第九話「大筒の轟き」
#### 一
蛇柳影虎の本隊来襲まで、猶予はわずかしかなかった。
「鉄砲だけでは、大軍相手に限界がある。もっと大きな備えが要る」
軍議の場で、練は皆にそう告げた。頭にあったのは、堺で聞いた「大筒」――大型の火器の存在だった。国崩しとも呼ばれるその兵器は、城門すら打ち破る威力を持つという。
「大筒か……。だが、そう易々と手に入るものではないぞ」
茅野が渋い顔で腕を組む。堺のボンゾウに問い合わせても、大筒そのものはよほどの大名でなければ扱えない、貴重かつ高価な代物だという返事だった。
「ワテの伝手で、一つだけ心当たりがおますわ」
文の中で、ボンゾウはそう記していた。かつて堺に出入りしていた老鍛冶師で、南蛮渡来の技術にも通じた稀代の技術者。だが今は世捨て人のように山奥に籠り、滅多に人と関わらないのだという。
「名を明石又兵衛言いますねん。腕は確かですが、偏屈な御仁でしてなぁ。会うても、まともに話を聞いてくれるかどうか」
半信半疑のまま、練とゴンザは、その老鍛冶師を訪ねることにした。
---
#### 二
山深くにひっそりと構えられた鍛冶場は、外からは廃屋にしか見えなかった。だが中からは、絶え間なく槌音が響いている。
「――何用だ」
出迎えたのは、白髪交じりの髭を蓄えた、鋭い眼光の老人だった。全身に火傷や刃物傷の跡が刻まれており、長年鍛冶の道に生きてきた者だけが纏う独特の気配があった。
「明石又兵衛様、でしょうか。ボンゾウさんのご紹介で参りました」
「ボンゾウか。あの調子のいい男の紹介など、ろくなもんじゃなかろう」
にべもない返事に、練は怯みながらも用件を告げた。桜庭家の窮状、大筒の必要性、そして自分の持つ力について。
又兵衛はしばらく無言で聞いていたが、やがて鼻で笑った。
「道具を強くする力、だと? 世迷い言を」
「――信じてもらえないのは、当然だと思います。でも」
練は懐から、堺で強化した火縄銃を取り出し、又兵衛の前に差し出した。
「これを、見ていただけませんか」
訝しげな顔で銃を受け取った又兵衛は、しげしげとそれを検分し始めた。銃身の内側、火薬の焼け跡、照準の精密さ――職人の目で、隅々まで確かめていく。
やがて、その表情がわずかに変わった。
「……この銃身、どういう鍛え方をした」
「鍛え方は、普通の物と変わりません。俺が、その道具の理解を深めて、強くしただけです」
「馬鹿な。この精度は、南蛮の名工が心血を注いでも出せる代物ではないぞ」
---
#### 三
半信半疑ながらも、又兵衛は練に鍛冶場の中を見せることを許した。そこには、南蛮渡来の技術書や、様々な火器の部品、そして未完成の大筒が一つ、無造作に置かれていた。
「これは……」
「――昔、とある里で作っていた代物だ。だが、今となっては意味のないものよ」
又兵衛の声に、隠しきれない苦さが滲んだ。練が問いかけると、又兵衛はぽつりぽつりと、自らの過去を語り始めた。
かつて彼は、優れた工匠たちが集った隠れ里の一員だった。争いを避け、技術のみを磨き続けてきたその里は、しかしある時、周囲の大名同士の争いに巻き込まれ、跡形もなく焼き払われてしまったのだという。
「儂だけが、たまたま外に出ていて生き残った。……仲間も、技術も、里そのものも、すべて灰になった」
「それは……」
「だから儂は、もう誰の力にもなるまいと決めた。技術は、争いのために使われるだけだとな」
重い沈黙が鍛冶場に落ちる。だが練は、しばらく考えたのち、静かに口を開いた。
「――俺も、争いのために強くなりたいわけじゃありません。ただ、守りたいものがあるだけです」
「守りたいもの、か」
「桜庭の家の人たちも、隠れ里の人たちも、皆、ただ生きたいだけなんです。それを踏みにじられないために、俺は道具の力を借りたい。……それは、間違ってますか」
真っ直ぐな言葉に、又兵衛はしばらく練の顔を見つめていた。やがて、深いため息とともに、彼は口を開いた。
「――一つだけ、試させてやる。この大筒、儂が仕上げの手ほどきをしてやろう。お前がそれを、どう強くするか見せてみい」
---
#### 四
それから数日、練は又兵衛のもとで、大筒の仕組みを徹底的に学んだ。火薬の配合比、砲身の鋳造、反動の制御、命中精度を左右する砲弾の形状――又兵衛の解説は、堺のボンゾウのそれよりもさらに専門的で、深いものだった。
理解度は、日を追うごとに着実に上がっていった。
```
理解度:8% → 42% → 67%
```
「まだまだだな。お前、儂の話を聞いただけで満足しとらんか」
厳しい言葉に、練は素直に頷いた。知識を得るだけでは足りない。実際に火薬を配合し、砲身を磨き、失敗を重ねる中で、練自身の中に「理解」が深く根付いていく。
十日目、練はついに、未完成だった大筒の前に立った。
「――やってみます」
震える手で砲身に触れ、念じる。強くなれ、と。
これまでにない量の熱が、練の掌から大筒へと流れ込んでいく感覚があった。歪んでいた砲身がまっすぐに整い、鋳造の粗が消え、鈍い光を放つ金属の輝きへと変わっていく。
```
強化完了
威力:×10万
射程:×50
反動制御:完全
```
轟音とともに、練の目の前で、数値がこれまでとは桁違いの伸びを見せていた。
「――化け物か、お前は」
又兵衛が呆然と呟く。試し撃ちのため向けられた大筒は、遠くの岩山の一角を、まるで爆発したかのように吹き飛ばしていた。
「これなら……蛇柳の本隊にも、対抗できるかもしれません」
震える声で呟く練の傍らで、又兵衛は複雑な表情を浮かべながら、それでも小さく頷いた。
「儂の技術が、また誰かを守るために使われるか。……皮肉なものよ」
老鍛冶師の目には、諦観とも期待ともつかない光が揺れていた。乱世の趨勢を左右しかねない一撃を得て、練たちの戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。
(第十話「明石又兵衛の教え」へ続く)




