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第三十三話 待つ理由がない

 バルテからの返事は、十九日後に来た。

 封を切る前に、俺は厚さで見当をつけた。厚い。断りの手紙は薄い。

 厚かったが、断りだった。


 ——お待ちできません。


 一行目にそう書いてあった。


           ◆


 ——理由を申し上げます。三の月に六十枚を待ったのは、こちらの都合でした。あのとき私は、掲示板を数えて手紙を書く人間がまだこの組合にいる、という一点に賭けました。賭けは、こちらの勘定で処理できる範囲でした。


 ——今回は範囲を超えます。九十一枚を一年寝かせると、当商会の側の期日が動きます。うちも借りている側です。私が待てば、私に貸している者が待たされます。


 ——ご承知おきください。私は支部を潰したくありません。潰したくないことと、待てることは別です。


 俺は三度読んだ。

 正しい。どこも間違っていない。

 半年前、俺が村で言ったことと同じ形をしている。準備金は四枚しかない。全員が一度に来たら払えない。払えないことを、俺は最初に言った。

 バルテも、最初に言っている。


           ◆


「待てない、ですか」


 アンナが読んだ。


「待てないそうです」


「では、六の月末日に何が起きますか」


「差押えです」


 俺は言った。


「支部の資産を目録にして、封をします。金庫の残りと、建物の中の売れるもの。あの支部に売れるものは、たぶん多くありません」


「建物は」


「〈銀羽〉本部のものです。支部の持ち物ではないので、押さえられません」


「では、押さえても足りませんね」


「足りません」


           ◆


 支部が潰れると、証がいつ紙に戻るかも、俺は数えた。

 街道が止まって、便が減って、素材が売れなくなるまで、半年から一年。裏付けが消えてから、村の人間が気づくまで、さらに三月。気づいた日に、全員が兌換に来る。

 準備金は二十二枚。出ている証は百九十四枚。

 足りない場合、どうなるかを俺は知っている。


 残りは本部に回る。本部が払うか、支部を畳むかを決める。

 畳むと決まれば、王都支部はなくなる。

 王都に〈銀羽〉の支部がなくなるということが何を意味するかは、数えなくても分かる。


「本部は、どちらを選びますか」


 アンナが訊いた。


「畳みません」


 俺は言った。


「王都に支部がないというのは、看板の問題です。本部は看板を守ります」


「では、払うんですね」


「払います。ただし——」


 俺はそこで止まった。


「ただし」


「払ったあとで、支部長を替えます」


           ◆


「支部長さん、替わるんですか」


 セリが訊いた。


「たぶん替わります」


「ヨナさんを切った人ですよね」


「そうです」


「じゃあ、いいことじゃないですか」


 俺は答えなかった。

 答えなかったのは、いいことだと思っている自分が、どこかにいたからだ。


「よくありません」


 しばらくして、俺はそう言った。


「なんでですか」


「替わると、また半年止まります」


           ◆


 その晩、俺は覚書を開いて、十五枚目の下に書き足した。


 ——反対者の三つ目の理由は、正しかった。支部を助けようとしていたのは私で、助けるべきは支部ではなかった。


 ——ただし、三十一枚を出さなかったことで、支部長が替わる。替わることの損得を、私は数えていない。


 書いてから、俺はそれをアンナに見せた。


「数えますか」


「数えます」


 彼女は座った。


「替わって困る人を、書いてください」


           ◆


 書き出すのに、半刻かかった。

 一つ。レイ。三月前に入って、査定を六月やっている。支部長が替わると、新任は自分のやり方を持ち込む。持ち込むと、レイが半年で覚えたものが一度止まる。

 二つ。トーレン。引継ぎ書の書き直しが、いま十四枚まで来ている。替わると、新任はまた別の書き方を求める。


 三つ。金庫番の老人。名前を、俺はまだ知らない。丸に点の形を覚えていた人である。

 四つ。カルロ・ヴェイン本人。

 四つ目を書いたとき、手が止まった。

 俺は、あの人が困ることを、数に入れようとしている。

 半年前に俺を切った男である。切った理由は正しかったが、切られたのは俺だ。


「入れますか」


 アンナが訊いた。


「入れます」


 俺は言った。


「入れないと、数えたことになりません」


           ◆


「ヨナさん」


「はい」


「あの人が替わって、いちばん困るのは誰ですか」


 俺は書いた四つを見た。


「レイさんです」


「なぜですか」


「あの人は、支部長に育てられていません」


 俺は言った。


「俺が二時間立って、四枚書かせました。あとの九枚は自分で書けるようになりました。あの人の後ろに、誰も立っていません。新任が来て、去年の記録を写せと言ったら、あの人は写します」


「写しますか」


「写します。三月前は、そうしていました」


           ◆


 俺は、その名前を紙に書いた。

 俺は、その晩、五通目を書いた。

 宛先は、〈銀羽〉本部の人事を扱う部署である。名前は知らない。役職だけ書いた。


 ——王都支部に、査定を書ける者が一人います。名をレイといいます。六月前に入りました。


 ——現在、掲示板に十一枚が貼られ、全部に額が入っています。半年前は四枚で、四枚とも空でした。埋めたのはこの者です。


 ——支部長の交代が起きる場合、この者の査定のやり方を変えさせないでください。理由は、この者のやり方が正しいからではありません。この者が、自分で理由を言えるやり方で書いているからです。


 ——理由を言える者を止めて、去年の記録を写させると、また半年止まります。半年前、私はそれを見ました。


 書いてから、署名の欄で手が止まった。


           ◆


 俺は〈銀羽〉の職員ではない。取次官である。本部の任命だが、人事に口を出す立場ではない。

 署名すれば、越権になる。

 署名しなければ、誰が言ったか分からない書面になる。分からない書面は、読まれない。

 半年前、俺はアンナに書式を教えた。差出人を書かない書面は、いない差出人と同じだと、彼女は後で自分で言った。


 俺は署名した。


 ——トゥーレ取次所 取次官 ヨナ・レンデル


 書いてから、下にもう一行足した。


 ——本件は、私の職掌の外です。職掌の外だと承知のうえで書いています。処分が要るなら、受けます。


           ◆


 五通を便に載せたのは、翌朝だった。

 載せてから、俺は宿の壁に紙を貼りに行った。


  ——本日の兌換  証一枚  準備金残り 銀貨二十二枚


 貼っていると、ゴルドが通りかかった。


「二十二か」


「二十二です」


「二十が近い」


「近いです」


 彼は前掛けで手を拭いて、それから言った。


「言うぞ」


「言ってください」


「二十を切ったら、上限を下げろ」


 俺は彼を見た。

 この村で、俺の数字に反対したのは、これが二人目だった。

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