第二十八話 六十では足りない
戸を開けると、カムリのケルトが立っていた。
右手の指が二本ない男である。馬に乗ってきたらしい。谷を越えて半日の道を、夜に来た。
「入ってください」
「いや、ここでいい」
彼は懐から紙を出した。折り目が深い。何度も開いたものだ。
「うちも、入れてくれ」
◆
三人で聞いた。俺と、アンナと、セリである。
ケルトは座らなかった。立ったまま話した。
「証を受け取ってから、三月になる」
「なりました」
「うちで使った枚数を数えた。四十一枚だ」
彼は紙を広げた。数字が並んでいる。字は大きくて、少し震えている。
「二十六軒のうち、十九軒が使った。使ってないのは、七軒だ」
「七軒の理由は」
「年寄りだ。現金しか信じん」
ケルトは言った。
「それでいい。信じん奴がいる村のほうが、わしは安心だ」
◆
「入る、というのは」
俺は訊いた。
「発行の側に入るということですか」
「そうだ」
「いま、証を出しているのはトゥーレとノーレの二村です。カムリが入ると、三つの印が四つになります」
「なる」
「上限も、変わります」
俺は台帳を出した。
「いまの上限は、銀貨六十枚ぶんです。二村の半年の見込みを足して割った数字です。カムリが入ると、その見込みにカムリの分が足されます」
「いくらになる」
俺は算盤を置いた。
「カムリの半年の見込みは」
「麦が四十袋。あとは炭だ。炭は年に六十俵出る」
炭の値を、俺は知らなかった。
「炭は、ケルンでいくらですか」
「知らん」
「では、まず調べます」
◆
炭のことを、俺は何も知らなかった。
窯がいくつあるか。一つの窯で一度に何俵焼けるか。焼くのに何日かかるか。木をどこから取るか。取り尽くしたらどうするか。
知らないものを見込みに入れると、外れる。外れた分は誰かが被る。半年前、俺はケルンの麦で二枚外して、それを知った。
調べるのに、十二日かかった。
リナが谷を二度越えた。ケルンには便で人をやった。メルダに手紙を出して、返事が来た。
炭は、一俵で銅貨四枚だった。六十俵で二十四枚。銀貨に直して二枚と少しである。
麦四十袋は、ケルンの値で十四枚。
合わせて、カムリの半年の見込みは銀貨十六枚ぶんだった。
「思ったより少ない」
ケルトが言った。返事を持って、また来ていた。
「少ないです」
「うちが入ると、上限は」
「七十六枚ぶんになります」
俺は台帳を閉じた。
「六十から七十六です。十六増えます」
「それでいいのか」
「計算ではそうなります」
◆
少ないが、無いよりは多い。
問題は、十六が正しいかどうかである。俺は炭を見たことがない。ロダンという名前も、このときはまだ知らなかった。
寄合は、三日後に開いた。
トゥーレの村長ハウル、ノーレのガレン、カムリのケルト。記録係が三人。俺とアンナ。
九人が、村長の家に集まった。
俺は数字を出した。
「上限は、銀貨七十六枚ぶんとします。内訳は、トゥーレが三十四、ノーレが二十六、カムリが十六です」
「異存ない」
ハウルが言った。
「わしもない」
ガレンが言った。
「うちもだ」
ケルトが言った。
三十秒もかからなかった。
俺は次の紙を出そうとして、手を止めた。
◆
「一つ、伺います」
俺は言った。
「なぜ、異存がないのですか」
部屋が静かになった。
ハウルが眉を寄せた。
「数字が合っとるからだろう」
「合っているかどうかを、確かめましたか」
「あんたが出したんだろうが」
「出しました」
俺は言った。
「出したのは俺です。確かめるのは、皆さんです」
ガレンが笑った。
「レンデル。あんたの数字が外れたことがあるか」
「あります」
俺は即答した。
「ケルンの麦です。二十枚と申し上げて、十八枚でした。ノーレの取り分が二枚減りました。ガレンさん、覚えていますか」
ガレンの笑いが止まった。
「覚えとる」
「あのとき、俺は自分で埋めようとしました。埋めようとしたのを、途中でやめて、あなたに相談すると書きました。やめたのも俺です」
俺は続けた。
「今日の七十六も、外れているかもしれません。外れていたときに、俺が一人で埋め方を決めます。決めるのが俺だけなら、外れたことが表に出ません」
◆
ケルトが、そこで初めて座った。
「二十年前の話をしていいか」
「伺います」
「あの商人はな。四年、一度も外さなかった」
彼は指の欠けた右手を膝に置いた。
「麦を預けりゃ紙をくれる。紙を持っていきゃ麦が出る。四年、一度もだ。四年やって一度も外さん人間の言うことを、村は確かめん。確かめる理由がないからだ」
「はい」
「あんたは半年で一度外した」
ケルトは俺を見た。
「外して、外したと書いた。だからうちは入る気になった。四年外さん人間より、半年で一度外して書く人間のほうが、村は長持ちする」
俺は何も言えなかった。
「だがな」
彼は続けた。
「今日、わしは異存ないと言った。わしも確かめとらん。あんたが言ったとおりだ」
◆
寄合は、その日は結論を出さずに終わった。
翌日、三村の記録係が、それぞれ自分の村の見込みを数え直した。
セリが三日。リナが四日。カムリの記録係になった若い男が、六日かかった。名はロダンといった。字を書けるのが村に三人しかいないというのは、ケルトの村でも同じだった。
六日目に出てきた数字は、七十六ではなかった。
七十一だった。
カムリの炭が、五俵ぶん少なく見積もられていた。ロダンが窯を実際に数えたところ、稼働しているのは八つのうち六つだった。二つは去年から止まっている。
「止まっとるのを、わしは数に入れとった」
ケルトが言った。
「悪いのはわしだ」
「悪くありません」
俺は言った。
「それが確かめるということです」
◆
俺は、その言葉を書き留めた。
半年前、俺は「三日で、この村にあるものを全部数えます」と言った。同じことを、この村の人間が自分で言い出した。三月かかった。三月で済んだ、とも言える。
上限は、七十一枚ぶんに決まった。
俺の出した数字より、五枚少ない。
五枚少ないぶん、村が動く余地は減る。減るが、この五枚は、外れていない五枚である。
その晩、俺は覚書に一行足した。
——取次官の出した見込みは、各村の記録係が数え直してから決める。数え直しに何日かかっても、待つ。
書き終えたところで、便が来た。
夜の便ではない。翌朝の、普通の便だった。
王都から、トーレンの手紙が届いた。
封を切って、俺は最初の三行で手が止まった。
——支部が半年で作れる見込みは、銀貨六十枚です。




