第八話「決着、そして次なる道」
#### 一
戦況が押し返され始めたことに、蛯名靭負は苛立ちを隠せずにいた。
「たかが山里の烏合の衆に、この俺が押されるだと……!」
自ら馬を進め、崩れかけた柵の前で立ち尽くす練へと、太刀を振りかざして迫る。歴戦の将の一撃は、練が到底受け止められるものではなかった。
「――そこまでです」
割り込んだのは、明日香だった。小太刀を構え、蛯名の太刀を受け止める。だが膂力の差は歴然で、明日香の体勢が大きく崩れる。
「明日香様!」
練は反射的に前へ出た。手にした脇差を、蛯名の二の太刀へと合わせる。理解度九十五パーセントまで高められた刃は、歴戦の将の一撃を、真正面から受け止めきった。
「馬鹿な、この一撃を……!」
驚愕する蛯名に対し、練は震える声を絞り出した。
「俺は、弱いです。剣も、槍も、何もできません。……でも、この刃だけは、譲れません」
言葉とともに、練は脇差を横に薙いだ。蛯名の太刀が、根元から両断されて宙を舞う。
「なっ……!」
武器を失った蛯名が怯んだ隙を、明日香が見逃さなかった。鋭い一閃が、蛯名の肩口を捉える。
「ぐああっ!」
呻き声とともに落馬した蛯名を見て、指揮官を失った蛇柳勢に動揺が広がった。
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#### 二
「――退け! 退けい!」
副将らしき者の号令で、蛇柳勢は算を乱して撤退を始めた。里の者たちから、堪えきれない歓声が上がる。
「や、やったぞ……! 勝ったんだ……!」
誰かの叫びを皮切りに、里全体が歓喜に包まれた。だが練自身は、へなへなとその場に座り込み、震える手を見つめることしかできなかった。
「――大丈夫か、練」
駆け寄ってきた明日香が、肩に手を添える。練は掠れた声で、なんとか答えた。
「はい……なんとか。皆さんは」
「怪我人は多いが、命を落とした者は一人もおらぬ。……其方のおかげだ」
その言葉に、練は俯いたまま首を振った。
「俺じゃなくて、みんなが頑張ったからです。俺はただ、道具に手を加えただけで……」
「――またそれか」
明日香が呆れたように、それでいて優しく笑った。
「良い。其方がそう思うなら、それで良い。だが、里の者たちは皆、其方に感謝しておる。それだけは、覚えておいてくれ」
戦場に転がる敵兵の骸を片付けながら、里の者たちが口々に練へ礼を言いに来る。練はその度に、恥ずかしそうに謝辞を受け取りながらも、胸の奥に、確かな温かさが広がっていくのを感じていた。
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#### 三
戦の後始末が一段落した夜、茅野が改まった様子で練の前に膝をついた。
「練殿。此度のこと、桜庭家として正式に礼を申し上げる。其方がおらねば、この里は今頃、灰燼に帰しておったであろう」
「そんな、頭を上げてください。俺は、桜庭様に拾っていただいた身ですから」
「いや、それだけではない」
茅野は静かに首を振り、明日香へと視線を移した。
「明日香様。桜庭の家名を再び興すには、練殿の力が欠かせぬのではないでしょうか」
明日香は少し考え込んだ後、練へと向き直った。
「――練。改めて問う。其方は、これからどうするつもりだ」
問いかけに、練はしばらく黙り込んだ。この乱世に放り込まれてから、まだ十日ほどしか経っていない。だが、その短い間に、あまりに多くのことがあった。
「正直、まだよく分かりません。……でも」
言葉を選びながら、練は続けた。
「この力があれば、誰かを守れることは分かりました。だから、その力をもっと伸ばして、これから先も、誰かの役に立てたらと思います」
「桜庭家のために、力を貸してくれるか」
「はい。……できる限りのことは、やらせてください」
明日香は満足げに頷き、それから茅野へと向き直った。
「茅野。練を、桜庭家の客分として迎える。以後、その扱いに粗相のないようにな」
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#### 四
数日後、隠れ里に、蛇柳影虎の本隊が動くという報せが届いた。此度の敗北を受け、影虎自らが大軍を率いて出張ってくるのだという。
「二百の兵にすら苦戦したというのに、影虎自らの本隊など……」
茅野の顔に、再び緊張が走る。だが練は、以前とは違う落ち着きをもって、その報せを受け止めていた。
「大丈夫です。今度は、鉄砲だけじゃありません」
練の脳裏には、堺で見た様々な道具の記憶が蘇っていた。火縄銃はもちろん、大筒と呼ばれる大型の火器、そして戦の趨勢を左右するという、軍船や騎馬隊の存在。
「この里を守るだけじゃなく……もっと広く、もっと大きく。桜庭家を再興するために、必要なものを、一つずつ強くしていきます」
その言葉に、明日香が小さく微笑んだ。
「随分と、頼もしくなったものだな」
「……明日香様のおかげです。皆のおかげです」
「其方は、変わらぬな」
苦笑交じりに呟く明日香の傍らで、ゴンザとボンゾウから届いた文には、次に必要となる道具や資材のことが、細かく書き記されていた。
窓の外には、澄み渡った空が広がっている。まだ何も終わってはいない。むしろ、本当の戦いは、これから始まるのだ。
膂力もない。剣才もない。それでも練は、手にした脇差を握りしめ、静かに決意を固めた。
――道具の理を、とことんまで理解しよう。それが、この乱世で自分にできる、唯一の戦い方なのだから。
第一部・覚醒編、了。
(第二部 火器転用編、第九話「大筒の轟き」へ続く)




