第三話:侍は貴族学園を過ごす
さて、いよいよ貴族学園とやらへ通うことになるわけだが、ひとつだけ頭の痛い問題があった。
それは、アンジェリカ殿が『王太子殿下』とやらの婚約者候補の一人になっている、ということだ。
「……ところで、その王太子殿下とやらはどのような男なのだ? どこぞの戦場で主要な敵将の首でも取った功績があるのか?」
俺が極めてまじめに問うと、傍らに立つマリーが「はあ……」と大きな溜め息をつき、呆れ顔で答えた。
「お嬢様、お願いですから物騒なことを仰らないでくださいませ。王太子殿下は、単に国王陛下と王妃閣下の第一王子であらせられるお方です。成人の儀まで特に問題もなく健やかに育たれましたので、正式に王太子として認められたのです」
「……何だと? 何の実績も軍功もない者を、ただ長男だからという理由だけで後継に選ぶのか? 大丈夫なのか、この国は……」
いかに血筋が良かろうと、器量や手柄のない者が家督を継げば即座にお家騒動が起き、下手をすれば国が割れるぞ。
「榊原様…いえ、お嬢様……ここは日ノ本ではございません。第一王子が継承権を持つのは至極当然の道理です」
「ふむ……血筋を重んじるのは我が国も同じだが、鳶とも鷹とも知れぬ若造に天下を預けるとは、なんとも大層な博打よなぁ」
「お嬢様……っ!」
「すまんすまん、マリー怒るな。郷に入っては郷に従う、だ。俺は黙って笑顔で過ごす。これで良いのだろう?」
つい生前の癖で身も蓋もないことを口にしてしまうが、ここは王都であり、俺は令嬢アンジェリカなのだ。
事前にマリーと打ち合わせた通りに大人しく過ごすとしよう。これ以上、この忠臣を怒らせるのも得策ではないからな。
王都の公爵邸における学園入学の準備はつつがなく進み、いよいよ入学の日を迎えた。
ここからが本当の「お役目(本番)」という訳だ。
学園は公爵邸から馬車で三十分ほどの距離にあった。
(ほう、毎朝の足腰の鍛錬として走り込むには最適な距離だな……)
と、うっかり言葉に出してしまい、またしてもマリーから「お嬢様ッ!」と厳しく叱られてしまった。我ながら進歩がない。
――馬車を出たら、俺は公爵令嬢。
「無口で微笑みを絶やさぬ深層の姫君」を演じきるのだ。
◇
まずは講義室へと案内される。集められたのは今年入学する貴族の子息・子女たちであり、頼みのマリーら従者は室内へは入っていけない。
学園の講義室は、講壇をぐるりと囲むように座席が階段状に広がる、芝居小屋のような造りであった。
円弧を描いて整然と並ぶ木造の机、湾曲した天井に埋め込まれた無数の灯り。後方からでも教壇がよく見渡せる算術的な工夫と、日ノ本にはない異国らしい機能美に、俺は密かに感心したのだった。
すでに学生たちがまばらに席についており、どうやら好きな席に座って良いらしい。
俺は迷わず、室内の右斜め上段の席についた。ここからならば、室内全体の動向を漏らさず俯瞰できるからだ。問題があれば、誰かが何かしら言ってくるだろう。
「エバーランド公爵家令嬢。ご挨拶申し上げてもよろしいでしょうか」
「ええ」
「ロシャ伯爵家のマリアンヌと申します。よろしくお願いしますわ」
「ミカロ子爵家のカリスです」
「ハミルトン男爵家のアーリサですわ」
金髪の華やかな縦巻き髪のマリアンヌ。赤茶の髪をふわふわと波打たせたカリス。艶やかな紺色の髪を長く伸ばしたアーリサ。
(ふむ、これがマリーの言っていた、うちの派閥に連なる取り巻きとやらか)
可能であれば事情を話して協力を得たい連中ではあるが、初日から種明かしをするのは時期尚早。今回は挨拶を交わすだけに留めておく。
「皆様、本日からどうぞよろしくお願いいたしますわ」
俺は万全の微笑みを浮かべて答えた。
三人は満足そうに頷くと、引き際も鮮やかに俺の近くの席へと戻っていく。察しが悪くないのは助かる。
このような探り合いの挨拶は、教室のそこかしこで行われていた。
そして、そうした儀礼が最も盛んに行われている『中心地』へ、俺も赴かねばならぬ。
俺は静かに席を立つと、中央で取り巻きを侍らせている派手な金髪の男の元へ向かった。
「王太子殿下。ご挨拶を申し上げてもよろしいでしょうか」
後継殿は、俺をチラリと見下ろすと、傲慢さを隠そうともせず「許す」と言い放った。
「エバーランド公爵家のアンジェリカにございます。お見知りおきを」
マリーのスパルタ特訓で身につけた、寸分の狂いもない見事なカーテシーを披露してみせる。
「そうか。せいぜい励むのだな」
後継殿は手をしっしッと払うように揺らし、早く立ち去れと合図した。俺もこれ以上この男に用はないため、素直に深々と頭を下げて元の席へと戻る。
生徒の大部分はあの後継殿に関心を向け、ご機嫌を伺おうとしている。
一部の生徒はそれを少し離れた場所から静観している。先ほど俺に挨拶した三人組もそうだ。
他にもいくつか小さな集団が作られており、早くも派閥の形成が始まっているのがよくわかる。
やがて教師が訪れ、学院の施設や学園内のルールの説明を始めた。
横目でチラリと後継殿の様子を伺うと、だるそうに肘をつき、説明を聞き流しているのが見えた。
内心で盛大に溜め息をつく。
やる気がないのは百歩譲るとしても、人前で己の狭量さと怠惰を隠そうとすらしておらん。教師という上の者を下に見て馬鹿にしているのが、一目瞭然で丸見えだ。取り繕うという知恵すら働かんらしい。
(……おいマリーよ。やはりこの国は大丈夫か? このような若造を何の試練も与えず『王太子』として担ぎ上げている王族も、お世辞にも信用ならんぞ……)
アンジェリカ殿の苦難は、この国の権力者の問題も関わってくるのやもしれん。注意せねばならぬな。
学園が本格的に始まってからも、懸念された学業については拍子抜けするほどスムーズであった。教養、歴史、算術などは前世の知恵と修練で余裕。
魔術に関しても、俺の魔力の扱いが少々武術的で独特だったため、違う意味で興味を惹かれて研究会などに誘われはしたが、無言で静かに首を振り、
「アンジェリカ様はご多忙ですので……」
とマリーがピシャリと断ることでやり過ごす。
また、最初にあいさつに来たロシャ伯爵家のマリアンヌ、ミカロ子爵家のカリス、ハミルトン男爵家のアーリサの三人については、公爵家を交えて正式に協力を仰ぐこととなった。我が家からの相応の援助と引き換えに、彼女たちには俺の『取り巻き』兼『情報源』として動いてもらう約束を交わしたのだ。
ただし、異世界の侍の魂が入っているという真実までは明かせない。
そのため彼女たちには、「アンジェリカ様は、実は非常に男勝りで武闘派なお人柄である。だが、それが表沙汰になると公爵家の威信や外聞に響くため、表向きは無口で完璧な深層の令嬢を演じておられる」と説明して納得してもらった。
これが大正解だった。
彼女たちは「公爵家のお家事情と、お嬢様の意外な素顔」を共有した特別な味方として、学園内でのサポートや情報収集をお願いした。
何より、学院内で「榊原直之の素の態度」で会話ができる貴重な話し相手ができたのは大きい助けだ。
おかげで、基本は黙って微笑み、返事は「ええ」「ありがとう」「まあ」の三パターンを使い回すという地味に辛いお役目も、彼女たちの巧みなフォローのおかげで随分と楽になった。
こうして、周囲に怪しまれることもなく波乱の半年間がつつがなく過ぎ去り、ようやく待ちに待った『夏季休暇』を迎えた。
「……ふぅ、ようやっと終わったか」
俺は公爵邸のフカフカしたソファに深く身を委ね、心底ホッとしたように深々と息を吐き出した。
いまは部屋の扉を閉ざし、マリーにも「苦労をかけた、座れ」と勧めて同じソファに腰掛けてもらっている。
「不安でしたが、なんとか乗り切れましたね」
「うむ。懸念していた王太子とやらも、初日の挨拶程度で済んだしな」
「ええ。あの方もまだ婚約者候補の一人に過ぎませんし、公爵閣下がお断りを入れているはずですので、すでに候補からは外れているのかもしれません」
実は、公爵閣下とはすでに「俺は無理に婚姻を結ばずとも良い」という合意を得ていた。公爵家にはすでに優秀な後継(兄)がいるため、アンジェリカ自身は好きに生きよと申し渡されていたのだ。
――などと、無事に休みに入って完全に気が緩んでいたことは否定できない。
そんなある日のこと。
さすがに「ええ」「ありがとう」「まあ」の三言や、取り巻きのフォローだけでは到底対処できそうにない『厄介なお誘い』が、公爵邸に届いたのだった。
それは――王妃殿下主催、婚約者候補たちを集めたお茶会への招待状であった。
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とのことなので、AIラベルは表示されていないようです。
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本作はAI(Gemini)を利用し、作者が文章を書き→AIに校正を行ってもらい→それを再度見直し、修正・削除を行っています。
基本お話は完全に手作りですが、描写等のもサポートしてもらっています。




