。
十二日で二通というのは、続けて出したということである。
——報告します。上限を、六十から七十一に戻しました。
——戻す条件は、準備金が三十五枚に達したときと決めてありました。達していません。三十一枚でした。
——四枚足りないのを知っていて、戻しました。
俺は、そこで一度、紙を置いた。
「支部長」
ミナが顔を出した。
「顔が」
「そうですか」
「悪い知らせですか」
「いいえ」
俺は言った。
「良い知らせです」
「良い知らせで、その顔になるんですか」
「なります」
俺は紙を持ち上げた。
「六日離れたところで、俺の知らないうちに、俺が九月かけて作った仕組みが試されました」
「試されて、どうなったんですか」
「まだ読んでいません」
◆
◆
——理由を書きます。刈り入れの人手の払いが、証で出せませんでした。現金で払うと準備金が減ります。減ると、いつまでも三十五に届きません。
——先に上限を戻せば、証で払えます。証で払えば準備金が減りません。減らなければ三十五に届きます。
——筋は通っていると思いました。
——三日目に、兌換が十四枚来ました。準備金は三十一枚から十七枚になりました。
——四日目に、止めました。その日の分を翌日に回すと、宿の壁に貼りました。
——上限は六十に戻しました。戻すのに、寄合を開いていません。私が一人で決めました。
◆
俺は、その先を読むのに、少し時間がかかった。
——ロダンさんが反対しました。反対の理由は、条件を満たさずに戻したのに、戻す判断も一人でしたことです。
——理由と、私が最後にどう決めたかを、覚書に両方書きました。
——宿の壁に貼った紙には、こう書きました。「四日目に止めました。止めたのは、上限を戻した判断が誤りだったからです。判断したのは取次官です」
——村は、いま普通に動いています。誰も出ていっていません。
◆
「止めたんですね」
ミナが横から覗いた。読んでいいとは言っていないが、俺は隠さなかった。
「止めました。四日目に」
「間に合ったんですか」
「間に合いました」
「じゃあ、成功じゃないですか」
「失敗です」
俺は言った。
「間に合ったのは、止めたからです。止める前の判断が誤りでした。誤りを誤りだと書いて、宿の壁に貼っています」
「貼るんですか」
「貼ります」
ミナは、しばらく紙を見ていた。
「うちの掲示板にも、貼ってありますよね」
「額の入っていない票の数ですね」
「あれ、レイさんが毎朝書いてます」
彼女は言った。
「零だと、書く意味がないと思っていました」
◆
最後の三行を、俺は二度読んだ。
——ヨナさんが村にいたら、私は止められていたと思います。
——止められなかったので、失敗しました。失敗したので、次からロダンさんに先に言います。
——答えを書かないでください。訊いたことと、考えたことだけ書いてください。
◆
俺は、その三行を書いた人を想像しようとして、やめた。
想像すると、心配になる。心配になると、六日かけて行きたくなる。行っても、着くのは十二日後だ。十二日後には、あちらで別のことが起きている。
距離というのは、そういうものだった。
九月前、俺が村にいて、王都が六日先にあったときも同じである。あのとき俺は毎日手紙を書いた。書いて、返事を待って、また書いた。あの往復に何ができたかというと、たぶん、ほとんど何もできていない。
できたのは一つだけだ。掲示板の枚数を訊いたこと。
訊いたから、あちらが数えた。数えたから、四枚だと分かった。
◆
俺は、その晩、返事を書いた。
書くのに、四時間かかった。
書きたいことは、三行で済んだ。証で払っても、村の中で証が増えれば兌換の圧は上がる。上限を戻す前に、証で払う分だけ準備金の目標を上げておけばよかった。
三行、書いて、消した。
答えである。
答えを書かないでくださいと、彼女は書いている。
◆
俺が出した便には、こう書いてあった。
——訊きます。上限を戻した三日目に来た十四枚は、誰が持ってきましたか。何人ですか。
——考えたことを書きます。私が九月前に決めた三つの規則の二番目は、断らないでした。断らないと言い切ることに意味があると思っていました。あれは、村が四十一戸のときの数字です。
——もう一つ考えました。宿の壁に「判断したのは取次官です」と書いたのは、私にはできなかったことです。私は九月前、掲示板の十二枚を埋めずに門を出て、そのことをどこにも書きませんでした。
——それだけです。
三つ目を書くとき、俺は少し迷った。
自分の失敗を書くのは、慰めに見える。慰めは、要らないと言われている。
それでも書いたのは、これが慰めではなく、比べるための材料だからだ。
彼女は失敗して、その日のうちに貼った。俺は失敗して、九月書かなかった。同じ種類の失敗の、扱いが違う。違いが分かるように書いておけば、次に彼女が迷ったときの目安になる。
封をしてから、俺はしばらく机を見ていた。
三行で済むことを書かないというのは、思っていたより難しい。
「支部長」
ミナがまだいた。
「四時間、書いてましたよ」
「書いていました」
「長いですね」
「三行を消すのに、四時間かかりました」
「消したんですか」
「消しました」
彼女は、少し驚いた顔をした。
「答えが分かってるのに、書かないんですか」
「書きません」
「意地悪じゃないですか」
「意地悪です」
俺は言った。
「意地悪ですが、答えを書くと、次も訊きに来ます。訊きに来ると、六日待つことになります。六日待つあいだ、村は止まります」
「じゃあ、どうするんですか」
「訊きます」
俺は言った。
「答えの代わりに、質問を送ります。質問なら、向こうが自分で答えを出します。出した答えは、向こうのものです」
◆
便に出したあと、俺は掲示板の脇に行った。
レイの紙が三枚貼ってある。「説明できるうちに書く」「空になる前に気づく方法。(未定)」「渡す側は、終わりを宣言しない」。
俺は、四枚目を貼った。
——失敗したときは、その日のうちに貼る。
貼っていると、レイが通りかかった。
「これ、支部長のですか」
「トゥーレの取次官のです」
「借りたんですか」
「借りました」
俺は言った。
「向こうが先にやりました」




