第四十九話 名簿が返ってきた
四の月の二日、名簿が返ってきた。
封は本部の人事のものである。俺が送ったのは三の月の七日で、二十六日かかった。
開く前に、俺は中身を予想した。赤い線が三本引かれているはずだと思った。九月前、同じ様式の紙に、前の支部長が引いた本数である。
線は、一本も引かれていなかった。
代わりに、右の余白に一行あった。
——目録外の項目が二以下の者から、先に削られたい。
◆
俺は、その一行を三度読んだ。
読んで、紙を裏返した。裏には何も書いていない。
もう一度表に戻して、右端の列を上から数えた。
レイは三。トーレンは五。俺が七。
三以上は、その三人だけだった。
残りの十九人が、二以下である。
◆
内訳を書き出した。
ミナが一。金庫番のヤンが二。書記官が六人いて、合わせて四。
門の見張りと受付の二人と、ほかの十二人は、零である。
零が十二人いるのは、十二人が何も持っていないという意味ではない。
俺が訊かなかったという意味である。
訊いた範囲を数えて、右端に並べた。
並べた列に、本部が線を入れた。
◆
この表は、削ると損をする者を示すために作った。
項目を抱えている者を削ると、その項目が消える。消えると支部が回らない。
並べた数字は、そのまま逆から読める。
項目が少ない者を削れば、消えるものが少ない。
損の小さい順に削れ、というのは、正しい読み方である。
正しい読み方で、十九人が指された。
「支部長」
ミナが入ってきた。書類を抱えている。
「本部からですか」
「本部からです」
「なんて書いてありました」
俺は、紙を伏せようとして、やめた。
「読みますか」
◆
彼女は紙を受け取って、十数える間ほど見ていた。
目を上げたとき、顔は変わっていなかった。
「わたし、一です」
「一です」
「わたしより下が、十二人います」
「います」
ミナは紙を机に戻した。
「この列は、支部長が足したんですよね」
「足しました」
「なんのために足したんですか」
俺は答えた。
「削ると損をする者が分かるようにするためです」
「分かりましたね」
彼女は言った。
「よく分かります」
◆
一階の奥に、書記官の部屋がある。
机が三つあって、二人ずつ向かい合って座る。
俺が降りたのは、着任してから四度目だった。
四度のうち三度は、書面を取りに行っただけである。
戸を開けると、六人が立った。
立ったのは、俺が来たからではない。
机の上に、白紙が出ていた。六人とも、同じものを出している。
◆
「何を書いていますか」
いちばん手前の男が答えた。
「目録に載らないものでございます」
声を、俺は知っていた。
どこで聞いたかを思い出すのに、少しかかった。
九月前、この支部の二階である。
俺の木札の記載が読み上げられた。所持技能、【不足視】。
部屋の隅で、笑った者がいた。慌てて口を押さえたが、遅かった。
押さえるのが遅れた息の音を、俺は覚えている。
◆
「お名前を伺います」
「ドルフと申します」
「何年ですか」
「十一年でございます」
彼は言った。
「レンデル様が内務におられたころから、下におりました」
「存じています」
「覚えておいででしたか」
俺は、答えなかった。
答えなかったのは、覚えているからである。
覚えていると言うと、この人は何を覚えられたのかを訊く。
訊かれたら、答えることになる。
◆
「レンデル様」
「はい」
「一つ、伺ってよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「何枚書けば、切られずに済みますでしょうか」
俺は、その場で手が止まった。
「枚数ではありません」
「枚数ではない、と」
「ありません」
「では、何でございますか」
◆
俺は、答えを持っていなかった。
持っていないものを、この人は訊いている。
訊き方が、正しい。
二以下から削ると書いてある紙を読んだ者が、まず数えるのは枚数である。
枚数で決まらないなら、何で決まるのかを先に出すのが、書いた側の役目だ。
「四の月の十日までに、決め方を貼ります」
俺は言った。
「それまで、書くのを待っていただけますか」
「待てません」
ドルフは言った。
「待っているあいだに、十日が来てしまいますので」
◆
俺は、二階へ上がった。
上がって、返事を書こうとした。
書こうとして、一行も書けなかった。
書きたいことは分かっている。この列は削る順を決めるためのものではない。項目の数は、重さを示さない。
ヤンの二項目のうち一つは、金庫の印である。あれが消えると、金庫の古い帳面が読めなくなる。
読めなくなるものを、俺は数で一と数えた。
一と数えたのは、俺である。
◆
翌朝、トーレンが上がってきた。
返ってきた名簿を、俺は机に出したままにしていた。彼は立ったまま読んだ。
「十九人ですな」
「十九人です」
「別紙は届いていますね」
「届いています」
俺は言った。
「数え方の別紙です。あなたが書けと言ったものです」
「書きましたね」
「書きました」
トーレンは、そこで少し黙った。
「数え方は書きました。読み方は書いていません」
◆
「この数が多い者をどうするか、少ない者をどうするかです」
彼は言った。
「数え方を書くと、他人が数え直せます。数え直せますが、数えた先に何をするかは決まりません。数は、多い少ないしか言いません」
「多い少ないしか言いません」
「言いません」
トーレンは紙を置いた。
「多い少ないを渡された人は、多いほうか少ないほうを選びます。どちらを選ぶかは、渡した側が書かないと決まりません」
◆
九月前、俺は三十二枚を渡して、読み方を書かなかった。
読めないものを渡した、というのが半年かけて分かったことである。
今度は、読めるものを渡した。
読めるものを、読み方を書かずに渡した。
読めるぶん、こちらのほうが速く動く。
速く動いた先で、六人が白紙を出している。
◆
その日、俺は数えた。
年の費えは二百十四枚。二割は四十三枚である。
三の月に見つけた八箇所で、二十九枚までは落ちる。
残りは、十四枚だった。
十四枚は、人件費からしか出ない。
十九人の給金を足すと、九十四枚になる。
十四枚は、十九人のうち二人ぶんの額である。
◆
俺は、返事を書く順番を変えることにした。
本部に先に書くと、十九人には後で伝わる。後で伝わると、決まったことだけが伝わる。
九月前、俺に伝わったのは決まったことだけだった。
先に支部へ貼る。貼ってから、本部に書く。
そう決めて、俺は紙を一枚出した。
——四の月の末日までに、年の費えを四十三枚落とします。
——八箇所で二十九枚まで落ちました。残りは十四枚です。
——十四枚は、人件費からしか出ません。
——誰をどう決めるかは、まだ決まっていません。決め方を先に書いて、ここに貼ります。
◆
「貼るんですか」
レイが紙を読んでいた。
「貼ります」
「四行目は、貼らないほうがいいと思います」
「なぜですか」
「決まっていないと書くと、全員が自分だと思います」
「十九人は、実際に自分です」
「十九人はそうです」
彼は言った。
「三人が、自分ではないと分かります」
◆
俺は、その三人を数えた。
レイと、トーレンと、俺である。
三以上の三人だ。
「レイさん」
「はい」
「あなたは、安心しましたか」
彼は、少し黙った。
「しました」
「書きますか」
「書きます」
レイは言った。
「安心したと書きます。書く場所が、まだありません」
◆
彼は、紙の下のほうを指した。
「ここに、一行足せませんか」
「どう書きますか」
「決め方を貼る日を、書いてください」
彼は言った。
「いつまで落ち着かないかが分かれば、落ち着かないまま働けます」
俺は、その一行を足した。
——決め方は、四の月の十日までに、ここに貼ります。
◆
「支部長」
レイが戸口に立っていた。
「下に、ヤンさんが」
「ヤンさんが」
「支部長に用があると」
「通してください」
「それが」
レイは言いにくそうにした。
「金庫室で待っていると言われました」
◆
俺は階段を降りた。
金庫室は、半年前と同じ暗さである。棚の背に貼り紙がある。〈繰入勘定〉。インクはもう新しくない。
ヤンは、床に置いた木箱に腰を下ろしていた。背が丸い。手が大きい。
俺が入っても、立たなかった。
「支部長」
「ヤンさん」
「名簿が戻ったそうですな」
俺は、その言い方で分かった。
「誰から聞きましたか」
「聞いておりません」
彼は言った。
「二十六日目でしたので」
◆
「二十六日」
「人事に出した書面は、二十六日で戻ります」
ヤンは言った。
「二十三年、そうでした」
俺は、その場に立っていた。
この人は、紙が戻る日数を覚えている。覚えていて、戻る日に金庫室で待っていた。
待っていたということは、何が戻るかも分かっているということである。
「ヤンさん」
「はい」
「一つ、伺います」
「どうぞ」
「あなたの名前が、どのあたりに書かれているか、ご存じですか」
ヤンは、少し笑った。
「下から二番目です」




