第十一話:侍は四人の婚約者候補とお茶会をする
冬休暇が明け、学園が再開した。
俺は従来の女性用制服ではなく、動きやすさを考慮した男性用の制服を着用して登校している。動きやすさはもちろんのこと、周囲へ「アンジェリカは剣に生きる武人である」と無言の意思表示をするためでもある。
冬の社交シーズンでの立ち回りや、年末の交流会での剣術披露が功を奏したのか、あるいは新年夜会での噂が広まったのかは定かではないが、学園内からアンジェリカに対する敵意や悪意はほとんど姿を消していた。
まあ、エバーランド公爵家とミルレット侯爵家の接近により、王国の軍事力の三割がこちら側に与したも同然となったため、我が家に敵対するリスクが跳ね上がったことも大きな要因だろう。
さらにマリーとアナスタシアの策謀により、俺が騎士科の授業に顔を出すようになったことで、学園内における明確な敵対者はほぼ「王太子とその側近グループのみ」という状況になっていた。
そんな折、俺のもとへ接触を図ってきた者がいた。王太子の婚約者候補である二名の令嬢――青髪のブルレア辺境伯令嬢マリーベル嬢と、緑髪のグリンウッド侯爵令嬢ジョアンナ嬢から、それぞれ個別のお茶会への招待状が届いたのだ。
「さて……辺境伯令嬢と侯爵令嬢からそれぞれお茶会の誘いが届いたのだが、これはまとめて一つにしてしまっても構わんのだろうか?」
俺が二通の書簡を指でつまんでひらひらと掲げ、マリーに尋ねてみた。
「別々にご招待いただいたものですから、個別にお会いするのが筋ではございますが……」
「しかし、聞かれる内容など概ね同じようなものになるのではないか?」
「はあ、私もそう思いますが……恐縮ながら、あちらのお方の真意までは読み切れず、私では判断がつきかねます」
「ふむ。これはアナスタシアや取り巻きの娘たちに意見を聞いた方が良さそうだな」
というわけで、アナスタシアをはじめ、我が派閥の取り巻きであるロシャ伯爵家のマリアンヌ、ミカロ子爵家のカリス、ハミルトン男爵家のアーリサを呼び集めて話を聞くことにした。
「そうねぇ……恐らく新年夜会での『婚約者候補辞退』の件について、真意を聞きたいんじゃないかしら。でも、私も王妃様のお茶会で初めて顔を合わせた程度だから、詳しい性格までは分からないわ」
アナスタシアは社交界と距離を置いていたため、詳しい内情は知らないという。
「噂レベルですが、ブルレア辺境伯令嬢は王太子殿下の婚約者候補となることにあまり乗り気ではないと聞いておりますわ。領地が遠方ゆえ王都に頼れる知り合いもおりませんし、何でも地元に想いを寄せる方がいらっしゃるとか……」
ハミルトン男爵家のアーリサが耳寄りの情報を提供してくれた。低位貴族の令嬢は上位貴族のメイドや側近を務める者も多いため、こうした生々しい噂話が自然と集まってくるらしい。
「ご令嬢本人の意向は分かりかねますが、グリンウッド侯爵ご当人は王太子殿下との婚姻に極めて前向きだと伺っておりますわ」
ロシャ伯爵家のマリアンヌが侯爵家の動向を挙げる。外交を司る家柄だけあり、各貴族家の政治的立場に精通しているようだ。
「辺境伯家の方は『そのあたりはどちらでも良く、娘本人が望む道を選べば良い』と放任主義のようですわね」
「なるほど。では辺境伯令嬢の方は、直接会えば本人の意向が見えてくるな」
「私はお二人の個人的な情報は持ち合わせておりませんが……グリンウッド侯爵家の方は、最近王都での支出がやたらと増えているようですわ」
ミカロ子爵家のカリスが控えめに口を開く。彼女の実家は公爵家御用達の商人であり、王国全土に物流網を張り巡らせているため、金の動きには人一倍敏感なのだ。
「お主たち……意外と事情通なのだな」
俺が感心半分、驚き半分で口にすると、
「「「酷い! アンジェリカ様、私たちに興味なさすぎです!」」」
と一斉に非難を浴び、深く反省した。……あの公爵閣下が側に置くことを認めた娘たちなのだ、有能であって当然か。これほどの有能な部下を遊ばせておくとは、武将として不覚であった。
「……あの、それって『これからは私たちを容赦なく使い潰す』という意味でしょうか……?」
怯えた目で見つめられ、アナスタシアには「榊原さん、ブラック企業体質は絶対NGよ! 労働倫理ってものを考えなさい!」とわけの分からん説教を食らった。意味が分からん。
「さて……で、どうしたものか?」
俺が腕を組んで思案していると、
「じゃあさ、いっそのこと婚約者候補の四人全員で集まっちゃえばいいじゃない!」
アナスタシアの鶴の一声により、招待状を受け取っていないはずのアナスタシアまで当然のように参加する、謎の『婚約者候補四人お茶会』が開催される運びとなった。
◇◇◇
会場に選ばれたのは、公爵家の敷地内にある離れであった。 アンジェリカの亡き祖母が暮らしていたという邸宅で、こぢんまりとしつつも(我が国の感覚で言えば立派な武家屋敷ほどはある)、人目を憚る密談には打ってつけだと公爵閣下が快く提供してくださったのだ。
二人の令嬢が到着し、俺は歓迎の意を込めて自らお茶を点て、給仕した。 王妃のお茶会のような華やかさには欠けるが、時にはこうした質実剛健なもてなしも良かろう。
「こちらは東方より仕入れた葉を煎じた茶で、俺は『ほうじ茶』と呼んでいる。非常に香ばしく風味が良い。付け合わせは果実を乾燥させたもの(干し柿風)だ。しつこくない余韻のある甘みが、この茶の渋みとよく合う」
「ほうじ茶……?」
「果実の乾燥させたもの……?」
ブルレア辺境伯令嬢とグリンウッド侯爵令嬢は、目の前に出された未知の茶と菓子に困惑の表情を浮かべた。 だが、そこに天然娘のアナスタシアが容赦なく割り込む。
「さっすが榊原さん、見事に和のテイストを再現してるわね……んん~、うめぇー!」
小声で唸りながら感涙にむせぶアナスタシアの姿を見て、二人の令嬢も恐る恐るお茶を口に含んだ。
「あら……」
「とても芳しくて、心が落ち着くお味ですわね……」
意外な好評を得られたようで何よりだ。
「さて、本日はお二人から別個に招待をいただいたわけだが……恐らくは新年の夜会における、俺の『婚約者候補辞退』の真意を確かめたいのだろうと推察した。ならばコソコソ探り合うより、当事者である婚約者候補を一度に集めた方が手っ取り早い。そう判断し、そこの赤毛――アナスタシアの提案に乗る形でこの場を設けさせてもらった」
「アンジェリカ様ぁ~、なんか言い方に含みがない? 感謝してほしいくらいナイスアイデアだったでしょ!」
頬を膨らませて文句を言うアナスタシアを苦笑いで制し、俺は本題へと切り込む。
「まあ良い。まずは、こちらの手の内を明かそう。俺はこの通り『公爵家の令嬢』という立場を降りた。今後、誰かと婚姻を結ぶ気は一切ない。卒業後は軍の剣術指南役か、はたまた冒険者にでもなるつもりだ。そしてそこのアナスタシアは、仮ではあるが我が公爵家の嫡男(兄君)との縁組みがほぼ確定している。――つまり、俺たち二人は明確に『辞退』の意思を固めている」
ブルレア辺境伯令嬢とグリンウッド侯爵令嬢は、開いた扇で口元を覆い、息をのんだ。
「それらを踏まえた上で、質問を受け付けよう。もし婚約者候補以外の要件であるならそれも聞こう。ただし――腹の探り合いや迂遠な社交辞令はいらん。本音で語れ」
二人は顔を見合わせ、視線で確認し合うように小さく頷いた。
「……では、私からよろしいでしょうか」
グリンウッド侯爵令嬢ジョアンナが、すっと一筋の優美な挙手をして問いかけてきた。
「先ほどの『婚約者候補の辞退』というのは、どこまで本気でいらっしゃるのですか?」
「戯れで言うと思うか? すでに書面にて辞退を申し出ておる。王家からの返答は未だないが、もはや王家の意向がどうあれ、あの王太子との婚姻などあり得ん」
「私もですわ。すでに公爵家と我がロシャ伯爵家の話し合いは合意に達しておりまして、アンジェリカ様の辞退が正式に受理され次第、私も辞退の道を選びます」
アナスタシアが、俺の前では滅多に見せない『由緒正しき完璧な令嬢』の皮を被って淑やかに答えた。 ジョアンナは不審そうに眉をひそめる。
「……なぜ、アンジェリカ様の辞退を待つ必要がありますの?」
「王太子は俺を激しく嫌っておる。そして婚約者候補は他に何人もいる。にもかかわらず、王家は俺の辞退を受け入れず、書状の返信すら寄こさん。この不自然な対応に、我が家は強い不信感を抱いておるのだ。婚姻などあり得ぬというのに、なぜ頑なに辞退を認めんのかと」
「そのような不透明な状況で私が先に抜ければ、王妃様のお茶会の時のように、アンジェリカ様へどのような謀略が向けられるか分かりませんでしょう? 私が将来嫁ぐことになる公爵家のためですもの、足並みを揃えるくらい当然の協力ですわ」
「……なるほど。筋は通っておりますわね」
「私からもよろしいでしょうか?」
今度はブルレア辺境伯令嬢マリーベルが声を上げた。
「アンジェリカ様のお姿……それは、王太子殿下に対する当てつけや意趣返しの類なのですか?」
「ハッ、俺があの青二才(王太子)のために何かしらの動機を持って行動することなど万に一つもないわ。好悪の感情すら抱いておらん」
「では、ご自身の純粋な意志でそのお姿を選ばれたと?」
「俺個人としては、もっと無駄な装飾を削ぎ落とした武骨な着流しの方がありがたいのだがな」
「「それはダメ(不許可)です!!」」
なぜかブルレア辺境伯令嬢とアナスタシアの声が綺麗に重なった。……くそ、この辺境伯令嬢も、あの「推し活オタク」と同類の種族か……。
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基本お話は完全に手作りですが、描写等のもサポートしてもらっています。




