第十話 誰も換えに来ない
トゥーレに戻ったのは、出てから八日目の昼だった。
十日と言った。二日残っている。
村の入口に、人が立っていた。一人ではなかった。数えると十四人いた。誰も何も言わずに、荷馬車が近づくのを見ていた。
ドルフがいた。トビがいた。ゴルドは鍛冶場の前に立ったまま動かなかった。
俺は荷台から降りて、袋を持ち上げた。
「銀貨三十四枚です」
声が届いたかどうか分からなかったので、もう一度言った。
「三十四枚、売れました」
◆
その日の夕方、村長の家に七人が集まった。
最初に来たときと同じ七人である。違うのは、セリが壁際ではなく卓についていることだった。台帳は彼女が持っている。
「先に、間違いを一つ」
俺はそう切り出した。
「麦を二十枚で見積もっていました。ケルンでは十八枚でした。あそこは麦の産地で、王都より安い。確かめずに数字を出しました」
「二枚の違いだろう」トビが言った。
「二枚がノーレの取り分から出ます。ガレンさんには七枚残ると言いました。五枚しか残りません」
ハウルが顔を上げた。
「うちが埋めるのか」
「そこを決めていただきたくて、話しています」
俺は紙を置いた。ケルンの宿で書いたものである。
「俺の誤りです。俺が埋めるのが筋に見えます。ですが俺に金はありません。埋めるとすれば、トゥーレの取り分から出すことになります。それは村の金です。だから、村長に諮らずには決められません」
ハウルはしばらく紙を見ていた。
「埋めろ」
彼は言った。
「二枚だ。惜しいが、来年また十八枚払うよりは安い」
◆
三十四枚の行き先を、その場で全部書き出した。
荷馬車の借り賃が十二枚。これはもう払ってある。手元にあるのは二十二枚だ。
護衛の三人には、証で三枚ずつ払った。九枚である。運賃の見積もりでは銀貨二枚ずつ、六枚のはずだった。三枚にしたのは、村の中でしか使えない紙で払うからだ。使える場所が狭いぶん、多く出す。
「その差の三枚は」
セリが訊いた。
「トゥーレが持ちます」
「なんで」
「証で払うと決めたのはこちらだからです。若い衆に負担させる理由がありません」
現金の割り当ては、こうなった。
ノーレへ五枚。約束の七枚に足りない二枚は、トゥーレの取り分から出す。合わせて七枚。
証で払った護衛の分の裏付けとして、六枚を準備金へ。
残るトゥーレの取り分は、八枚。
「準備金が」
セリが台帳をめくった。
「前が銅貨三十枚で、銀貨三枚です。六枚足すと九枚」
「九枚です」
「ガレンさんへの条件、十枚を超えることでしたよね」
俺は黙った。
覚えていた。三つの条件の一つ目に自分で書いた。ケルンで売れて、換え金が銀貨十枚を超えること。
九枚では、一枚足りない。
◆
「一枚出せばいいだろう」
ゴルドが言った。この日、初めて口を開いた。
「トゥーレの八枚から一枚。七枚になる。それだけだ」
「それだけです」俺は言った。「ですが、それを俺が決めると、条件そのものが意味を失います」
「どういうことだ」
「条件は、達しなければ断ると決めたものです。達しなかったときに一枚足して達したことにするなら、最初から条件ではありません」
部屋が静かになった。
「じゃあ断るのか」トビが言った。
「断りません」
俺は言った。
「条件を変えます。変えたことを、ガレンさんに書きます。九枚で足りると判断した理由も書きます。足りないものを足りたことにするのではなく、見立てが甘かったと書く」
「同じことじゃないか」
「同じではありません」
俺はそこだけは譲らなかった。
「一枚足して十枚にしたら、あちらは十枚だと思います。本当は九枚です。九枚だと知っている人間が、ここに七人しかいなくなる。それは、王都でやっていたことと同じです」
ハウルが、ふん、と息を吐いた。
「じゃあ一枚は出さんでいいんだな」
「出していただかなくて結構です」
「出す」
村長は言った。
「出して、九枚と書け。両方だ」
◆
準備金は銀貨十枚になった。
流通している証は二十二枚である。十枚で二十二枚を支えている。半分に届かない。
俺は台帳に、そう書いた。数字をそのまま書いた。
翌朝、出張所の戸を開けて、換金の窓口を出した。
板に、こう書いて立てた。
——証、銅貨に換えます。何枚でも。
◆
誰も来なかった。
一日目、誰も来なかった。
二日目、ドルフが来た。
彼は証を二枚持っていて、机の上に置いて、しばらく見ていた。
「換えますか」
「いや」
彼は紙を戻した。
「本当に換えられるかだけ、見に来た」
「換えられます」
「板が出とるからな」
ドルフは出ていった。戸口で振り返って、こう言った。
「あんた、戻ってきたな」
「戻りました」
「戻らんと思っとった」
「はい」
「戻らんかったら、頭割りで二枚だと言われとった。二枚のために十日待つのは、なかなか長いぞ」
彼は笑わずに言って、帰った。
◆
三日目、若い衆の三人が来た。
証を出すのかと思ったら、違った。
「上限を上げてくれ」
ロブが言った。
「北にもう一群れいる。四頭か五頭だ。獲れる。だが金具が足りん。ゴルドに打ってもらうのに証がいる」
「いま二十二枚出ています。上限は三十枚です」
「八枚あるじゃないか」
「あります」
「じゃあ出せる」
「出せます」
俺は台帳を開いて、数字を並べた。
「ですが、いま出すと、上限まで六枚を切ります。次に角が入るのは、早くて十日後です。その十日のあいだに換えに来る人が増えたら、準備金が持ちません」
「増えるのか」
「増えないと思います。思いますが、思うだけです」
ロブが顔をしかめた。
「あんた、断ってばかりだな」
断ってばかりだ、と俺も思った。
ノーレを断った。上限を上げるのを断った。一枚足して条件を満たすのを断った。
「上げます」
俺は言った。
「ただし三枚です。八枚ではなく三枚。金具は五組打てます。獲れたら、角の分だけ上限を戻します」
「三枚か」
「三枚です。足りなければ、獲ってから言ってください」
ロブは、しばらく俺を見ていた。
「あんた、なんで数え直すんだ。毎晩」
「間違えるからです」
「間違えたことがあるのか」
「今回、ありました」俺は言った。「麦を二十枚だと思っていました」
◆
その日の夕方、ノーレから馬が来た。
乗っていたのはガレンだった。使いではなく、本人である。
彼は馬から降りて、まず銀貨七枚を数えて受け取った。それから、俺が書いた手紙を出した。
「九枚だと書いてあるな」
「九枚です。村長が一枚出して十枚になりましたが、九枚だったことは書きました」
「うちの村では、そういう手紙は来ない」
ガレンはそう言って、紙を畳んだ。
「刈り入れが終わったら、また出す。次はうちからも人を出す」
「助かります」
「それから」
彼は俺の顔を見た。
「麦の代金、次は証でもらいたい」
村の外の人間から、証が欲しいと言われたのは、初めてだった。
半年前、この村には銀貨が十一枚と銅貨が三十二枚しかなかった。紙は食えるかと訊かれた。食えませんと答えた。
その紙を、隣の村が代金に指定した。




