第五話「堺の商人」
#### 一
堺までの道のりは、思いのほか長かった。
茅野の手配で、練とゴンザ、そして護衛の若侍が数名、隠れ里を発った。明日香も同行を望んだが、まだ傷が完治していないことと、里を空にできないという茅野の説得で、渋々見送りに回っていた。
「必ず、何か手土産を持ち帰れ。……いや、其方のことだ、無理はするな」
出立の際、明日香がぶっきらぼうにそう言ったのを、練はまだ胸の中で反芻していた。
「なあ坊主、随分嬉しそうな顔してるな」
「そ、そんなことないですよ」
からかうゴンザに慌てて否定しながら、練は道中、頭の中に浮かぶ理解度の数字を確かめていた。護衛の若侍たちが持つ槍や刀を、一つ一つ観察してみるものの、依然として理解度は低いままだった。
「知識だけじゃ、やっぱり足りないんだな……」
思い出だけで底上げされた脇差とは違い、他人の道具に対しては、練自身がその仕組みや歴史、扱い方を深く知らなければ、大きな理解度は得られないらしい。
「その分、知れば知るほど伸びしろがあるってことだろ。悲観することもねぇさ」
ゴンザの言葉に励まされながら、練は数日がかりの道中を進んでいった。
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####二
堺の町に足を踏み入れた瞬間、練は思わず息を呑んだ。
高い堀と土塁に囲まれた自治都市。大通りには、諸国から集まった商人たちの店が軒を連ね、南蛮渡来と思しき異国の品々までもが並べられている。硝煙の匂いに混じって、香辛料や異国の織物の匂いが漂ってくる。
「ここが、堺……」
現代の記憶にある知識と、目の前の光景が重なり合う。この時代、日ノ本随一の貿易都市として栄え、諸国の大名たちすら手出しできぬ自治を築いていたという、あの堺だ。
「おう、ゴンザの旦那じゃないですかいな! 久しぶりですなぁ!」
威勢のいい声に振り返ると、恰幅の良い中年の商人が、満面の笑みで手を振っていた。派手な柄の小袖を着崩し、指には南蛮渡来らしき指輪までしている。
「ボンゾウ、達者にしとったか」
「そらもう、こちとら商売繁盛でおまんがな。……で、そちらの兄さんは?」
好奇心を隠さない目で、ボンゾウは練を上から下まで眺め回した。ゴンザが簡単に事情を説明すると、ボンゾウは目を丸くし、それから愉快そうに笑い出した。
「へええ、道具を強くする力ぃ? そらまた面白い話やなぁ。ワテも長いこと商売やっとるけど、そないな話は初耳や」
「信じてくれるんですか」
「信じる信じへんの前に、儲かる話かどうかが肝心や。まあ、話だけでも聞かせてもらいまひょ」
案内された店の奥で、練はこれまでの経緯を一通り話した。ボンゾウは腕を組んで聞き入っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「――ほな、試しに、ワテの店の品、いくつか見てもらいまひょか」
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####三
ボンゾウの店の奥には、様々な武具や道具が所狭しと並べられていた。刀、槍、南蛮渡来の甲冑、そして――練が初めて目にする、細長い筒状の武器。
「これは……」
「鉄砲でおますわ。異国から渡ってきた、火薬で弾を飛ばす道具や」
ボンゾウが得意げに説明を始める。火薬の調合、弾丸の鋳造、火縄の仕組み、命中精度を左右する銃身の造り――堺の商人らしく、南蛮の技術にも通じたボンゾウの解説は、驚くほど詳細で分かりやすかった。
説明を聞くうちに、練の視界に浮かぶ文字列が、みるみる動いていくのが分かった。
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理解度:2% → 34%
```
「上がってる……こんなに」
「ほう、ほんまに何か見えとるんか。……ほな、試しに一丁、強化してみなはれ」
ボンゾウが差し出したのは、使い古された一丁の火縄銃だった。練は緊張しながらそれを受け取り、両手で握りしめる。
――強くなれ。
刀身ならぬ銃身が、じわりと熱を持った。歪んでいた照準がまっすぐに直り、燻っていた薬室の錆が消え、木製の台尻の木目までもが、まるで新品のように整っていく。
```
強化完了
装填速度:×15
命中精度:×20
```
「……こんなもんか」
満足には程遠い数値に、練は思わず肩を落とした。脇差や竹束の時に比べれば、まだまだ小さな変化だった。
だがそれを見ていたボンゾウは、目を見開いたまま、しばらく絶句していた。
「兄さん……その数字、口に出して言うたか」
「あ、いえ、独り言のつもりだったんですけど」
「命中精度が二十倍て……そんなもん、南蛮の名工が束になっても、そうそう出せる代物やあらへんで」
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####四
その夜、ボンゾウの店の裏座敷で、簡単な酒宴が開かれた。ゴンザと護衛の若侍たちが酒を酌み交わす中、ボンゾウは練に膝を寄せ、声を潜めて話しかけてきた。
「なあ兄さん。その力、本気でどこまで伸ばせるんや」
「分かりません。もっと理解を深めれば、もっと変わるとは思うんですけど……」
「なら、こういうのはどうや。ワテがこれから仕入れる南蛮の品々、鉄砲だけやのうて、色んな道具の仕組みを、じっくり教えたるわ。その代わり――」
ボンゾウはにやりと笑った。商人らしい抜け目のない光が、その目に宿っている。
「兄さんが強くした品、ワテにも一枚噛ませてもらいまひょ。持ちつ持たれつ、いうやつや」
「あの、俺、桜庭様のために……」
「分かっとる分かっとる。桜庭様のことは、ちゃんと手伝わせてもらいますわ。ただ、これから乱世はもっと荒れる。ワテらみたいな商人にとっても、其方の力は他人事やあらへんのですわ」
軽妙な口調の奥に、堺の商人らしいしたたかな計算が透けて見える。それでも、その言葉には嘘がないようにも感じられた。
「――分かりました。よろしくお願いします」
練が頭を下げると、ボンゾウは満足げに笑い、酒を注いでくれた。
「兄さんの噂、いずれ日ノ本中に広まるかもしれまへんなぁ。……その時、兄さんがどないな顔しとるか、ちぃとばかし楽しみですわ」
軽口めいた言葉だったが、練の胸には、その言葉がずしりと重く残った。
まだ何も成し遂げてはいない。だが、少しずつ、この乱世に自分の足跡が刻まれ始めている。それが恐ろしくもあり、同時に、確かな手応えでもあった。
窓の外には、堺の町の賑わいが夜更けまで続いている。練は静かに杯を置き、これから待ち受けるであろう道のりに、そっと思いを馳せた。
(第六話「帰路の激突」へ続く)




