第十四話 なぜ点だったのか
名義一覧は、四日かかった。
思い出すのに時間がかかったのではない。全部覚えていた。困ったのは、覚えていることを、覚えていない人間に分かるように書くことだった。
十九件を、俺は三つに分けた。
一つ目は、俺の名前で発注して、まだ払い終わっていないもの。六件。〈灰鉄〉商会が四件、〈石環〉商会が二件。
二つ目は、俺の名前で受けて、まだ渡し終わっていないもの。八件。死んだ者の給付が三件、報酬の未払いが五件。
三つ目が、残りの五件だった。
三つ目を書くのに、三日使った。
書くこと自体は難しくない。難しいのは、書いたものが自分に不利になると分かっていて、それでも正確に書くことだった。
◆
「この五つは、何が違うんですか」
セリが訊いた。彼女は俺の書いたものを、書いた端から読む。
「相手が、〈銀羽〉だと思っていない件です」
「どういうことですか」
「〈灰鉄〉商会は、〈銀羽〉と取引していると思っています。だから請求書は組合に来ます。今回は宛名が俺になっていましたが、あれは事務の癖です。押せば直ります」
俺は五件の欄を指した。
「こっちは違います。相手は、俺と取引していると思っています」
「ヨナさんと」
「はい」
「なぜ」
「俺がそう言ったからです」
◆
三年前、〈黒沼〉の南で橋が落ちた。
石の橋で、幅は荷車が一台通るぶんしかない。あそこが落ちると、南の三つの集落へ行く道がなくなる。迂回すると二日よけいにかかる。二日よけいにかかる依頼を、冒険者は受けない。受けても割に合わないからだ。
依頼を出すには橋が要る。橋を直すには石工が要る。石工を呼ぶには金が要る。金は、支部長の承認が要る。承認は、その月に下りなかった。
俺は石工に会いに行って、こう言った。
——先に直してください。払います。
石工は訊いた。誰が払うのか、と。
組合が払う、と言えばよかった。言わなかった。言えば嘘になる。承認は下りていない。
だから俺はこう言った。
——俺が払います。
「払ったんですか」
「払いました。三月後に承認が下りたので、その金で埋めました」
「じゃあ、終わっているじゃないですか」
「橋は、その後も落ちます」
俺は言った。
「二年で四回落ちました。四回とも、同じやり方で直しました。石工はもう、承認を待ちません。俺に言えば直ると思っています」
四回のうち、三回は俺の金が戻ってきた。一回は戻ってこなかった。
戻ってこなかった分は、第二勘定に入れたままにしてある。銀貨で七枚。三年、そこに置いてある。
誰にも言っていない。言えば、支部が俺に借りがあることになる。借りがあることにすると、次に橋が落ちたとき、俺が出しにくくなる。
セリは、しばらく黙っていた。
「それは、いいことですか」
「橋は直りました」
「訊いたのは、そういうことじゃありません」
十七の子に、こういう訊き方をされる日が来るとは思っていなかった。
「よくないです」
俺は言った。
「橋が四回落ちたのに、四回とも同じやり方で直したのは、橋を直しただけで、落ちる理由を直していないからです。落ちる理由を直すには承認が要ります。承認を取るには時間がかかります。時間がかかるあいだ、橋がない」
「だから、先に直した」
「はい」
「それを二年やった」
「やりました」
セリはペンを持ち直した。
「わたし、書いておきます」
「何をですか」
「ヨナさんが、悪いことをしたわけではないのに、悪くなっていく仕組みを」
◆
一覧の最後に、俺はもう一枚足した。
トーレンの問いへの返事である。
——円の中の点は、なぜ点だったのか。
書き出すまでに、また一日かかった。理由はある。理由はあるが、書くと短い。短すぎて、返事として失礼な気がした。
結局、こう書いた。
——十二年前、丸だけで書いていました。丸は、書き足すときに線が重なります。重なると、二つの丸が一つに見えます。
——一度、読み違えました。遺族への給付を二重に出しかけました。出す前に金庫番が気づいたので、実害はありません。
——その日から、中に点を打つことにしました。点があれば、線が重なっても丸の数が数えられます。
——理由はそれだけです。
書いてから、短すぎると思って、一度破いた。
破ってから、二枚目も同じことしか書けないと気づいた。理由が短いのは、理由が短いからだ。長く書けば丁寧になるわけではない。
破いた紙を捨てて、同じ文面をもう一度書いた。
書いてから、俺は最後にもう一行足した。
——この理由を、誰にも言いませんでした。訊かれなかったからです。訊かれなければ言わなくていいと思っていたのは、私の誤りです。
◆
封を三つに分けた。名義一覧、点の理由、それに一覧の読み方を書いた短い紙。
読み方の紙は、頼まれていない。頼まれていないものを付けるのは、余計なことかもしれないと思った。思ったが、付けた。付けなかったせいで半年前に何が起きたかを、俺はもう知っている。
便に出したのは、五日目の朝だった。
封を渡してから、俺は自分が少し軽くなっているのに気づいた。
軽くなった理由は分かる。書いたからだ。十二年ぶんの理由を、二十行に落として、他人に渡した。渡してしまえば、俺の頭の中にある必要がない。
同時に、怖かった。
俺の頭の中にしかないものが、俺の値段だった。〈銀羽〉が俺を切ったのは、その値段を誰も知らなかったからだ。知らせてしまえば、次に切られるときは、もっと簡単に切られる。
それでも出した。
出したほうがいい、と決めたのは、俺だ。
◆
その日の午後、ノーレのリナが便で来た。
台帳を抱えている。ノーレ側の記録は、彼女が付けはじめて二十日になる。
「証が、足りません」
彼女は開口一番そう言った。
「足りないというのは」
「使う人が増えました。ノーレで、証を欲しがる人が、先週より十四人多いです」
俺は台帳を見た。
ノーレ側の記録は、細かい。細かすぎて、初めは読むのに骨が折れた。誰が何枚受け取って、何に使ったかまで書いてある。十五の子が、二十日でここまで書く。
数字は合っている。上限は銀貨六十枚ぶんで、まだ余りがある。
「出せます。まだ十九枚ぶん余っています」
「そうじゃないんです」
リナは首を振った。
「カムリの人が、来ました」
カムリは、ノーレのさらに西にある村だ。行ったことはない。
「証を持って行ったら、受け取らなかったそうです」
「理由は」
「これはトゥーレの紙じゃない、と言われたそうです」
俺は顔を上げた。
「では、何の紙だと」
リナは、言いにくそうにした。それから、言った。
「レンデルさんの紙でしょう、と」




