幕間 迎える
一の月の三日、支部に新しい机が入った。
二階の、支部長室の隣である。前は物置だった。
レイが片づけを言いつけられた。三日かかった。出てきたのは、埃と、古い掲示の札と、割れた算盤が二つである。
札は、五年前のものだった。字が読める。
レイは一枚を手に取って、額のところを見た。〈黒沼〉の薬草採取で、銀貨五枚。
いま、彼が書いている額と同じだった。
◆
「トーレンさん」
「なんだ」
「五年前の札が出ました。額が、いまと同じです」
トーレンは受け取って見た。
「五年前の相場が、いまと同じか」
「そうなります」
「おかしいな」
彼は札を裏返した。
「五年で、〈黒沼〉は薬草が採れなくなった。採取地が北へ動いた。往復が一日増えた。それで同じ額になるのは、五年前が高かったか、いまが安いかだ」
レイは、そこで気づいた。
「五年前が、高かったんですか」
「調べろ」
トーレンは札を返した。
「三日でいい」
◆
三日目に、レイは答えを持ってきた。
五年前、〈黒沼〉の依頼は三件しか出ていなかった。三件しか出ないので、受け手が少ない。少ないと、額を上げないと受けてもらえない。
いまは十四件出ている。十四件出ると、受け手が回る。回ると、一件あたりの額は下がってよい。
同じ五枚でも、中身が違った。
「五年前の五枚は、高い五枚です」
レイは言った。
「いまの五枚は、安い五枚です」
トーレンは、しばらく黙っていた。
「それは、誰に習った」
「習っていません」
「では、どこで覚えた」
「三日、数えました」
◆
一の月の八日、支部長が二階から降りてきた。
カルロ・ヴェインは、半年かけて引継ぎをしている。
トーレンとレイが書き直した引継ぎ書は、六十八枚になった。原本は三十二枚である。二倍を超えた。
「レイ」
「はい」
「明後日だ」
「はい」
「掲示板は」
「十九枚です。全部、額が入っています」
カルロはうなずいた。うなずいてから、少しのあいだ掲示板を見ていた。
「九月前、四枚だった」
「四枚でした」
「そのとき、お前は入ったばかりだった」
「三月目でした」
◆
カルロは、掲示板の脇の紙を見た。
——本日、額の入っていない票 零
毎朝、レイが書いている。
「これは、誰に言われた」
「レンデルさんです」
「そうか」
「誰の仕事でもないから、いちばん最初に落ちると言われました」
カルロは、その言葉を繰り返さなかった。
繰り返さずに、こう言った。
「私は、それを落とした側だ」
「支部長」
「事実だ」
彼は言った。
「九月前、掲示板の額を三日書いて、やめた。相場を知らんかった。知らんまま書くと受け手が来ない。来ないと分かってから、やめた」
◆
「やめてから、どうされたんですか」
レイが訊いた。
カルロは、その質問に少し驚いた顔をした。前にも訊かれたことがある質問だった。あのときは「そのままにした」と答えた。
「そのままにした」
今度も、同じ答えを言った。言ってから、続けた。
「そのままにして、経費の話をした。掲示板は数字にならん。経費は数字になる。数字になるほうを見た」
「それは、間違いですか」
「間違いだ」
カルロは即答した。
「ただ、間違いだと分かったのは、掲示板が空になってからだ。空になる前に分かる方法を、私は知らん」
◆
その晩、レイは事務室に残った。
壁に、半年前に自分で貼った紙がある。
——説明できるうちに書く。
彼は、その下にもう一枚貼った。
——空になる前に気づく方法。(未定)
書いてから、しばらく見ていた。
未定と書くのは、少し前まで怖かった。決まっていないことを書くと、決められない人間だと思われる気がした。
いまは、そう思わない。
決まっていないことを決まっていないと書いた紙が、この支部には何十枚もある。六十八枚の引継ぎ書の中にも、二十七箇所ある。
数えたのは、彼である。
◆
二十七箇所を数えたとき、トーレンにこう言われた。
——未定が二十七ある引継ぎ書と、未定が零の引継ぎ書なら、後のほうが危ない。
レイは、その意味を三日考えて、分かったつもりになった。分かったつもりを、彼は紙に書かなかった。書けるようになってから書く、と決めたからである。
一の月の十日、朝から雪だった。
便が遅れて、着いたのは昼過ぎである。
レイは門のところで待っていた。待てと言われたわけではない。
荷台から降りてきた男は、思ったより小さかった。
服が二着ぶんの荷しか持っていない。
「レイさん」
「はい」
「十九枚だそうですね」
「二十枚になりました」
レイは言った。
「今朝、一枚増えました」




