↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/58

第四十六話 止めたのは私です

 二の月の二十二日、二通目が来た。

 十二日で二通というのは、続けて出したということである。


 ——報告します。上限を、六十から七十一に戻しました。


 ——戻す条件は、準備金が三十五枚に達したときと決めてありました。達していません。三十一枚でした。


 ——四枚足りないのを知っていて、戻しました。


 俺は、そこで一度、紙を置いた。


「支部長」


 ミナが顔を出した。


「顔が」


「そうですか」


「悪い知らせですか」


「いいえ」


 俺は言った。


「良い知らせです」


「良い知らせで、その顔になるんですか」


「なります」


 俺は紙を持ち上げた。


「六日離れたところで、俺の知らないうちに、俺が九月かけて作った仕組みが試されました」


「試されて、どうなったんですか」


「まだ読んでいません」


           ◆


           ◆


 ——理由を書きます。刈り入れの人手の払いが、証で出せませんでした。現金で払うと準備金が減ります。減ると、いつまでも三十五に届きません。


 ——先に上限を戻せば、証で払えます。証で払えば準備金が減りません。減らなければ三十五に届きます。


 ——筋は通っていると思いました。


 ——三日目に、兌換が十四枚来ました。準備金は三十一枚から十七枚になりました。


 ——四日目に、止めました。その日の分を翌日に回すと、宿の壁に貼りました。


 ——上限は六十に戻しました。戻すのに、寄合を開いていません。私が一人で決めました。


           ◆


 俺は、その先を読むのに、少し時間がかかった。


 ——ロダンさんが反対しました。反対の理由は、条件を満たさずに戻したのに、戻す判断も一人でしたことです。


 ——理由と、私が最後にどう決めたかを、覚書に両方書きました。


 ——宿の壁に貼った紙には、こう書きました。「四日目に止めました。止めたのは、上限を戻した判断が誤りだったからです。判断したのは取次官です」


 ——村は、いま普通に動いています。誰も出ていっていません。


           ◆


「止めたんですね」


 ミナが横から覗いた。読んでいいとは言っていないが、俺は隠さなかった。


「止めました。四日目に」


「間に合ったんですか」


「間に合いました」


「じゃあ、成功じゃないですか」


「失敗です」


 俺は言った。


「間に合ったのは、止めたからです。止める前の判断が誤りでした。誤りを誤りだと書いて、宿の壁に貼っています」


「貼るんですか」


「貼ります」


 ミナは、しばらく紙を見ていた。


「うちの掲示板にも、貼ってありますよね」


「額の入っていない票の数ですね」


「あれ、レイさんが毎朝書いてます」


 彼女は言った。


「零だと、書く意味がないと思っていました」


           ◆


 最後の三行を、俺は二度読んだ。


 ——ヨナさんが村にいたら、私は止められていたと思います。


 ——止められなかったので、失敗しました。失敗したので、次からロダンさんに先に言います。


 ——答えを書かないでください。訊いたことと、考えたことだけ書いてください。


           ◆


 俺は、その三行を書いた人を想像しようとして、やめた。

 想像すると、心配になる。心配になると、六日かけて行きたくなる。行っても、着くのは十二日後だ。十二日後には、あちらで別のことが起きている。

 距離というのは、そういうものだった。


 九月前、俺が村にいて、王都が六日先にあったときも同じである。あのとき俺は毎日手紙を書いた。書いて、返事を待って、また書いた。あの往復に何ができたかというと、たぶん、ほとんど何もできていない。

 できたのは一つだけだ。掲示板の枚数を訊いたこと。

 訊いたから、あちらが数えた。数えたから、四枚だと分かった。


           ◆


 俺は、その晩、返事を書いた。

 書くのに、四時間かかった。

 書きたいことは、三行で済んだ。証で払っても、村の中で証が増えれば兌換の圧は上がる。上限を戻す前に、証で払う分だけ準備金の目標を上げておけばよかった。

 三行、書いて、消した。

 答えである。


 答えを書かないでくださいと、彼女は書いている。


           ◆


 俺が出した便には、こう書いてあった。


 ——訊きます。上限を戻した三日目に来た十四枚は、誰が持ってきましたか。何人ですか。


 ——考えたことを書きます。私が九月前に決めた三つの規則の二番目は、断らないでした。断らないと言い切ることに意味があると思っていました。あれは、村が四十一戸のときの数字です。


 ——もう一つ考えました。宿の壁に「判断したのは取次官です」と書いたのは、私にはできなかったことです。私は九月前、掲示板の十二枚を埋めずに門を出て、そのことをどこにも書きませんでした。


 ——それだけです。


 三つ目を書くとき、俺は少し迷った。

 自分の失敗を書くのは、慰めに見える。慰めは、要らないと言われている。

 それでも書いたのは、これが慰めではなく、比べるための材料だからだ。


 彼女は失敗して、その日のうちに貼った。俺は失敗して、九月書かなかった。同じ種類の失敗の、扱いが違う。違いが分かるように書いておけば、次に彼女が迷ったときの目安になる。

 封をしてから、俺はしばらく机を見ていた。

 三行で済むことを書かないというのは、思っていたより難しい。


「支部長」


 ミナがまだいた。


「四時間、書いてましたよ」


「書いていました」


「長いですね」


「三行を消すのに、四時間かかりました」


「消したんですか」


「消しました」


 彼女は、少し驚いた顔をした。


「答えが分かってるのに、書かないんですか」


「書きません」


「意地悪じゃないですか」


「意地悪です」


 俺は言った。


「意地悪ですが、答えを書くと、次も訊きに来ます。訊きに来ると、六日待つことになります。六日待つあいだ、村は止まります」


「じゃあ、どうするんですか」


「訊きます」


 俺は言った。


「答えの代わりに、質問を送ります。質問なら、向こうが自分で答えを出します。出した答えは、向こうのものです」


           ◆


 便に出したあと、俺は掲示板の脇に行った。

 レイの紙が三枚貼ってある。「説明できるうちに書く」「空になる前に気づく方法。(未定)」「渡す側は、終わりを宣言しない」。

 俺は、四枚目を貼った。


 ——失敗したときは、その日のうちに貼る。


 貼っていると、レイが通りかかった。


「これ、支部長のですか」


「トゥーレの取次官のです」


「借りたんですか」


「借りました」


 俺は言った。


「向こうが先にやりました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。