↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/57

第三十話 三つの理由

「一つ目。この三十一枚は、王都の穴です」


 アンナは机の向かいに座っていた。紙を持っていない。全部、頭に入れて来ている。


「村の金で王都の穴を埋めると、次も埋めることになります」


「次があるとは限りません」


「あります」


 彼女は即答した。


「支部の年の費えは二百枚です。半年で作れるのが六十枚。今回の九十一を埋めても、次の期日にまた足りません。穴は毎期出ます」


「支部が立ち直れば、出なくなります」


「立ち直るのに、何年かかりますか」


 俺は答えられなかった。

 三年、と言いかけて、根拠がないのでやめた。


           ◆


「二つ目。出すと決めるのが、ヨナさん一人になります」


「寄合に諮ります」


「諮って、誰か反対しますか」


 俺は黙った。

 三日前、上限を七十六から七十一に直したときのことを思い出した。あのとき、三人の村長は全員が「異存ない」と言った。数字を確かめてから直したのは、記録係の三人である。

 村長たちは、俺が出した数字に反対したことがない。


「ハウルさんは出すと言いました」


「言いました」


 アンナは言った。


「ハウルさんが出すと言ったのは、ヨナさんが困っているからです。三十一枚の中身を、あの人は知りません。〈石環〉と〈灰鉄〉の区別も、期日も、支部の半年の見込みも知りません」


「説明します」


「説明したら、反対しますか」


           ◆


 俺は、そこで初めて言葉に詰まった。

 説明すれば、ハウルは分かる。分かった上で、それでも出すと言うだろう。あの人はそういう人だ。半年前、嫌がる九軒に一緒に来てくれた。

 だが、それは「分かって決めた」ことになるだろうか。

 俺が説明した内容を、あの人が確かめる手立ては、どこにもない。


「三つ目です」


 アンナが言った。


「支部は、潰れていいかもしれません」


           ◆


「潰れると、遺族の給付が止まります」


 俺は言った。


「北の第三区の番地は、いま、この村にあります。あなたが持ってきました」


「持ってきました」


「潰れたら、あの給付は誰が出しますか」


「分かりません」


 アンナは言った。


「分からないので、先に数えてください」


「何をですか」


「支部が潰れて、本当に困る人です」


 彼女は言った。


「ヨナさんは、支部を助けようとしています。支部は建物と看板です。困るのは人です。人を数えないまま建物に三十一枚入れるのは、半年前に王都でやっていたことと同じ形です」


           ◆


 同じ形、という言い方に、俺は反応した。


「どこがですか」


「橋です」


 アンナは言った。


「橋が四回落ちて、四回とも直しました。落ちる理由は直していません。理由を直すには承認が要って、承認が下りないから、目の前の橋を直した。目の前が正しいので、誰も止めませんでした」


「……はい」


「いま、目の前に支部があります」


 俺は椅子の背に体を預けた。

 預けてから、自分が息を吐いたのに気づいた。


「あなたは、王都でこれを言えましたか」


「言えませんでした」


 アンナは首を振った。


「受付だったからではありません。言う役が、あそこに置いてなかったからです」


           ◆


 俺は、その日は決めなかった。

 決めなかったが、逃げたのではない。数えることにした。

 二日かけて、支部が潰れて困る人を書き出した。

 書き出すのに二日かかったのは、名前まで書いたからだ。


 一つ。遺族が三件。クレイグの祖母と弟。〈石の門〉のフェルの妻。それから、名前を思い出せない一件がある。半年前、俺の帳簿では〈遺/三〉としか書いていなかった。

 二つ。報酬の未払いが五件。全部、依頼が終わっている。渡していないだけだ。

 三つ。〈石環〉商会。貸した六十枚が焦げる。


 四つ。〈灰鉄〉商会。三十一枚はもう払われている。困らない。

 五つ。北の街道。支部が依頼を出さないと、魔物が減らない。減らないと荷が通らない。通らないと、ケルンの市が痩せる。ケルンが痩せると、メルダは麦を十八枚で買えなくなる。

 五つ目を書いたところで、俺は手を止めた。


           ◆


 五つ目は、この村に返ってくる。

 街道が止まれば、便が出せない。便が出せなければ、素材が売れない。素材が売れなければ、証の裏付けが消える。

 支部が潰れると、半年か一年遅れて、この村の紙が紙に戻る。

 俺はその線を、台帳の余白に引いた。

 引いてから、アンナを呼んだ。


「五つ目があります」


 彼女は読んだ。読んで、しばらく黙っていた。


「これは、私は数えていませんでした」


「数えていませんでしたか」


「はい」


 彼女は顔を上げた。


「私が反対した理由の一つ目は、これで弱くなります。王都の穴は、村の穴でもあります」


「では」


「弱くなっただけです。消えていません」


           ◆


「三十一枚出しても、街道は直りません」


 アンナは言った。


「街道が直るのは、支部が依頼を出せるようになったときです。三十一枚は、借金を消すだけです」


「借金が消えないと、支部は動けません」


「動けないのは、金がないからではありません」


 彼女は言った。


「査定を書ける人間が、一人しかいないからです」


 俺は顔を上げた。


「レイさん、ですか」


「三月前に入って、四枚書けるようになった人です。あの人が二十枚書けるようになれば、手数料は八十枚を超えます。九十一に届きます」


「半年では届きません」


「届きません」


 アンナはうなずいた。


「だから、期日を動かすほうを考えるべきです。金を作るのではなく」


           ◆


 俺は、その晩、四通書いた。

 一通目はバルテ宛。


 ——六の月末日に、九十一枚は揃いません。揃わない理由を、数字で申し上げます。


 ——支部が半年で作れるのは六十枚です。足りないのは三十一枚。この三十一枚は、貴商会が三の月に受け取るはずだった分を、支部が〈灰鉄〉へ回したものです。回した理由は、その三十一枚が私個人に取り立てに来ていたからです。


 ——つまり、いま足りている六十枚は、貴商会が待ってくださった六十枚です。足りない三十一枚は、私のために動いた三十一枚です。


 ——ですので、私からお願いします。あと半年、待っていただけませんか。


 二通目はトーレン宛。査定を書ける人間を増やす手順を、五枚に分けて書いた。

 三通目はレイ宛。〈黒沼〉の採取地を北へ動かす件と、その額の出し方。

 四通目は、支部長宛にした。

 半年前、俺が書かなかった相手である。


           ◆


 書き終えて、俺は覚書の十五枚目を開いた。

 反対の理由と、取次官が最後にどう決めたかを、両方書き残す。

 俺は書いた。


 ——反対者アンナの理由は三つ。王都の穴は次も出る。決めるのが取次官一人になる。困る人を先に数えていない。


 ——取次官の判断。三十一枚は出さない。理由は、出しても街道が直らないため。ただし反対者の一つ目の理由には誤りがある。王都の穴は、遅れて村の穴になる。


 ——この誤りは、取次官が指摘した。反対者はそれを認めた。


 書いてから、俺は少し考えて、もう一行足した。


 ——一晩置いてよかった。置かなければ、俺は出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。