幕間 訊く側
セリが記録係になって、九月になる。
最初の三日で覚えたのは、数えることだった。麦も、鶏も、山羊も、鍋も、誰が誰にいくら貸しているかも。全部数える。
いま覚えているのは、訊くことである。
◆
引継ぎ書を書け、と言われたのは、七日前だった。
書くのはセリで、答えるのはヨナである。そういう形にすると言われた。
「わたしが書くんですか」
「あなたが書きます」
「ヨナさんのほうが速いです」
「速いです」
彼はそう言って、それから続けた。
「速く書いたものが、半年前に誰にも読めませんでした」
◆
セリは、最初の日に十二問訊いた。
全部答えが返ってきた。返ってきた答えを書いて、その日は終わった。
二日目に、書いたものを読み返した。
読み返して、手が止まった。
自分の書いたものが、読めなかった。
書いたときは分かっていた。分かっていたので、途中を飛ばして書いた。飛ばしたところを、翌日の自分が読めない。
彼女は、その紙を持って出張所へ行った。
「ヨナさん」
「はい」
「これ、読めますか」
ヨナは読んだ。読んで、こう言った。
「読めます」
「わたし、読めません」
「そうでしょうね」
◆
「なんで読めるんですか」
「答えたのが俺だからです」
彼はそう言って、紙を返した。
「あなたは、俺の答えを書きました。俺の答えを聞いた人にしか読めない書き方になっています」
「どう書けばいいんですか」
「答えを書かないでください」
セリは顔を上げた。
「では、何を書くんですか」
「訊いたことと、答えたことを、両方書いてください」
◆
三日目から、セリは書き方を変えた。
——問。準備金が二十枚を切ったら、誰が誰に言うか。
——答。ゴルドが取次官に言う。理由、毎朝あの人が宿の前を通るから。
——追いの問。ゴルドが病気のときは。
——答。決めていない。
決めていない、と書くのは、最初は怖かった。
書いてしまうと、決まっていないことが村じゅうに知れる。知れると、誰かが困る。
四日目に、彼女はヨナに訊いた。
「決めていない、って書いていいんですか」
「書いてください」
「困りませんか」
「困ります」
彼は言った。
「ですが、決めていないことを決めてあるように書くと、次の人が困ります」
◆
六日目に、セリは百二十問まで来た。
答えが返ってきたのが、百九。
返ってこなかったのが、十一。
十一のうち、七つは「思い出せない」だった。
四つは、違った。
ヨナは、その四つのところで、長く黙った。黙ってから、こう言った。
「思い出せます。書きたくありません」
セリは、ペンを置いた。
「なんでですか」
「悪口になるからです」
◆
四つのうち一つを、彼女はもう知っている。
マヤとトビの話だ。三年前の粉の値で揉めた。いまは普通に話すが、二人で決めごとをすると長引く。
これは、村の子はみんな知っている。
彼女がそう言ったとき、ヨナは書くことにした。書いて、その下に「これは悪口である。悪口だが、書く」と足した。
残りの三つは、村の子も知らない。
「書かないと、次の人が同じことをします」
セリは言った。
「ヨナさんが、前にそう言いました」
「言いました」
「じゃあ」
「書きます」
彼はそう言って、それから、少しだけ声を落とした。
「ただ、書いたものをあなたに渡すかどうかは、別に決めさせてください」
◆
その日、セリは初めて、ヨナが困っているところを見た。
この人は、困った顔をしない。半年前、村に来た日から、一度もしていない。数字が合わないときも、証が偽物だったときも、顔は同じだった。
いまは、違った。
彼女は、その顔を書かなかった。
書くと、記録ではなくなる気がしたからだ。
代わりに、こう書いた。
——問。答えられない四つは、どうするか。
——答。保留。取次官が決める。
——註。この保留は、七日以内に決めると本人が言った。
註をつけたのは、これが初めてだった。
◆
七日目の朝、ヨナは四つを書いて持ってきた。
封がしてある。
「アンナさんに渡してください」
「読んでいいですか」
「読んでください」
「わたしが、ですか」
「あなたが読んで、渡すかどうかを決めてください」
セリは封を受け取った。受け取ってから、手の中で少し重いと思った。
「わたしが決めるんですか」
「あなたが決めます」
彼は言った。
「渡す側が渡すかどうかを決めると、渡したいものだけが渡ります」




