第三十九話 条件が一つあります
その晩、俺は本部宛の返事を書いた。
書き出すのに、時間はかからなかった。
——お受けします。
一行目にそう書いた。
書いてから、二行目で手が止まった。
条件を書くべきかどうかで、止まった。
◆
条件をつけると、断られるかもしれない。
断られると、この話はなくなる。なくなると、俺は村に残る。残ると、四十一の質問はまた宙に浮く。
条件をつけずに受けると、話は進む。進むが、俺の心配は残ったままになる。
俺は、心配のほうを書くことにした。
半年前、俺は三日では無理だと言った。言って、それでも三日で書いた。言うだけ言って、条件にしなかった。
言うだけなら、言わないのと同じだ。
◆
——条件が一つあります。
——トゥーレ取次所の後任を、私が選ばないことです。
——本部から指名しないでください。私からも推しません。三村の寄合が選び、本部はそれを追認する形にしてください。
——理由を書きます。私が選ぶと、選ばれた者は私に似た者になります。私が村でやってきたことは、半分は正しく、半分は間違いです。間違いのほうを引き継がせたくありません。
——寄合が選ぶと、私が間違いだと思う者が選ばれるかもしれません。そのときは、寄合が間違えたのではなく、私の見立てが間違っていた可能性のほうを、先に数えてください。
書いてから、俺は最後にもう一行足した。
——この条件が通らない場合、私は受けません。
◆
書き終えてから、俺は一度、全部を読み返した。
読み返して、自分の書いたものが命令の形をしていることに気づいた。してください、が三つ並んでいる。本部宛の書面で、この書き方をする取次官はたぶんいない。
直そうとして、やめた。
やわらかく書くと、条件がお願いに見える。見えたら意味がない。
便に出す前に、俺はアンナに見せた。
彼女は読んで、しばらく黙っていた。
「最後の一行が要りますか」
「要ります」
「受けないと書くと、本部は困ります」
「困ります」
「困らせるためですか」
「違います」
俺は言った。
「条件だと分かってもらうためです。最後の一行がないと、これはお願いになります。お願いは、通らないことがあります」
アンナは紙を戻した。
「通ると思いますか」
「分かりません」
◆
返事は、十四日で来た。
早い。本部からの書面で、十四日は異例である。
——条件を承諾する。
——後任は三村の寄合が選び、本部が追認する。取次官の任免は本来本部の権限だが、今回に限り、取次所の運営規程に例外を置く。
——ただし、こちらからも条件を一つ付す。
俺は三行目を読んだ。
——寄合が選んだ者が、半年で務まらなかった場合、その責は貴殿が負うものとする。
◆
「これは、ずるいですね」
セリが言った。彼女はもう、俺の手紙を勝手に読む。俺も出しっぱなしにするのをやめない。
「ずるくありません」
「でも、選ばないのに責任は取るんですよね」
「そうです」
「変です」
「変ではありません」
俺は言った。
「選ばない代わりに、選ばれた人が務まるように渡す。渡し方が悪ければ、俺の責任です。渡すというのは、そういうことです」
「置くだけじゃないんですね」
俺は顔を上げた。
「誰かに聞きましたか」
「ヨナさんが、去年の暮れに言いました」
言った覚えは、なかった。
◆
半年で務まらなかった場合、責は貴殿が負う。
これを書いた人間は、俺の条件をきちんと読んでいる。読んで、そのうえで、逃げ道を塞いだ。
選ばない代わりに責任は残す。筋が通っている。通っているので、断る理由がない。
俺は承諾の返事を出した。三行で済んだ。
寄合は、七日後に開いた。
三村の村長と、記録係が三人。それにアンナと俺。
「本部が承諾しました」
俺は書面を回した。
「後任は、この寄合が選びます。俺は候補を出しません。名前も言いません。訊かれても答えません」
「訊いてもか」
ガレンが言った。
「訊かれても答えません」
「なぜだ」
「答えると、俺が選んだことになります」
俺は言った。
「俺が一言でも名前を出したら、皆さんはその名前を基準にします。基準は要りません。皆さんは、この半年、俺の数字を確かめる練習をしてきました。人も同じです」
◆
ハウルが腕を組んだ。
「レンデル。一つ言うぞ」
「はい」
「あんたが名前を出さんのは、正しい」
「はい」
「だが、あんたが出さんかったせいで、わしらが変な奴を選ぶこともある」
彼は言った。
「そのとき、あんたは村を恨むか」
俺は少し考えた。
考えたのは、答えを探すためではない。答えは決まっていた。決まっている答えを、正確に言うために時間がいった。
この人は、こういうことを訊く。半年前、村の現金を数えると言ったときも、嫌がる家に一緒に来て、そのあとで「数えて何が変わる」と訊いた。訊いてから動くのではなく、動いてから訊く。
「恨みません」
「なぜだ」
「恨む筋がないからです」
俺は言った。
「選ばせたのは俺です。選ばせておいて選び方に文句を言うのは、選ばなかったことになりません」
◆
「では、いつまでに決める」
ケルトが訊いた。
「本部の着任は一の月です。俺が発つのは、十二の月の半ばになります」
「三月あるな」
「三月あります」
「三月かけていいのか」
「かけてください」
俺は言った。
「一つだけ、お願いがあります。決まったら、その日から俺は答えるだけにします。決めるのは、その人です」
「あんたはまだおるのに、か」
「いるうちに、そうします」
俺は言った。
「いなくなってから渡すと、届いたかどうかが分かりません」
◆
いなくなってから渡すと、届いたかどうかが分からない。
半年前、俺は三十二枚を机に置いて門を出た。届いたかどうかを、俺は九月知らなかった。知ったのは、本部から来た男が四十一個まで解いたと手紙をくれたときである。
九月かかった。九月のあいだ、王都の掲示板は空だった。
「一つだけ、伺っていいですか」
セリが訊いた。
「どうぞ」
「三月かけて決めるのは、遅くないですか」
「遅いです」
「じゃあ」
「遅いほうがいいんです」
俺は言った。
「速く決まったものは、速く覆ります。三月かけて決めたものは、三月ぶんの理由がついています。理由がついていると、次の人が変えるときにも理由が要ります」
「変えにくくなりますよね」
「なります」
「それは、いいことですか」
「分かりません」
俺は言った。
「ただ、変えにくいものと変えやすいものの両方が要ります。上限は変えやすくしました。決め方は変えにくくします」
◆
寄合が終わって、皆が出ていった。
最後に残ったのは、アンナだった。
「ヨナさん」
「はい」
「一つ、伺っていいですか」
「どうぞ」
「後任に選ばれたら、私は反対する役をやめることになります」
俺は彼女を見た。
「そのとき、誰が反対しますか」
部屋に、俺と彼女しかいなかった。
俺は、その質問に答えられなかった。四十一のうちの一つである。番号は二番だった。




