第五話 四十枚しかありません
外に、七人いた。
トビを入れて八人。全員が紙を持っている。
俺は数えた。数えるのは早い。十二年やってきた。
証が九枚。銅貨に直して九十枚。
準備金は、四十枚しかない。
「順番に並んでください」
俺がそう言うと、少し空気が緩んだ。並べと言われた人間は、並べば何かもらえると思う。
思わせたままにはできなかった。
「先に言います」
俺は袋を持って外へ出た。村長の家から朝のうちに引き取ってきた袋だ。中を空けて、戸口の石の上に並べた。
銅貨が四十枚。
朝の光で数えられる。
「四十枚しかありません。九枚ぶん、九十枚は払えません」
誰も動かなかった。
「五枚ぶんは、いま払えません」
◆
「話が違うだろう」
畑の代表の一人だった。名はドルフ。四十くらいの男で、東の三枚を持っている。獣に踏まれた畑だ。
「いつでも換えると言った」
「言いました」
「払えんじゃないか」
「払えません」
俺は認めた。認めるしかなかった。
「三十枚ぶんまで出すと言ったときに、換え金は四枚ぶんしかないと言いました。トビさんが訊いて、俺は、ありません、と答えました。あの場にいた七人は聞いています」
トビが小さくうなずいた。うなずいたが、紙は持ったままだった。
「聞いとらん奴のほうが多いわ」ドルフが言った。
「そうです。だから今から言います」
俺は台帳を石の上に置いた。証を出した順に、日付と枚数と相手の名前が書いてある。俺の略記ではなく、普通の字で書いた。この村で使う台帳は、最初からそうしている。
「出した証は十四枚です。ゴルドさんに三枚。若い衆に貸したのが三枚。角四本で八枚。合計十四枚。ここに全部書いてあります。数えてください」
誰も動かなかった。
「セリ」
「はい」
「読み上げてください」
彼女は台帳を取って、読み上げた。声が少し震えていたが、飛ばさずに全部読んだ。十四行あった。
読み終わると、ドルフが言った。
「それで、金は四十枚だ」
「四十枚です」
「足りとらん」
「足りていません」
◆
ここで嘘をつけば楽になる、と思った。
王都から金が来る、と言えばいい。角が売れる、と言えばいい。どちらも、たぶん本当になる。だが今日の時点では、どちらもまだ起きていない。
起きていないことを起きたように言うのが、いちばん高くつく。十二年でそれだけは覚えた。
「一つだけ、言い直させてください」
俺は台帳を閉じた。
「この証は、王都の〈銀羽〉が裏付けているものではありません。角と皮が裏付けています。角は、王都でなくても売れます」
「どこで売る」
「南のケルンです。隣領の商会が入っています」
言ってから、まだ誰とも話をつけていないことに気づいた。ケルンの名は、行商から聞いただけだ。
だが、もう言ってしまった。
言ってしまった以上、やる。
「十日ください」俺は言った。「十日で、角と皮をケルンまで運んで、売ってきます。売れた金は全部ここに足します。足したら、換えたい人には全部換えます」
「十日で戻らんかったら」
「戻ります」
「戻らんかったら、と訊いとる」
ドルフの声は大きくなかった。怒鳴られるより、こたえた。
「戻らなければ、この四十枚を九枚で割って、頭割りで払ってください」俺は言った。「一枚あたり銅貨四枚と、余りが四枚。台帳はここに置いていきます。村長が持ってください」
ハウルが、いつのまにか後ろに立っていた。
「置いていくのか」
「置いていきます」
◆
その日、換えたのは三人だった。
ドルフを含めて三人。証三枚、銅貨三十枚。
残りの五人は、紙を持って帰った。トビもだ。
最後に残ったゴルドが、俺の前で紙を上着に戻しながら言った。
「俺のは換えん」
「換えてもいいんですよ」
「換えたら、この紙で酒が飲めんようになる」
彼はそう言って帰った。
言っている意味が、少し遅れて分かった。
証を銅貨に換えると、証は俺の手元に戻る。戻った証は、もう一度出さないかぎり村の中を回らない。ゴルドは、酒を飲むために紙を持っていたわけではない。紙が回っている状態を持っていた。
◆
準備金は銅貨十枚になった。
俺は台帳に書いた。三の月◯日、換金三件、銅貨三十枚。残高十枚。
書いていると、セリが言った。
「ヨナさん、手が震えてません」
「震えていますよ」
「さっきは震えてませんでした」
俺は自分の手を見た。震えていた。
「角が来た日は震えたのに」
「あれは嬉しかったからです」
「今日は」
「今日は、まだ終わっていないからです」
◆
その夜、俺は南への便を組んだ。
角四本と皮四枚。売れて銀貨十二枚。運賃と護衛で十八枚。この二つを並べると、便は出せない。十二枚のものを運ぶのに十八枚は払えない。
三度計算し直して、三度とも同じ答えが出た。
トゥーレの荷だけでは足りない。
俺は台帳の余白に、隣の村の名前を書いた。
ノーレ。麦を作っている。売り先まで運べない。トゥーレと同じ理由で止まっている村だ。
止まり方が同じなら、止め方も同じところにある。
紙の上で、二つの荷を一台に積んだ。積めた。
積めたが、それは紙の上の話だった。ノーレの村長には、まだ一度も会っていない。
◆
翌朝、戸を叩く音で起きた。
二人立っていた。昨日、換えた三人のうちの二人だった。
銅貨を持っている。
「これ、また紙にできるか」
「……銅貨を、証に」
「昨日換えたのは、王都が潰れると聞いたからだ」男は言った。「だが、あんた、南に売りに行くんだろう」
「行きます」
「なら、紙のほうがいい」
もう一人が言った。
「銅貨は宿で使えん。トビが釣りを持っとらんからな。紙なら使える」
俺は台帳を開いた。
開いてから、手が止まった。
これは、証を出す取引ではない。銅貨が戻ってきて、証が村へ出ていく取引だ。準備金は増える。発行済みは減らない。
十二年、王都の金庫でこの動きを見たことがなかった。金庫に金を戻しに来る人間はいない。
俺は日付を書いた。
三の月◯日、買戻し二件、銅貨二十枚。残高三十枚。
書き終えてから、南への便をいつ出すか、決めなければならないと思った。
十日と言ってしまった。今日で一日目だ。




