第四話「桜庭家再興」
#### 一
夜が明けきる頃、一行は祠を離れ、より安全な場所を求めて山道を進んでいた。
「明日香様。行く当てはあるのですか」
ゴンザに背負われながら、明日香は悔しそうに唇を結んだ。
「……分からぬ。父上の代からの重臣たちが、生きて落ち延びているならば、どこかに身を潜めているはずだが」
「心当たりの場所は?」
「一つだけ。桜庭の家に、代々伝わる隠れ里がある。有事の際、一族と重臣が落ち合う定めになっていた場所だ」
弱々しくはあったが、明日香の声には、初めて希望らしきものが滲んでいた。それは単なる逃げ場ではなく、桜庭家の再興への足掛かりになりうる場所だった。
半日ほど山道を進むと、谷間に隠れるように、小さな集落が見えてきた。粗末な柵と物見の櫓があり、遠目にも警戒の厳しさが伝わってくる。
「あれだ……!」
明日香が声を上げると、物見に気づいた見張りの兵が慌てて駆け下りてきた。
「明日香様! ご無事でしたか!」
安堵と驚きの入り混じった声で駆け寄ってきたのは、白髪交じりの初老の武士だった。桜庭家の重臣の一人で、名を茅野帯刀というらしい。
「城が落ちてより、生き延びられた方々をこうして集めてはおりますが……もはや、我らだけでは、家の再興など到底……」
言葉を濁す茅野の表情には、隠しきれない疲労と絶望が浮かんでいた。集落に匿われている者たちも、皆一様に打ちひしがれた顔をしている。
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#### 二
その夜、隠れ里の広間で、明日香を中心に今後の方針が話し合われることになった。練とゴンザも、成り行きで末席に加わることになった。
「敵は、蛇柳の家中の手の者だ。父上を討ち、城を落とした後も、生き残りを執拗に狩り立てておる」
明日香が地図代わりの布に指を這わせながら説明する。蛇柳影虎という野心家の大名が、周辺の小さな国衆を次々と併呑し、勢力を広げているのだという。
「蛇柳様のご威勢に、ここいらの国衆はどこも震え上がっておるわ。桜庭様がお一人残られたとて、もはや……」
茅野の悲観的な言葉に、広間の空気が重く沈む。明日香は唇を噛みしめたまま、何も言い返せずにいた。
「あの……」
沈黙を破ったのは、練だった。全員の視線が集まり、思わず身を縮こまらせながらも、練は言葉を続けた。
「今、この里にある武具……見せてもらえませんか」
「武具、だと? そんなものを見て、どうする」
茅野が怪訝そうに問い返す。練は言葉に詰まりながらも、なんとか説明を絞り出した。
「俺は……刀も槍も使えません。馬にも乗れません。でも、道具のことなら、多分、少しは役に立てます」
胡散臭げな視線を向ける茅野に対し、明日香が静かに口を開いた。
「――茅野。この者の言うことを聞いてやってくれ。昨夜、この者は竹束一枚で、我らを守り抜いた」
「まさか、そのようなことが」
「見たのだ、この目で。信じ難いのは分かる。だが、他に手立てがないのなら、試す価値はあろう」
明日香の言葉に、茅野はしばし考え込んだ末、渋々ながらも頷いた。
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#### 三
翌日、練は里に残されたわずかな武具――使い古された槍の穂先、錆びついた具足、刃こぼれした刀など――を一つずつ手に取り、確かめていった。
だが、結果は芳しくなかった。
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理解度:5%
理解度:8%
理解度:4%
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いずれも数値は低く、大きな強化は見込めそうにない。練にはまだ、これらの武具についての深い知識がなかったのだ。
「……やっぱり、簡単にはいかないですね」
肩を落とす練を見て、ゴンザが顎をさすりながら言った。
「坊主。お前さんの理解度っての、どうやったら上がるんだ。前は儂の話を聞いただけで上がってたよな」
「はい。多分……その物のことを、実際に知ってる人から教わったり、自分でよく調べたりすると、上がるんだと思います」
「なら、話は早ぇ。この里にゃ、そういうことに詳しい奴がいねぇってだけの話だ」
ゴンザの言葉に、茅野がはっとした表情を浮かべた。
「――そう言えば、堺の商人筋に、つてがある。武具・鉄砲の類に滅法詳しい男だ。ボンゾウと言ったか。以前、桜庭家にも出入りしておった」
「堺の商人……」
堺という地名には、練にも聞き覚えがあった。現代の記憶にある知識――日本史で習った、鉄砲や南蛮貿易で栄えた自治都市の名だ。この時代、堺はまさに最新の武具や技術が集まる場所のはずだった。
「その人に、会えたら……色々教えてもらえるかもしれません」
「口先だけの願いなら、儂らはとうに詰んでおるわ。だが、他に道がないのなら」
茅野は深く息を吐き、覚悟を決めたように頷いた。
「――堺まで、使いを出そう。危険な道中になるが、致し方あるまい」
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#### 四
その晩、練は一人、里の外れで夜空を見上げていた。祖父の形見の脇差を握りしめながら、これまでの出来事を頭の中で反芻する。
刀も使えず、槍も持てず、馬にも乗れない自分が、こうして少しずつ、誰かの役に立ち始めている。それが不思議で、そしてどこか誇らしくもあった。
「――こんなところにおったか」
背後から声をかけられ、振り返ると、明日香が立っていた。足の傷は、ゴンザの手当てのおかげか、幾分和らいでいるようだった。
「明日香様。傷は……」
「もう良い。それより、礼を言いに来た」
意外な言葉に、練は目を丸くした。明日香は少し気まずそうに視線を逸らしながら、続けた。
「昨夜、竹束で我らを守ったこと。それに、里の者たちのために、道具を検めてくれていること。……足軽風情と侮っていたこと、詫びる」
「い、いえ、そんな。俺は本当に、何もできない方で……」
「またそれか」
明日香は呆れたように小さく笑った。それは、初めて練が見る、彼女の柔らかな表情だった。
「良い、それが其方の性分なのだろう。だが、忘れるな。桜庭の家の命運は、もはや其方の力にかかっておるのだ」
言葉の重さに、練は思わず息を呑んだ。だが同時に、胸の奥に、これまでとは違う何かが灯るのを感じていた。
「――やってみます。俺にできることは、多分、それしかないので」
明日香は小さく頷き、それ以上は何も言わず、里の方へと戻っていった。
一人残された練は、もう一度、夜空を見上げた。
堺という新たな行き先。そこで何を知り、何を強くできるのか、まだ何も分からない。だが、確かなことが一つだけあった。
――もう、後戻りはできない。
この乱世で、自分にできることを、とことんまでやってみる。そう心に決め、練は静かに拳を握りしめた。
(第五話「堺の商人」へ続く)




