第二話:侍は王都の公爵邸にたどり着く
王都へ向かう足は『馬車』であった。
馬車など乗るのは初めての経験ゆえ、このような珍しい乗り物に乗れたことが嬉しくて少々はしゃいでいたところ、
「算盤のような便利な道具を発明されるのに、馬車をご存知ないなんておかしいです」
と、侍女のマリーにクスリと笑われてしまった。
むう……馬単体(乗馬)ならば幾度も乗った経験があるのだがな。
「お嬢様、スカート姿で馬に跨がるなど口が裂けても言わないでくださいませ。乗れませんからね」
と、今度は釘を刺される始末だ。
(……こんな股下がすーすーする裾の広い着物なのだ、かえって馬に跨がりやすいと思うのだがな。男物の着物や袴より隙間があるのだから……)
このように、この異世界と日ノ本との違いを肌で感じながら、馬車はガタゴトと王都を目指して進んでいく。
この旅は、榊原にとってカルチャーショックの連続であった。
日ノ本のように山々をぬって歩く旅ではなく、せいぜい丘を越えるようななだらかな道を、のんびりと馬車で揺られて進むのだ。
尻の穴が痛くなるのを除けば、俺は童心に返ったような感覚で旅を楽しんでいた。
王都まではあと二日の距離。宿場町を通り抜け、再び人の気配が少ない田園風景が広がる道へと差し掛かった時、公爵家の護衛騎士が鋭い声を上げた。
「周囲警戒! 何か来るぞ!」
風にそよぐ麦畑の音の隙間に、耳を澄ませる。
「いるな…」
俺は餞別にもらった細身の剣を手に取り、馬車の外へと足を踏み出した。
「アンジェリカ様、いけません!」
とマリーが悲鳴を上げるが、俺は耳を貸さずにそのまま外へ出る。
護衛騎士たちも「危険です! 中にお戻りください!」と制するが、俺はニッと不敵に笑ってみせた。
「しばらく実戦から遠ざかっていたのでな。腕が鈍っておらんか確認させてもらうぞ」
そう言うや、剣を鞘からすらりと抜いた。
「俺が正面を引き受ける。お主らは左右と後ろを守れ。すでに囲まれておるぞ」
騎士たちはハッと息を呑み、指示通り左右と後方へ散って警戒に入る。
(……全員、力み過ぎだな。実戦に慣れておらんのか?)
俺はすっと気配を殺し、あえて自身の闘気を弱めた。これで獣からは、俺が一番弱く見えるはずだ。
剣を静かに中段に構え、その時を待つ。
直後、草むらを割って一匹の魔物が跳びかかってきた。
腰を低く落とし、身を斜めに捌いて間合いを外す。喉笛を狙って飛び込んできた獣の死角へすれ違いざまに踏み込み、下からの『逆袈裟』で喉を正確に切り裂いた。
キャンと短い悲鳴を上げて転がる獣。野犬……いや、体躯は犬ほどだが、顔つきは猫のようだった。
「ハウンドキャットだ! 動きが早いぞ!」と騎士が叫ぶ。
でかい猫か。仲間が倒されたことに憤怒したか、今度は左右から同時に二匹が飛び出してきた。
片脚を軸に身体をくるりと旋回させて攻撃をかわし、通り過ぎざまに一匹の後ろ脚を横薙ぎに一閃。
脚を絶たれた一匹が地面を転がる。
もう一匹は着地して素早く振り向いたものの、後ろ脚を失いもがく仲間と、平然と佇む俺の姿を見比べると、「ギャワー!」と不気味な威嚇声を上げてくるりと踵を返し、逃げ去っていった。
俺は静かに構えを解くと、残されたハウンドキャットの首筋に刃を刺し入れ、確実にトドメを刺した。
「お、お、お嬢様! ご無事ですか……っ!?」
護衛騎士たちが未だ周囲を警戒する中、リーダー格の男が慄いた様子で声をかけてきた。
「応とも。思ったより身体が動いて助かったわ」
護衛騎士は一瞬で仕留められた二匹のハウンドキャットを見やり、感嘆の声を漏らす。
「しかし……騎士団長からお聞きしてはいましたが、実に見事な腕前でございます」
「褒めるのは良いが、むしろお主らが力み過ぎている方が気になったぞ。実戦に慣れておらんのか?」
護衛騎士は気まずそうに頭をかきながら苦笑した。
「……申し訳ございません。我々の主な任務は対人の警護でして、こういった野獣や魔物相手の実戦には少々疎く……」
「情けないことを言うな。このような獣が出る街道の護衛を引き受けておいて、あのような無様を見せるのではない。人も獣も命の理合いは同じだ。己の隙や恐れを見せれば、奴らは『御しやすい』と踏んで付け込んでくるぞ」
「ぐ……仰る通りでございます。申し訳ございません……」
深々と頭を下げる護衛騎士の頭を、榊原はポンと軽く叩いて笑った。
「まあ良い。王都まであと二日ある。それまでに少し稽古をつけてやる」
俺がそう告げると、護衛騎士は歓喜すべきなのか戦慄すべきなのか分からぬ様子で、妙に顔を引きつらせながら曖昧に笑ってみせたのだった。
馬車に戻ると、マリーが今にも鬼になりそうな恐ろしい形相でこちらを睨みつけていた。
「アンジェリカ様! アンジェリカ様はエバーランド公爵家のお嬢様なのです! そのようなお方が自ら危険に飛び込むなど……ご自身のお立場を少しはお考えください!」
「そう怒るな。俺の今の立場がエバーランド家の姫であることは重々承知しておる。されど、俺の本質はどこまで行こうと『武人』なのだ。アンジェリカ殿の姿形を借りてはおるが、榊原直之としての生き様まで捨てる気はない。そして、俺が武人であるからこそ、彼女の天寿を全うさせるという難命を果たせるのだ」
「ですが……っ!」
「お主の言いたいことも、俺を案じる心も理解しておるつもりだ。しかしな、こればかりは譲れん。すまんが、そういう男だと納得してはくれまいか」
「……。……わかりました。差し出がましい申し条、どうかお許しください」
「構わぬ。お主の忠誠を否定するつもりなど毛頭ないぞ。主人を心から案じ、懸命に尽くそうとするその敬愛と忠誠は、何よりも誇るべきものだ」
マリーはハッと息を呑むと、今度は感極まったように泣きそうな顔になり、ぎゅっと唇をかみしめて深く頭を垂れた。
「……っ、はい……!」
◇
旅は、あのハウンドキャットの襲撃以降は特に問題もなくつつがなく進み、俺たちは無事に王都のエバーランド公爵邸へとたどり着いた。
到着してまず驚いたのは、その敷地の広大さだ。
王都の公爵邸はなかなかの規模で、日ノ本で目にした城郭や大名屋敷の庭園など比較にならんほど広い。
だが、江戸の城や陣屋の構えを知る俺が覚えたのは感嘆ではなく、あきれ果てた「驚愕」であった。
(……なるほど、王都を取り囲む外郭の城壁に守られておるからと高を括っているのだろう。だが、万が一にも門や外壁を破られたなら、この館など一溜まりもなく丸裸ではないか)
庭が無駄に広すぎるゆえに防衛の隙が多すぎる。丹念に整えられた美しき木々や絢爛な花々は、警護の視界を狭め、刺客や敵の侵入を容易く許す死角の山となっていた。
一体どういう防兵の考えを持てば、このような隙だらけの造りになるのかと、俺は開いた口が塞がらなかった。
傍らに立つマリーや護衛騎士たちは、俺が公爵邸の見事な庭園にただ見惚れ、口をポカンと開けているのだと勘違いしているようだ。
マリーは素人ゆえ致し方ないとしても、腰に剣を差した護衛騎士どもまで「お見事な庭園でしょう」と言いたげな呑気な面をしているのはどういうことだ。……やはり、王都に着くまでの二日間程度の稽古では足りなんだか。もう少しみっちりと絞り上げてやったほうが良さそうだ。
この王国全体に漂う、あまりにも平和ボケした生ぬるい空気に、俺は内心で深く溜め息を吐いたのだった。
館の正面には、王都の公爵邸で働く数十名の使用人たちが整然と居並んで待ち受けていた。
俺が馬車から一歩足を踏み出すと、一斉に深々と頭を垂れる。
「アンジェリカ様。王都公爵邸へようこそお越しくださいました。一同、心よりお待ち申し上げておりました」
代表して前に出た家令に、俺は静かに頷いて見せた。
「うむ、苦労。仔細はすでに本家の公爵閣下より届いておるな」
「はっ。公爵閣下からの親書にて、あらましは拝伝しております」
俺はそこに並ぶ使用人全員の顔を、端から端へと鋭い眼光で見回した。
誰もが「可憐なアンジェリカ様」から放たれる異様なまでの威圧感に気圧され、息を呑んで身をすくませている。
「アンジェリカ殿の姿形を知ってる者からしたら珍妙に思うだろうが、俺がアンジェリカ殿であり、榊原直之である。なぁに、そう身構えることはない。お主らは今まで通り、己の務めを忠実に果たせばそれで良い」
そこで言葉を一度切り、俺は使用人たちの前にドシリと仁王立ちした。
すっと気配を変え、数多の修羅場を潜った戦場の気を意図的に解放する。
「――だがな、余計な邪推や詮索は一切無用だ。もし俺の身の上に下衆な興味を持ち、口を滑らせる者がおれば、それは公爵閣下、ひいては俺に対する不義・敵対と見なす」
庭園に冷たい緊張が走り、使用人たちの背筋にゾクリと戦慄が駆け抜ける。
「これを破る者は、公爵家と俺、そして我らにこの命を委ねられた女神様の敵だ。……俺は、敵と定めた者に容赦はせん。よいな?」
凛とした美貌から発せられたとは思えぬ重厚な喝に、使用人たちは弾かれたように背筋を伸ばし、揃って頭を下げた。
「「「ははっ……! 承知いたしました!」」」
「うむ、頼んだぞ」
俺は短く答え、堂々とした足取りで公爵邸の玄関へと進んだ。
評価・レビュー等は受け付けておりますが、返信できない場合が多いので、ご承知おきくださいmm
----
AI利用状況設定については、設定にて「補助的利用(アイデア出し・資料調査・誤字脱字のスペルチェックなど、補助的な利用)」にチェックして投稿しています。
補助的利用については、「この設定は公開されません。※ただし、コンテストに参加されている場合や、商業化等で作品へのお問い合わせがあった場合など、関係する企業に伝達することがあります」
とのことなので、AIラベルは表示されていないようです。
----
本作はAI(Gemini)を利用し、作者が文章を書き→AIに校正を行ってもらい→それを再度見直し、修正・削除を行っています。
基本お話は完全に手作りですが、描写等のもサポートしてもらっています。




