第二十話 差し押さえるという言葉
便が来たのは、三の月が明けて六日目だった。
この時期の便は遅れる。雪解けで道がぬかるむからだ。六日遅れは、遅れたうちに入らない。
封は二通あった。
一通目はバルテからだった。文面は五行しかない。
——三の月ぶんとして、銀貨六十枚を受け取りました。
——残りの六十は、六の月末日まで待ちます。差押えはいたしません。
——貴殿の手紙には根拠がありませんでした。掲示板は四枚でした。それでも待つことにした理由は、こちらの都合です。ご心配なく。
俺は五行を三度読んだ。
三度読んで、椅子に座った。
こちらの都合です、と書いてある。理由を書かない書き方を、俺は知っている。書くと相手に借りができるときに、そう書く。十九年この仕事をしている男の書き方だった。
「ヨナさん」
セリが覗き込んだ。
「顔が」
「そうですか」
「さっきから、そればっかりです」
◆
二通目は、〈灰鉄〉商会だった。
こちらは短くない。四枚あった。
一枚目は請求書である。三の月の締めで、銀貨十八枚。三月前に届いたものと同じ額だ。
二枚目に、こう書いてあった。
——本状をもって、貴殿の資産の差押えを申し立てる準備がある旨、通知いたします。
俺はそこで一度、紙を置いた。
貴殿。俺のことだ。
三枚目は、根拠の説明だった。発注書の写しが三通付いている。三通とも、下に俺の署名がある。日付は二年前、三年前、三年前。
どれも、俺が支部長の承認を待たずに出したものだ。品物は入った。承認は後から下りた。勘定は第二勘定を通って埋まった。埋まったはずだ。
埋まっていないものが、三件あった。
三件とも、承認が下りた記録がある。下りたのに、金が動いていない。動かなかった理由は、たぶん一つしかない。承認の判が押された月に、第二勘定から先に別のものが出ていて、順番が回ってこなかった。
順番が回ってこないまま、俺は辞めた。辞めた人間の立て替えは、催促する者がいない。
◆
「埋まっていない、というのは」
アンナが訊いた。
「支部が、俺に返していないということです」
「ヨナさんが立て替えたまま」
「はい」
「では、商会は支部に請求すべきです」
「していると思います」
俺は三枚目を裏返した。
「していて、払われないので、こちらに来ました。契約の名義人は俺です。商会から見れば、俺が買った品物です。俺が払っていません」
「払っていないのは支部です」
「商会には関係ありません」
俺は言った。
「商会が結んだのは、俺との契約です。俺が誰かに立て替えているかどうかは、商会の側の話ではありません」
セリが手を止めた。
「じゃあ、ヨナさんが、払うんですか」
「筋で言えば、そうです」
◆
四枚目に、一行だけあった。
事務の書式ではない。手で書いてある。
——レンデル殿。当方は取り立てを望んでおりません。名義を直していただければ、それで済みます。
俺は、その一行をしばらく見ていた。
「直せばいい、と書いてあります」
アンナが言った。
「直せます」
「では」
「直せるのは、支部長です」
俺は四枚を重ねた。
「名義の書き換えには、支部長の判が要ります。俺が書いても通りません。俺はもう、あそこの職員ではありません」
「支部長に手紙を出せば」
「出しました」
アンナが顔を上げた。
「いつですか」
「名義一覧を作ったときです。トーレンさんに送って、支部長にも見せてくださいと書きました。三月前です」
「返事は」
「ありません」
◆
俺は立って、窓を開けた。
外は明るい。刈り入れが終わって、村は静かだ。証は二村で回っている。三つの印が押されている。俺の名前は、どこにもない。
半年前、俺はこの窓から外を見て、村を数えた。戸数は四十一。人は百七十三人。麦が二百二十袋。現金は銀貨十一枚と銅貨三十二枚。
いまは、数えなくても分かる。数えているのが三人いるからだ。
ここは、うまくいっている。
うまくいっているのに、俺の名前は王都でまだ十九件、生きている。生きていて、そのうち三件が、いま俺に払えと言っている。
「いくらですか」
セリが訊いた。
「三件で、銀貨三十一枚です」
「取次官の給金が、月に四枚でしたよね」
「四枚です」
「八月ぶんです」
彼女は計算が速い。速いところが、こういうときは困る。
「払えますか」
「払えます。ただ、払うと、俺が正しいことになります」
「え」
「俺が払うと、この形が正しかったことになります」
俺は窓を閉めた。
「支部長の承認を待たずに、自分の名前で先に発注する。品物は入る。誰も困らない。困らないので、次も同じことをする。四回落ちた橋を四回直したのと、同じです」
◆
その日の夕方、ハウルが出張所に来た。
誰かが喋ったらしい。この村は、そういうところだ。半年前、宿で紙が酒に換わった話が、翌朝には三十戸に伝わっていた。
「三十一枚だそうだな」
「はい」
「村が出す」
俺は顔を上げた。
「出しません」
「証で出せば」
「出せます。出せますが、出しません」
俺は言った。
「これは村の借りではありません。俺の借りでもありません。王都支部の借りです。ここで村が払うと、王都の穴が村に移ります。移した穴は、村では埋められません」
ハウルは、長いこと俺を見ていた。
この人は、金の話になると引かない。半年前、俺が村の現金を全部数えると言ったとき、嫌がった九軒に一緒に来てくれた。来てくれたのは、俺のためではない。数えられて困ることが村にないと、確かめたかったからだ。
「じゃあ、どうする」
◆
俺は、その晩、白紙を出した。
書こうとして、書けなかった。
書くことがないのではない。書いても届かないと分かっているからだ。三月前に一度、書いた。返事はなかった。同じものを、もう一枚書く。
同じ相手に、同じやり方で、もう一枚渡しても同じことになる。
三月前、俺はそう考えて、トーレンに送った。
今度は、トーレンでも足りない。名義を書き換えられるのは、あの部屋にいる男だけだ。
三月前に書いたものを、俺は覚えている。宛名はトーレンにして、下に一行足した。支部長にも見せてください、と。理由は書かなかった。書くと悪口になるからだ。
書かなかった理由が、いま効いている。理由のない依頼は、後回しにされる。後回しにされたものは、三月経つと無かったことになる。
悪口にならない書き方を、俺は探さなかった。探せば、たぶんあった。
俺は白紙を戻した。
戻してから、灯りを消して、しばらく暗いところに座っていた。
朝、俺はセリを呼んだ。
「留守にします」
「どこへですか」
「王都です」




