第十一話「零丸、空へ」
#### 一
隠れ里に戻った練は、零丸を伴って、茅野や明日香に事の次第を報告した。
「からくりの鷹が、言葉を話す……?」
さすがの明日香も、目の前で羽ばたく零丸を見て、驚きを隠せずにいた。
『はじめまして。……ぜろまる、です』
たどたどしい挨拶に、里の者たちがどよめく。だが、その愛嬌のある仕草に、次第に警戒の色は和らいでいった。
「これで、蛇柳の動きを事前に探れます」
練の説明に、茅野は目を輝かせた。
「敵の本隊が動く前に、その規模や進路が分かれば、迎撃の備えも大きく変わる。……練殿、これは僥倖ですぞ」
「零丸、頼めるか」
問いかけに、零丸は小さく首を傾げるような仕草をしたあと、はっきりと頷いた。
『……やってみます。皆の、役に立ちたい』
その言葉に、練は胸の奥が温かくなるのを感じた。ただの道具だったはずのものが、今、自らの意志で誰かの役に立とうとしている。
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#### 二
翌朝、零丸は初めての偵察飛行に飛び立った。
木々の合間を縫うように舞い上がるその姿は、最初こそぎこちなかったものの、次第に安定した滑空へと変わっていった。練は里の見張り台から、遠ざかっていく小さな影を、祈るような気持ちで見送った。
「大丈夫でしょうか……」
「案ずるな。あの鷹は、其方が丹精込めて仕上げたものだろう」
隣に立つ明日香が、静かに声をかけてくる。だが、その声にも、わずかな緊張が滲んでいた。
半日ほどが過ぎた頃、遠くの空に、小さな影が戻ってくるのが見えた。
「零丸、無事だったか!」
駆け寄る練の前に降り立った零丸は、いくらか疲れた様子ながらも、はっきりとした声で報告を始めた。
『蛇柳の本隊、確認しました。……数、およそ三千』
「さ、三千……!」
里に集まった一同の間に、緊張が走った。二百の兵にすら苦戦した里の防衛力では、到底太刀打ちできない数字だった。
『進軍の速さから見て、この里に到達するまで、あと七日ほどかと』
零丸の淡々とした報告に、茅野が青ざめた顔で唸った。
「七日で、三千の兵を凌ぐ備えを整えねばならぬのか……」
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#### 三
その夜、練は一人、鍛冶場に籠り、これまでに強化してきた道具の数々を並べて考え込んでいた。
火縄銃、大筒、竹束の柵――どれも確かに強力だが、三千の兵を相手にするには、まだ足りない。
「――何を悩んでおる」
いつの間にか又兵衛が、鍛冶場の入り口に立っていた。事情を聞いた又兵衛は、練の隣に腰を下ろし、腕を組んだ。
「正攻法では、勝ち目は薄いな」
「やっぱり、そうですよね……」
「だが、正面からぶつからねばならぬとは限らぬ」
思案げに呟く又兵衛の言葉に、練ははっとした。
「地形を活かす、ということですか」
「そうだ。この里の周りは、狭い山道が多い。大軍の利点は、開けた場所でこそ発揮される。狭隘な地形に誘い込めば、数の差を縮められよう」
又兵衛の言葉に、練は頭の中で作戦を組み立て始めた。里の周辺の地形、道具の特性、そして零丸による偵察能力――すべてを組み合わせれば、活路が見えてくるかもしれない。
「――零丸、もう一度飛べるか」
『はい。……皆の、力になりたいので』
疲れも見せずに答える零丸に、練は感謝の言葉を告げながら、次の偵察を頼んだ。今度は、周辺の地形をより詳しく調べるためだった。
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#### 四
数日後、零丸がもたらした地形の情報をもとに、練たちは作戦を練り上げていった。
里の手前にある狭い峠道――そこを最終防衛線とし、両脇の斜面に伏兵を配置する。正面には強化した柵と大筒を据え、敵の主力を峠道に誘い込んだところで、集中砲火を浴びせる。
「この作戦なら、数の差を埋められるかもしれません」
練の説明に、茅野と明日香が真剣な眼差しで頷いた。
「峠道に誘い込むための囮も要るな。……その役、儂がやろう」
ゴンザが名乗りを上げる。堺での旅を通じて、彼もまた、この戦いに自分なりの覚悟を持ち始めていた。
「儂の若い頃の武勇伝も、少しは役に立つはずだ」
「ゴンザさん……無理はしないでくださいね」
「お前さんこそな、坊主」
軽口を叩き合いながらも、その場にいる誰もが、迫りくる決戦の重さを噛み締めていた。
夜が更ける中、練は一人、里の外れで零丸を膝に乗せ、静かに夜空を見上げていた。
『……怖い、ですか』
零丸の問いかけに、練は苦笑いを浮かべた。
「怖いよ、正直。三千の兵なんて、想像もつかない」
『でも、逃げないんですね』
「うん。……守りたいものが、できたから」
その言葉に、零丸はしばらく沈黙したあと、静かに機械の声で呟いた。
『僕も、皆を守りたいです。……たとえ、僕がどうなろうとも』
その言葉の奥に、どこか予感めいた響きを感じ取り、練はふと不安を覚えた。だが、その正体を確かめる間もなく、零丸は小さく身じろぎし、練の腕の中で羽を休め始めた。
迫りくる決戦の刻限。練は零丸を抱きしめながら、静かに夜が更けていくのを見つめ続けた。
(第十二話「峠の決戦」へ続く)




