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雑歌

雑歌(ぞうか)


『雑』とは、『さまざま』という意味である。


〘雑歌〙は、〘挽歌(ばんか)〙〘相聞歌(そうもんか)〙以外の歌である。

そのため、内容が幅広(はばひろ)く、多種多様(たしゅたよう)な歌が多い。



『神に(ささ)げる歌』

『天地の(めぐ)みに感謝する歌』

『國の彌榮(いやさか)言祝(ことほ)ぐ歌』

『天皇を(たた)える歌』

『自然を(いつく)しむ歌』

『旅の感動や孤独(こどく)を詠った歌』

『人生の無常(むじょう)を詠った歌』



〘雑歌〙は内容が様々なので、古代の実際の生活や社会がわかる。



山常庭(やまとには) 村山有等取與呂布むらやまあれどとりよろふ

 天乃香具山騰立あまのかぐやまのぼりたち

 國見乎為者國原波くにみをすればくにはらは

 煙立龍海原波けぶりたちたつうなはらは

 加萬目立多都怜■國かまめたちたつうましくに

 曽蜻嶋八間跡能國者そあきづしまやまとのくには


 舒明天皇(じょめいてんのう)


大和(やまと)には、多くの山がある。

しかし、その中でも一番美しく(そび)え立つ山は(あま)香具山(かぐやま)である。

その(いただき)(のぼ)って國を見渡すと、國中(くにじゅう)には炊煙(すいえん)が立ち、海上を(かもめ)が飛んでいる。

人々は食事の支度(したく)をし、鳥は自由に空を飛んでいる。

人も動物も、安心してこの國で生きている(あかし)である。

なんと美しい國であろうか。

秋津島(あきづしま)大和の國は。



金野乃(あきののの) 美草苅葺(みくさかりふき)

 屋杼礼里之(やどれりし) 兎道乃宮子能(うぢのみやこの) 借五百礒所念(かりいほしおもほゆ)


 額田王(ぬかたのおほきみ)


宇治(うじ)(かり)(みや)は、秋の野の草を()り取って屋根(やね)()いただけの質素(しっそ)宮殿(きゅうでん)であった。

けれど、とても(なつ)かしく思う。



熟田津尓(にきたつに) 船乗世武登(ふなのりせむと)

 月待者(つきまてば) 潮毛可奈比沼(しほもかなひぬ) 今者許藝乞菜(いまはこぎいでな)

    

 額田王(ぬかたのおほきみ)


熟田津(にきたつ)で、船に乗ろうと月を待っていた。

すると、波が(しず)まった。

さあ。

今こそ()ぎ出そう。



君之齒母(きみがよも) 吾代毛所知哉(わがよもしるや)

 磐代乃(いはしろの) 岡之草根乎(をかのくさねを) 去来結手名(いざむすびてな)

    

 中皇命(なかつすめらみこと)


あなたの()も、わたしの代も、どれほど続くのかを誰か知っているのでしょうか。

磐代(いわしろ)の草の根を結びつけ、わたしたちの代が末長く続くことを祈りましょう。


 

高山波(かぐやまは) 雲根火雄男志等(うねびををしと)

 耳梨與(みみなしと) 相諍競伎(あひあらそひき)

 神代従(かむよより) 如此尓有良之(かくにあるらし)

 古昔母(いにしへも) 然尓有許曽(しかにあれこそ) 

 虚蝉毛(うつせみも) 嬬乎(つまを) 相挌良思吉(あらそふらしき)


 天智天皇(てんちてんわう)


神代(かみよ)から、香具山(かぐやま)畝傍山(うねびやま)を愛していた。

耳成山(みみなしやま)もまた、畝傍山を愛していた。

(いにしえ)から香具山と耳成山は、畝傍山を妻にしようと争ってきた。

この山々と同じように、今の時代の人も愛する人を取り合って争うらしい。

人は(いく)ら年月を(かさ)ねようとも、変わることはない。



高山与(かぐやまと) 耳梨山与(みみなしやまと)

 相之時(あひしとき) 立見尓来之(たちてみにこし) 伊奈美國波良(いなみくにはら)


 天智天皇(てんちてんわう)


印南(いなみ)國原(くにはら)では、香具山と耳成山が争っているのを大神(おおかみ)が立って見に来られた。



渡津海乃(わたつみの) 豊旗雲尓(とよはたくもに)

 伊理比沙之(いりひさし) 今夜乃月夜(こよひのつくよ) 清明己曽(さやけくありこそ)

   

 天智天皇(てんちてんわう)


海神(わだつみ)宿(やど)る海の上にたなびく大きな雲に、夕日がさしている。

今宵(こよい)の月は、明るく美しい光を放つのであろう。

これは、神のお(みちび)きであろう。



味酒(うまさけ) 三輪乃山(みわのやま)

 青丹吉(あをによし) 奈良能山乃(ならのやまの)

 山際(やまのまに) 伊隠萬代(いかくるまで)

 道隈(みちのくま) 伊積流萬代尓(いつもるまでに)

 委曲毛(つばらにも) 見管行武雄(みつつゆかむを)

 數々毛(しばしばも) 見放武八萬雄(みさけむやまを)

 情無(こころなく) 雲乃(くもの) 隠障倍之也(かくさふべしや)

              

 額田王(ぬかたのおほきみ)


(とうと)氣高(けだか)三輪山(みわやま)

この美しい山が奈良(なら)の山々に隠されてしまうまで、道の曲がり角が幾重(いくえ)にも重なるまで、わたしはその姿を心に焼き付けて行きたい。

けれど、その山を雲は隠そうとする。

わたしは、魂に(きざ)みたいのに。



三吉野之(みよしのの) 耳我嶺尓(みみがのみねに)

 時無曽(ときなくぞ) 雪者落家留(ゆきはふりける)

 間無曽(まなくぞ) 雨者零計類(あめはふりける)

 其雪乃(そのゆきの) 時無如(ときなきがごと)

 其雨乃(そのあめの) 間無如(まなきがごと)

 隈毛不落(くまもおちず) 思乍叙来(おもひつつぞこし) 其山道乎(そのやまみちを)


 天武天皇(てんむてんわう)

           

吉野(よしの)耳我(みみが)の山には、時知らず雪が()る。

()()なく、雨が降る。

時知らず降る雪のように、絶え間なく降る雨のように、不安に()られながらも何度もこの山道の角を曲がった。



淑人乃(よきひとの) 良跡吉見而(よしとよくみて)

 好常言師(よしといひし) 芳野吉見与(よしのよくみよ) 良人四来三(よきひとよくみ)

    

 天武天皇(てんむてんわう)


かつて、()き人が()く見て、()い所であると言った吉野(よしの)()く見なさい。

()き人よ、この吉野をよく見なさい。



(いにしへの) 人尓和礼有哉(ひとにわれあれや)

 樂浪乃(ささなみの) 故京乎(ふるきみやこを) 見者悲寸(みればかなしき)

   

 高市古人(たけちのふるひと)


わたしは、遠い昔に生きていた人なのであろうか。

楽浪(ささなみ)()()てた(ふる)(みやこ)を見ると、もの(がな)しく感じる。



樂浪乃(ささなみの) 國都美神乃(くにつみかみの)

 浦佐備而(うらさびて) 荒有京(あれたるみやこ) 見者悲毛(みればかなしも)


 高市古人(たけちのふるひと)


楽浪(ささなみ)を守られている神のお力も、とうとう(おとろ)えてしまったのであろうか。

荒れ果てた都を目にするのは、とても悲しいことである。



八隅知之(やすみしし) 吾大王之(わがおほきみの)

 所聞食(きこしめす) 天下尓(あめのしたに)

 國者思毛(くにはしも) 澤二雖有(さはにあれども)

 山川之(やまかはの) 清河内跡(きよきかふちと)

 御心乎(みこころを) 吉野乃國之(よしののくにの)

 花散相(はなぢらふ) 秋津乃野邊尓(あきづののへに)

 宮柱(みやばしら) 太敷座波(ふとしきませば)

 百礒城乃(ももしきの) 大宮人者(おほみやひとは)

 船並弖(ふねなめて) 旦川渡(あさかはわたる)

 舟競(ふなぎほひ) 夕河渡(ゆふかはわたる)

 此川乃(このかはの) 絶事奈久(たゆることなく)

 此山乃(このやまの) 弥高思良珠(いやたかしらす)

 水激(みづはしる) 瀧之宮子波(たきのみやこは) 見礼跡不飽可聞(みれどあかぬかも)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


我が大君がお治めになる天の下には、多くの國がある。

山や川が清く美しい河内(かわち)である吉野の國は、大君の御心(みこころ)をお寄せになる國である。

大君は、花が散る秋津野(あきつの)野辺(のべ)に太く立派(りっぱ)宮柱(みやばしら)をお建てになった。

朝、大宮人(おおみやびと)たちは舟を並べて川を渡る。

夕、(きそ)うようにして川を渡る。

この川の水が絶えることなく、この山が高く聳え立つように、激しく水が流れる滝の宮はいつまで見ていても()きることはない。



雖見飽奴(みれどあかぬ) 吉野乃河之(よしののかはの)

 常滑乃(とこなめの) 絶事無久(たゆることなく) 復還見牟(またかへりみむ)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


見飽(みあ)きることのない吉野川(よしのがわ)

水底の岩に付いている(こけ)は、流れ続ける清流(せいりゅう)によって永遠に()え続ける。

わたしは、ここに何度も(もど)って来て(なが)めたい。



安見知之(やすみしし) 吾大王(わがおほきみ)

 神長柄(かむながら) 神佐備世須登(かむさびせすと)

 芳野川(よしのかは) 多藝津河内尓(たぎつかふちに)

 高殿乎(たかとのを) 高知座而(たかしりまして)

 上立(のぼりたち) 國見乎為勢婆(くにみをせせば)

 疊有(たたなはる) 青垣山(あをかきやま)

 々神乃(やまつみの) 奉御調等(まつるみつきと)

 春部者(はるへは) 花挿頭持(はなかざしもち)

 秋立者(あきたてば) 黄葉頭刺理(もみちかざせり)[一云(いつにいふ) 黄葉加射之(もみちばかざし)]

 逝副(ゆきそふ) 川之神母(かはのかみも)

 大御食尓(おほみけに) 仕奉等(つかへまつると)

 上瀬尓(かみつせに) 鵜川乎立(うかはをたち)

 下瀬尓(しもつせに) 小網刺渡(さでさしわたす)

 山川母(やまかはも) 依弖奉流(よりてつかふる) 神乃御代鴨(かみのみよかも)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


余すところなく天下を治めておられる我が大君は、神であるままに神らしくなさっている。

激しく水が流れる吉野川の河内(かわち)高殿(たかどの)を高く建てられてお登りになり、國見(くにみ)をなさると、幾重(いくえ)にも重なる青い垣根(かきね)のような山々の神が貢物(みつぎもの)(ささ)げる。

春は、花々が咲き(ほこ)る。

秋は、色づく黄葉(もみぢ)が照り輝く。

高殿の(そば)を流れる川の神も大君にお食事を捧げようと、上流では鵜飼(うかい)(もう)け、下流では(あみ)を渡している。

山も川も、このように大君に仕える、神の御代である。



真草苅(まくさかる) 荒野者雖有(あらのにはあれど)

 黄葉(もみちばの) 過去君之(すぎにしきみが) 形見跡曽来師(かたみとぞこし)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


ここは草を()るだけの荒野(あれの)ではあるけれど、わたしにとっては、とても大切な場所である。

黄葉(もみぢば)のように去って()ってしまったあなたとの思い出が残っている場所だから。



八隅知之(やすみしし) 和期大王(わごおほきみ)

 高照(たかてらす) 日之皇子(ひのみこ)

 麁妙乃(あらたへの) 藤井我原尓(ふぢゐがはらに)

 大御門(おほみかど) 始賜而(はじめたまひて)

 埴安乃(はにやすの) 堤上尓(つつみのうへに)

 在立之(ありたたし) 見之賜者(めしたまへば)

 日本乃(やまとの) 青香具山者(あをかぐやまは)

 日經乃(ひのたての) 大御門尓(おほみかどに)

 春山跡(はるやまと) 之美佐備立有(しみさびたてり)

 畝火乃(うねびの) 此美豆山者(このみづやまは)

 日緯能(ひのよこの) 大御門尓(おほみかどに)

 弥豆山跡(みづやまと) 山佐備伊座(やまさびいます)

 耳為之(みみなしの) 青菅山者(あをすがやまは)

 背友乃(そともの) 大御門尓(おほみかどに)

 宣名倍(よろしなへ) 神佐備立有(かむさびたてり)

 名細(なぐはし) 吉野乃山者(よしののやまは)

 影友乃(かげともの) 大御門従(おほみかどゆ)

 雲居尓曽(くもゐにぞ) 遠久有家留(とほくありける)

 高知也(たかしるや) 天之御蔭(あめのみかげ)

 天知也(あめしるや) 日之御影乃(ひのみかげの)

 水許曽婆(みづこそば) 常尓有米(とこしへにあらめ) 御井之清水(みゐのましみづ)


 よみ人しらず


隅々(すみずみ)まで天下を治めておられる我が大君、日の御子が、ここ藤井が原の地に大宮を(つく)られた。

埴安(はにやす)の池の(つつみ)の上にお立ちになって、ご(らん)になった。

ここ大和の國の青々とした香具山(かぐやま)は、東の御門の向かいに、春の山らしく木々を(しげ)らせている。

瑞々(みずみず)しい畝傍山(うねびやま)は、西の御門の向かいに、瑞山(みずやま)らしく立っている。

清々(すがすが)しい耳成山(みみなしやま)は、北の御門の向かいに、美しく神々しく聳え立っている。

()し』という名の吉野の山は、南の御門から雲の彼方(かなた)まで連なっている。

崇高(すうこう)な山々に守られたこの地で、高く広く聳え立つ大宮。

その宮で、水は永久に湧き続けるであろう。

御井(みい)の清らかな水よ。



去来子等(いざこども) 早日本邊(はやくやまとへ)

 大伴乃(おほともの) 御津乃濱松(みつのはままつ) 待戀奴良武(まちこひぬらむ)


 山上憶良(やまのうへのおくら)


さあ。

若者たちよ。

早く日本へ帰ろう。

難波(なにわ)御津(みつ)浜松(はままつ)が、あなた達の帰りを待っている。



葦邊行(あしへゆく) 鴨之羽我比尓(かものはがひに)

 霜零而(しもふりて) 寒暮夕(さむきゆふへは) 倭之所念(やまとしおもほゆ)


 志貴皇子(しきのみこ)


(あし)の生える水辺(みずべ)を歩く(かも)の羽に(しも)が降っている。

寒い夕暮れになると、大和を思い出す。



大伴乃(おほともの) 高師能濱乃(たかしのはまの)

 松之根乎(まつがねを) 枕宿杼(まくらきぬれど) 家之所偲由(いへししのはゆ)


 置始東人(おきそめのあづまひと)


大伴(おおとも)高師(たかし)にある松の根を(まくら)にして寝ていると、大和が恋しく思われる。

 


大夫之(ますらをの) 鞆乃音為奈利(とものおとすなり)

 物部乃(もののふの) 大臣(おほまへつきみ) 楯立良思母(たてたつらしも)


 元明天皇(げんめいてんのう)


武人(ぶじん)たちが、(いくさ)準備(じゅんび)をしている。

物部(もののべ)大臣(おおおみ)が、警護(けいご)のために(たて)を立てている。



吾大王(わがおほきみ) 物莫御念(ものなおもほし)

 須賣神乃(すめかみの) 嗣而賜流(つぎてたまへる) 吾莫勿久尓(われなけなくに)


 御名部皇女(みなべのひめみこ)


我が大君よ。

ご心配なさらないでください。

皇祖(こうそ)の神が大君に(たまわ)ったわたしがおります。

必ず、わたしが大君をお守りいたしましょう。



天皇乃(おほきみの) 御命畏美(みことかしこみ)

 柔備尓之(にきびにし) 家乎擇(いへをおき)

 隠國乃(こもりくの) 泊瀬乃川尓(はつせのかはに)

 舼浮而(ふねうけて) 吾行河乃(わがゆくかはの)

 川隈之(かはくまの) 八十阿不落(やそくまおちず)

 万段(よろづたび) 顧為乍(かへりみしつつ)

 玉桙乃(たまほこの) 道行晩(みちゆきくらし)

 青丹吉(あをによし) 楢乃京師乃(ならのみやこの)

 佐保川尓(さほかはに) 伊去至而(いゆきいたりて)

 我宿有(わがねたる) 衣乃上従(ころものうへゆ)

 朝月夜(あさづくよ) 清尓見者(さやかにみれば)

 栲乃穂尓(たへのほに) 夜之霜落(よるのしもふり)

 磐床等(いはとこと) 川之水凝(かはのみづこり)

 冷夜乎(さむきよを) 息言無久(やすむことなく)

 通乍(かよひつつ) 作家尓(つくれるいへに)

 千代二手(ちよまでに) 来座多公与(きませおほきみよ) 吾毛通武(われもかよはむ)


 よみ人しらず


我が大君からお言葉を(たまわ)り、()れ親しんだ我が家を後にし、初瀬川(はつせのかわ)に舟を浮かべました。

初瀬川には(いく)つもの曲がり角があり、その曲がり角を曲がるたびに振り返っては我が家の方を見ました。

舟を進めていく内に日が暮れ、奈良の都の佐保川(さほがわ)に至りました。

仮寝(かりね)のために羽織(はお)った布の上から、明け方の月夜を見ました。

真っ白な(しも)が降り、岩床(いわどこ)のように川の水が()り固まっていました。

そんな寒い夜でも、休むことなく通い続けて新しい宮を造りました。

いつまでもお住みになられますように。

大君よ。

わたしも、いつまでもお仕えいたします。



皇者(おほきみは)  神二四座者(かみにしませば)

天雲之(あまくもの) 雷之上尓( いかづちのうへに) 廬為流鴨(いほりせるかも)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


天皇(すめらみこと)は神であらせられるので、天雲(あまくも)(いかづち)の上の仮宮(かりみや)にいらっしゃる。


 

天降就(あもりつく) 神乃香山(かみのかぐやま)

 打靡(うちなびく) 春去来者(はるさりくれば)

 櫻花(さくらばな) 木暗茂(このくれしげに)

 松風丹(まつかぜに) 池浪飆(いけなみたち)

 邊都遍者(へつへには) 阿遅村動(あぢむらさわき)

 奥邊者(おきへには) 鴨妻喚(かもつまよばひ)

 百式乃(ももしきの) 大宮人乃(おほみやひとの)

 去出(まかりでて) 榜来舟者(こぎけるふねは)

 竿梶母(さをかぢも) 無而佐夫之毛(なくてさぶしも) 榜与雖思(こがむとおもへど)


 鴨足人(かものたりひと)


天から降ってきて鎮座(ちんざ)したという(あま)香具山(かぐやま)

草木がなびく春になると、木陰(こかげ)が暗くなるほど桜が咲き渡る。

松風を受けて池の波が立ち、岸辺ではあじ(かも)()れが(さわ)ぐ。

池の沖の方では、鴨が(つがい)を呼ぶ。

宮仕えの人々が御殿から去ってしまい、舟を()ごうにも(さお)(かい)もない。

心は重く、心は(はな)れない。

漕いで行こうと思っていたのに。


 

淡海乃海(あふみのうみ) 夕浪千鳥(ゆふなみちどり)

 汝鳴者(ながなけば) 情毛思努尓(こころもしのに) 古所念(いにしへおもほゆ)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


夕暮れ、近江(おうみ)の海で千鳥(ちどり)が鳴いている。

その声を聞くと、昔を思い出して胸が()()けるような思いがする。



見吉野之(みよしのの) 芳野乃宮者(よしののみやは)

 山可良志(やまからし) 貴有師(たふとくあらし)

 水可良思(かはからし) 清有師(さやけくあらし)

 天地与(あめつちと) 長久(ながくひさしく)

 萬代尓(よろづよに) 不改将有(かはらずあらむ) 行幸之宮(いでましのみや)


 大伴旅人(おほとものたびと)


吉野の宮は美しい。

山は貴く、川は清らかである。

天地と共に長く久しく、 万代(よろづよ)に変わることはないであろう。

大君が行幸(ぎょうこう)される吉野の宮よ。



天地之(あめつちの) 分時従(わかれしときゆ)

 神左備手(かむさびて) 高貴寸(たかくたふとき)

 駿河有(するがなる) 布士能高嶺乎(ふじのたかねを)

 天原(あまのはら) 振放見者(ふりさけみれば)

 度日之(わたるひの) 陰毛隠比(かげもかくらひ)

 照月乃(てるつきの) 光毛不見(ひかりもみえず)

 白雲母(しらくもも) 伊去波伐加利(いゆきはばかり)

 時自久曽(ときじくぞ) 雪者落家留(ゆきはふりける)

 語告(かたりつぎ) 言継将徃(いひつぎゆかむ) 不盡能高嶺者(ふじのたかねは)


 山部赤人(やまべのあかひと)


天地が分かれし時からずっと、神々しく高く貴い駿河(するが)富士(ふじ)高嶺(たかね)を天高く(あお)ぎ見ると、空を渡る太陽の光は隠れ、照る月の光も見えない。

白雲(しらくも)も進むことができず、時を忘れて雪が降り続いている。

これからも(かた)()いでいこう。

富士の高嶺のことを。



田兒之浦従(たごのうらゆ) 打出而見者(うちいでてみれば)

 真白衣(ましろにぞ) 不盡能高嶺尓(ふじのたかねに) 雪波零家留(ゆきはふりける)


 山部赤人(やまべのあかひと)


田子(たご)(うら)から眺める富士山(ふじさん)は、真っ白な雪に(おお)われている。

降り続ける雪は、(さら)に富士山を白く()めていくのであろう。


 

萱草(わすれくさ) 吾紐二付(わがひもにつく)

 香具山乃(かぐやまの) 故去之里乎(ふりにしさとを) 忘之為(わすれむがため)


 大伴旅人(おほとものたびと)


(わす)(ぐさ)を服の(ひも)に付けた。

こうすれば、香具山(かぐやま)のある、あの(なつ)かしい古里(ふるさと)を忘れることができる。



験無(しるしなき) 物乎不念者(ものをおもはずは)

 一坏乃(ひとつきの) 濁酒乎(にごれるさけを) 可飲有良師(のむべくあるらし)


 大伴旅人(おほとものたびと)


考え(まよ)っているよりも、一杯(いっぱい)のにごり酒を飲んだ方が「まし」である。



酒名乎(さけのなを) 聖跡負師(ひじりとおほせし)

 古昔(いにしへの) 大聖之(おほきひじりの) 言乃宜左(ことのよろしさ)


 大伴旅人(おほとものたびと)


酒の名を『(ひじり)』と名付けた古の聖人(せいじん)は、(まこと)素晴(すば)らしい。



古之(いにしへの) 七賢(ななのさかしき)

 人等毛(ひとたちも) 欲為物者(ほりせしものは) 酒西有良師(さけにしあるらし)


 大伴旅人(おほとものたびと)


古の中国の七賢人(しちけんじん)も、欲しかったものは酒だったようだ。



賢跡(さかしみと) 物言従者(ものいふよりは)

 酒飲而(さけのみて) 酔哭為師(ゑひなきするし) 益有良之(まさりたるらし)


 大伴旅人(おほとものたびと)


(かしこ)そうな顔をして理屈(りくつ)を並べるより、酒を飲んで酔って泣いた方がよほど「まし」である。



将言為便(いはむすべ) 将為便不知(せむすべしらず)

 (きはまりて) 貴物者(たふときものは) 酒西有良之(さけにしあるらし)


 大伴旅人(おほとものたびと)


何を言うべきか、何を()すべきか分からない時は、貴い酒に頼るしかあるまい。



中々尓(なかなかに) 人跡不有者(ひととあらずは)

 酒壷二(さかつぼに) 成而師鴨(なりにてしかも) 酒二染甞(さけにしみなむ)

    

 よみ人しらず


人間などやめて酒壺(さかつぼ)にでもなれば、いつでも酒を体に()()ませることができる。



今代尓之(このよにし) 樂有者(たのしくあらば)

 来生者(こむよには) 蟲尓鳥尓毛(むしにとりにも) 吾羽成奈武(われはなりなむ)』 

   

 大伴旅人(おほとものたびと)


この世が楽しいのであれば、次の世は虫や鳥に生まれ変わってもかまわない。



生者(いけるもの) 遂毛死(つひにもしぬる)

 物尓有者(ものにあれば) 今生在間者(このよなるまは) 樂乎有名(たのしくをあらな)


 大伴旅人(おほとものたびと)


生きている人は、必ず死ぬ。

この世に生きている間は、楽しく生きたい。



大汝(おほなむち) 小彦名乃(すくなひこなの)

 将座(いましけむ) 志都乃石室者(しつのいはやは) 幾代将經(いくよへにけむ)


 生石真人(おひしのまひと)


大國主命(おおくにぬしのみこと)少彦名命(すくなひこなのみこと)がお過ごしになられた志津(しつ)岩屋(いわや)は、どれほどの年月(としつき)()っているのであろう。



海若者(わたつみは) 靈寸物香(くすしきものか)

 淡路嶋(あはぢしま) 中尓立置而(なかにたておきて)

 白浪乎(しらなみを) 伊与尓廻之(いよにめぐらし)

 座待月(ゐまちづき) 開乃門従者(あかしのとゆは)

 暮去者(ゆふされば) 塩乎令満(しほをみたしめ)

 明去者(あけされば) 塩乎令于(しほをひしむ)

 塩左為能(しほさゐの) 浪乎恐美(なみをかしこみ)

 淡路嶋(あはぢしま) 礒隠居而(いそがくりゐて)

 何時鴨(いつしかも) 此夜乃将明跡(このよのあけむと)

 侍従尓(さもらふに) 寐乃不勝宿者(いのねかてねば)

 瀧上乃(たきのうへの) 淺野之雉(あさののきぎし)

 開去歳(あけぬとし) 立動良之(たちさわくらし)

 率兒等(いざこども) 安倍而榜出牟(あへてこぎでむ) 尓波母之頭氣師(にはもしづけし)


 若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ)


海神(わだつみ)は、靈妙(れいみょう)な力をもっているのであろうか。

淡路島(あわじしま)を海の中央(ちゅうおう)に置き、白波(しらなみ)四國(しこく)伊予(いよ)の國まで(めぐ)らせた。

明石海峡(あかしかいきょう)から、夕方には(しお)を満ちさせ、明け方には潮を引かせる。

この波の潮騒(しおさい)が恐ろしくて、淡路島の(いそ)(かげ)に身を(ひそ)め、いつになったら夜が明けるのかと待っていた。

寝るに寝られず待っていると、滝の上の浅野(あさの)(きじ)が、夜が明けたと騒ぎ出した。

さあ。

皆。

()ぎ出そう。

今は海上(かいじょう)も静かであるから。



余能奈可波(よのなかは) 牟奈之伎母乃等(むなしきものと)

 志流等伎子(しるときし) 伊与余麻須万須(いよよますます) 加奈之可利家理(かなしかりけり)


 よみ人しらず


世の中が(むな)しいものと知ると、益々(ますます)悲しくなってくる。



父母乎(ちちははを) 美礼婆多布斗斯(みればたふとし)

 妻子見礼婆(めこみれば) 米具斯宇都久志(めぐしうつくし)

 余能奈迦波(よのなかは) 加久叙許等和理(かくぞことわり)

 母智騰利乃(もちどりの) 可可良波志母与(かからはしもよ) 由久弊斯良祢婆(ゆくへしらねば)

 宇既具都遠(うけぐつを) 奴伎都流其等久(ぬきつるごとく)

 布美奴伎提(ふみぬきて) 由久智布比等波(ゆくちふひとは)

 伊波紀欲利(いはきより) 奈利提志比等迦(なりでしひとか)

 奈何名能良佐祢(ながなのらさね)

 阿米弊由迦婆(あめへゆかば) 奈何麻尓麻尓(ながまにまに)

 都智奈良婆(つちならば) 大王伊摩周(おほきみいます)

 許能提羅周(このてらす) 日月能斯多波(ひつきのしたは)

 雨麻久毛能(あまくもの) 牟迦夫周伎波美(むかぶすきはみ)

 多尓具久能(たにぐくの) 佐和多流伎波美(さわたるきはみ)

 企許斯遠周(きこしをす) 久尓能麻保良叙(くにのまほらぞ)

 可尓迦久尓(かにかくに) 保志伎麻尓麻尓(ほしきまにまに) 斯可尓波阿羅慈迦(しかにはあらじか)


 山上臣憶良やまのうへのおみおくら


父や母を(とうと)く思い、妻や子を(いと)しいと思う。

世の中の(ことわり)とは、このようなことを言う。

鳥が(わな)にかかって(のが)れられないように、本来であれば家族への(じょう)を心に残したまま、家族と離れるなど、身を切られるほど(つら)いことである。

()き古した履物(はきもの)()()てるように家族への情を()り切って旅立(たびだ)つなど、あなたは石や木から生まれた人なのか?

名を名乗(なの)ってみよ。

あなたが天へ行くのであれば、思うがままにすれば良い。

そして、もし地上にいるとしても、この地には大君がいらっしゃる。

地上を()らす太陽や月の下では、天雲(あまくも)が地の果てまで、ヒキガエルが()うような地の(きわ)みまで、隅々まで大君が()べる素晴らしい国である。

自分の(のぞ)みのままに、家族への情を置き去りにして生きて良いわけがあるまい。

本当に、そのように生きて良いものなのか。



宇利波米婆(うりはめば) 胡藤母意母保由(こどもおもほゆ)

 久利波米婆(くりはめば) 麻斯提斯農波由(ましてしのはゆ)

 伊豆久欲利(いづくより) 枳多利斯物能曽(きたりしものぞ)

 麻奈迦比尓(まなかひに) 母等奈可可利提(もとなかかりて) 夜周伊斯奈佐農(やすいしなさぬ)


 山上臣憶良やまのうへのおみおくら


(うり)を食べると、子どものことが思い出される。

栗を食べると、ますます子どものことが恋しくなる。

子どもというものは、一体どこからやって来てくれるのであろう。

いつも心にかかって、夜も(やす)らかに眠ることができない。

愛しい我が子よ。



銀母(しろかねも) 金母玉母(くがねもたまも)

 奈尓世武尓(なにせむに) 麻佐礼留多可良(まされるたから) 古尓斯迦米夜母(こにしかめやも)


 山上臣憶良やまのうへのおみおくら


どれほど素晴らしい(しろかね)であろうとも、どれほど(かが)やいている(くがね)であろうとも、どれほど(うつく)しい(ぎょく)であろうとも、愛おしい子どもに(まさ)るものはない。



世間能(よのなかの) 周弊奈伎物能波(すべなきものは)

 年月波(としつきは) 奈何流々其等斯(ながるるごとし)

 等利都々伎(とりつつき) 意比久留母能波(おひくるものは)

 毛々久佐尓(ももくさに) 勢米余利伎多流(せめよりきたる)

 遠等咩良何(をとめらが) 遠等咩佐備周等(をとめさびすと)

 可羅多麻乎(からたまを) 多母等尓麻可志(たもとにまかし)

 [或有此句云あるいはこのくありといふ 之路多倍乃(しろたへの) 袖布利可伴之(そでふりかはし)

 久礼奈為乃(くれなゐの)  阿可毛須蘇毗伎(あかもすそひき)]

 余知古良等(よちこらと) 手多豆佐波利提(てたづさはりて)

 阿蘇比家武(あそびけむ) 等伎能佐迦利乎(ときのさかりを)

 等々尾迦祢(とどみかね) 周具斯野利都礼(すぐしやりつれ)

 美奈乃和多(みなのわた) 迦具漏伎可美尓(かぐろきかみに)

 伊都乃麻可(いつのまか) 斯毛乃布利家武(しものふりけむ)

 久礼奈為能(くれなゐの)[一云(いつにいふ) 尓能保奈須(にのほなす)] 意母提乃宇倍尓(おもてのうへに)

 伊豆久由可(いづくゆか) 斯和何伎多利斯(しわがきたりし)

 [一云(いつにいふ) 都祢奈利之(つねなりし) 恵麻比麻欲伎(ゑまひまよびき) 散久伴奈能(さくはなの)

 宇都呂比尓家利(うつろひにけり) 余乃奈可伴(よのなかは) 可久乃未奈良之(かくのみならし)] 

 麻周羅遠乃(ますらをの) 遠刀古佐備周等(をとこさびすと)

 都流伎多智(つるぎたち) 許志尓刀利波枳(こしにとりはき)

 佐都由美乎(さつゆみを) 多尓伎利物知提(たにぎりもちて)

 阿迦胡麻尓(あかごまに) 志都久良宇知意伎(しつくらうちおき)

 波比能利提(はひのりて) 阿蘇比阿留伎斯(あそびあるきし)

 余乃奈迦野(よのなかや) 都祢尓阿利家留(つねにありける)

 遠等毗良何(をとめらが) 佐那周伊多斗乎(さなすいたとを)

 意斯比良伎(おしひらき) 伊多度利与利提(いたどりよりて)

 麻多麻提乃(またまでの) 多麻提佐斯迦閇(たまでさしかへ)

 佐祢斯欲能(さねしよの) 伊久陀母阿羅祢婆(いくだもあらねば)

 多都可豆慧(たつかづゑ) 許志尓多何祢提(こしにたがねて)

 可由既婆(かゆけば) 比等尓伊等波延(ひとにいとはえ)

 可久由既婆(かくゆけば) 比等尓邇久麻延(ひとににくまえ) 

 意余斯遠波(およしをは) 迦久能尾奈良志(かくのみならし)

 多麻枳波流(たまきはる) 伊能知遠志家騰(いのちをしけど) 世武周弊母奈新(せむすべもなし)


 山上憶良(やまのうへのおくら)


世の中で何ともならないものとは、年月と共に年を取ることである。

そして、それに(ともな)う苦しみである。

娘子(おとめ)が娘子らしく舶来物(はくらいもの)(ぎょく)を手首に巻き、〔あるいは真っ白な袖を振り交わし、真っ赤な裳裾(もすそ)をひきずって〕、同じ年ごろの子らと手を(たずさ)えて遊んでいても、娘盛(むすめざか)りを()めずに、ただただ時を過ごしてしまうと、黒かった髪の毛も、いつの間にか白髪(しらが)まじりになる。

薄紅色(うすべにいろ)であった顔には、いつの頃からか(しわ)(きざ)まれる。

変わりなかった眉引(まゆひ)きの笑顔も、まるで咲く花が散っていくようになる。

世の中とは、こういうものである。

若者が男らしく剣太刀(つるぎたち)を腰に()び、狩りの弓を手に(にぎ)り、倭文織(しつおり)の布を()いた馬の(くら)にまたがって遊び回った世の中も、いつまで続いたのであろう。

娘子たちが寝ている板戸(いたど)を押し開き、(さぐ)り寄せて手を交わし合い、共寝(ともね)した夜はそれほど長くない。

それなのに、いつのまにか(つえ)を握りしめて、腰に手をあてがい、こちらを歩けば人に(いと)われ、あちらを歩けば人に嫌われる。

老いるということは、こういうものらしい。

命は惜しいけれど、()(すべ)はない。



阿米都知能(あめつちの) 等母尓比佐斯久(ともにひさしく)

 伊比都夏等(いひつげと) 許能久斯美多麻(このくしみたま) 志可志家良斯母(しかしけらしも)

    

 山上憶良(やまのうへのおくら)


この靈石(れいせき)天地(あめつち)とともに永遠(えいえん)に語り継ぐために、ここに置かれた。



武都紀多知(むつきたち) 波流能吉多良婆(はるのきたらば)

 可久斯許曽(かくしこそ) 烏梅乎乎岐都々(うめををきつつ) 多努之岐乎倍米(たのしきをへめ)


 紀卿(きのまへつきみ)


正月になり、春がきた。

梅の花を()でながら、楽しい時を過ごそう。



烏梅能波奈(うめのはな) 伊麻佐家留期等(いまさけるごと)

 知利須義受(ちりすぎず) 和我覇能曽能尓(わがへのそのに) 阿利己世奴加毛(ありこせぬかも)


 小野老(をののおゆ)


美しく咲く梅の花。

このまま咲き続けて、()り過ぎないでほしい。

このまま、わたしの家の庭で咲いていてほしい。



波流佐礼婆(はるされば) 麻豆佐久耶登能(まづさくやどの)

 烏梅能波奈(うめのはな) 比等利美都々夜(ひとりみつつや) 波流比久良佐武(はるひくらさむ)


 山上憶良(やまのうへのおくら)


春になると、真っ先に咲く梅の花。

わたしは一人で梅の花を眺めながら、春の一日を過ごすのであろうか。



烏梅能波奈(うめのはな) 佐企弖知理奈波(さきてちりなば)

 佐久良婆那(さくらばな) 都伎弖佐久倍久(つぎてさくべく) 奈利尓弖阿良受也(なりにてあらずや)


 張氏福子(ちやうじのふくし)


もし梅の花が咲いて散ったとしても、次は桜の花が咲く。



萬世尓(よろづよに) 得之波岐布得母(としはきふとも)

 烏梅能波奈(うめのはな) 多由流己等奈久(たゆることなく) 佐吉和多留倍子(さきわたるべし)


 佐氏子首(さしのこおびと)


万代(よろづよ)に時は流れ過ぎ去ってしまうが、梅の花は()えることなく咲き渡るであろう。



代欲理(かむよより) 云傳久良久(いひつてくらく)

 虚見通(そらみつ) 倭國者(やまとのくには)

 皇神能(すめかみの) 伊都久志吉國(いつくしきくに)

 言靈能(ことだまの) 佐吉播布國等(さきはふくにと)

 加多利継(かたりつぎ) 伊比都賀比計理(いひつがひけり)

 今世能(いまのよの) 人母許等期等(ひともことごと)

 目前尓(めのまへに) 見在知在(みたりしりたり)

 人佐播尓(ひとさはに) 満弖播阿礼等母(みちてはあれども)

 高光(たかてらす) 日御朝庭(ひのみかど)

 神奈我良(かむながら) 愛能盛尓(めでのさかりに)

 天下(あめのした) 奏多麻比志(まをしたまひし)

 家子等(いへのこと) 撰多麻比天(えらひたまひて)

 勅旨(おほみこと)[反云(はんしていふ) 大命(おほみこと)] 戴持弖(いただきもちて)

 唐能(からくにの) 遠境尓(とほきさかひに)

 都加播佐礼(つかはされ) 麻加利伊麻勢(まかりいませ)

 宇奈原能(うなはらの) 邊尓母奥尓母(へにもおきにも)

 神豆麻利(かむづまり) 宇志播吉伊麻須(うしはきいます)

 諸能(もろもろの) 大御神等(おほみかみたち)

 船舳尓(ふなのへに)[反云(はんしていふ) 布奈能閇尓(ふなのへに)]  道引麻遠志(みちびきまをし)

 天地能(あめつちの) 大御神等(おほみかみたち)

 (やまとの) 大國靈(おほくにみたま)

 久堅能(ひさかたの) 阿麻能見虚喩(あまのみそらゆ)

 阿麻賀氣利(あまがけり) 見渡多麻比(みわたしたまひ)

 事畢(ことをはり) 還日者(かへらむひには)

 又更(またさらに) 大御神等(おほみかみたち)

 船舳尓(ふなのへに) 御手打掛弖(みてうちかけて)

 墨縄遠(すみなはを) 播倍多留期等久(はへたるごとく)

 阿遅遠志(あぢかをし) 智可能岫欲利(ちかのさきより)

 大伴(おほともの) 御津濱備尓(みつのはまびに)

 多太泊尓(ただはてに) 美船播将泊(みふねははてむ)

 都々美無久(つつみなく) 佐伎久伊麻志弖(さきくいまして) 速歸坐勢(はやかへりませ)


 山上憶良(やまのうへのおくら)


神代(かみよ)から言い伝えられてきた。

大和の國は、皇祖(こうそ)の神の(おごそ)かな國である。

言靈(ことだま)(さいわい)をもたらす國と語り継ぎ、言い継がれて来た國である。

今の世の人々も(ことごと)()の当たりにし、見て知っている。

人は多く満ちてはいるけれど、高照(たかて)らす日の朝廷(ちょうてい)に神として天下をお治めになっておられる天皇が(いつく)しまれ、お選びになった家の者として大御言(おおみこと)を発せられたあなたは、その勅命(ちょくめい)により大唐(もろこし)の遠い(さかい)(つか)わされる。

ご出発の際には、岸や沖に(とど)まり海原(うなばら)を支配なされている諸々(もろもろ)の神々が舳先(へさき)に立ってお(みちび)きになる。

天地の神々、大和の大神は天空を()(めぐ)って大海原(おおうなばら)をお見渡しになる。

使命(しめい)を終えてお帰りになる日は、神々が再び船の舳先に御手をお掛け船をお引きになり、墨縄(すみなわ)で引いた線のように値嘉(ちか)(みさき)から大伴の御津(みつ)の浜辺まで真っ直ぐに船は到着されるでしょう。

(とどこお)りなく、ご無事で。

一刻(いっこく)も早くお帰りください。



若浦尓(わかのうらに) 塩満来者(しほみちくれば)

 滷乎無美(かたをなみ) 葦邊乎指天(あしへをさして) 多頭鳴渡(たづなきわたる)


 山部赤人(やまべのあかひと)


若の浦に(しお)()ちると、干潟(ひがた)が水で(おお)われる。

葦の生えている岸辺(きしべ)を目指して、(つる)が鳴きながら渡る。



嶋隠(しまがくり) 吾榜来者(わがこぎくれば)

 乏毳(ともしかも) 倭邊上(やまとへのぼる) 真熊野之船(まくまののふね)


 山部赤人(やまべのあかひと)


(いく)つもの小島(こじま)()けて舟を()いでいると、大和へ向かう船が見えた。

なんと(うらや)ましいことよ。



八隅知之(やすみしし) 吾大王乃(わがおほきみの)

 御食國者(をすくには) 日本毛此間毛(やまともここも) 同登曽念(おやじとぞおもふ)


 大伴旅人(おほとものたびと)


わが大君が治められる國は、大和もここも同じと思う。



大汝(おほなむち) 小彦名能(すくなひこなの)

 神社者(かみこそば) 名著始鷄目(なづけそめけめ)

 名耳乎(なのみを) 名兒山跡負而(なごやまとおひて)

 吾戀之(あがこひの) 干重之一重裳(ちへのひとへも) 奈具佐米七國(なぐさめなくに)


 大伴坂上郎女おほとものさかのうへのいらつめ


大國主命(おおくにぬしのみこと)少彦名命(すくなひこなのみこと)は、この山を名児山(なごやま)と名付けた。

「心が(なご)む」という意味であるのに、わたしの心は千重(ちえ)一重(ひとえ)も和むことはない。



橘者(たちばなは) 實左倍花左倍(みさへはなさへ)

 其葉左倍(そのはさへ) 枝尓霜雖降(えにしもふれど) 益常葉之樹(いやとこはのき)


 聖武天皇(しやうむてんわう)


(たちばな)は、実も花も葉も、枝に雪が降り積もっても、()れることのない常世(とこよ)の木である。



奥山之(おくやまの) 真木葉凌(まきのはしのぎ)

 零雪乃(ふるゆきの) 零者雖益(ふりはますとも) 地尓落目八方(つちにおちめやも)


 橘奈良麻呂(たちばなのならまろ)


奥山(おくやま)真木(まき)の葉がしなるほどの雪が降っても、橘の実は地に落ちることはない。



御食國(みけつくに) 志麻乃海部有之(しまのあまならし)

 真熊野之(まくまのの) 小船尓乗而(をぶねにのりて) 奥部榜所見(おきへこぐみゆ)


 大伴家持(おほとものやかもち)


天皇(すめらみこと)にお食事を献上(けんじょう)する志摩(しま)海人(あま)であろうか。

(おき)に向かって、熊野(くまの)小舟(こぶね)()いでいる。



靈剋(たまきはる) 壽者不知(いのちはしらず)

 松之枝(まつがえを) 結情者(むすぶこころは) 長等曽念(ながくとぞおもふ)

    

 大伴家持(おほとものやかもち)


命の長さは分からない。

命が続いてほしいと願って、わたしは松の枝を結ぶ。



三諸就(みもろつく) 三輪山見者(みわやまみれば)

 隠口乃(こもりくの) 始瀬之桧原(はつせのひはら) 所念鴨(おもほゆるかも)


 よみ人しらず


神々がいらっしゃるという三輪山(みわやま)を眺めていると、その奥にある初瀬(はつせ)檜原(ひばら)を思い出す。



昔者之(いにしへの) 事波不知乎(ことはしらぬを)

 我見而毛(われみても) 久成奴(ひさしくなりぬ) 天之香具山(あめのかぐやま)


 よみ人しらず


古のことは知らない。

ただ、長い間眺めていても、香具山(かぐやま)は何も変わらない。



佐桧乃熊(さひのくま) 桧隅川之(ひのくまがはの)

 瀬乎早(せをはやみ) 君之手取者(きみがてとらば) 将縁言毳(ことよせむかも)


 よみ人しらず


檜隈(ひのくま)、そこを流れる檜隈川(ひのくまがわ)の流れが早いので、思わずあなたの手を取ってしまったら、きっと(うわさ)がたってしまうのでしょうね。



古毛(いにしへも) 如此聞乍哉(かくききつつか)

 偲兼(しのひけむ) 此古河之(このふるがはの) 清瀬之音矣(きよきせのとを)


 よみ人しらず


古の人々も、同じように聞いたのであろうか。

布留川(ふるがわ)から聞こえてくる(きよ)らかな音を。



古尓(いにしへに) 有險人母(ありけむひとも)

 如吾等架(わがごとか) 弥和乃桧原尓(みわのひはらに) 挿頭折兼(かざしをりけむ)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


古の人々も、同じように(いの)りを(ささ)げたのであろうか。

三輪(みわ)檜原(ひばら)で、(ひのき)小枝(こえだ)を髪に()して。



斐太人之(ひだひとの) 真木流云(まきながすといふ)

 尓布乃河(にふのかは) 事者雖通(ことはかよへど) 船會不通(ふねぞかよはぬ)


 よみ人しらず


飛騨(ひだ)の人は、()った木を丹生(にう)の川に流すと言われている。

この川で言葉を()わすことはできるが、舟は通ることができない。



足病之(あしひきの) 山海石榴開(やまつばきさく)

 八峯越(やつをこえ) 鹿待君之(ししまつきみが) 伊波比嬬可聞(いはひつまかも)


 よみ人しらず


山椿(やまつばき)が咲く季節(きせつ)、山の峰々(みねみね)を越えて鹿を待つあなた。

わたしはただ、あなたのご無事を身を清めて祈って待つだけです。



暁跡(あかときと) 夜烏雖鳴(よがらすなけど)

 此山上之(このをかの) 木末之於者(こぬれのうへは) 未静之(いまだしづけし)


 よみ人知らず


夜烏(よがらす)は夜明けを告げるが、木々の(こずえ)はまだ寝静(ねしず)まっている。



春野尓(はるののに) 須美礼採尓等(すみれつみにと)

 来師吾曽(こしわれぞ) 野乎奈都可之美(のをなつかしみ) 一夜宿二来(ひとよねにける)


 山部赤人(やまべのあかひと)


春の野に咲く(すみれ)()みに行ったけれど、懐かしく感じて一夜(いちや)を過ごしてしまった。



宇乃花能(うのはなの) 過者惜香(すぎばをしみか)

 霍公鳥(ほととぎす) 雨間毛不置(あままもおかず) 従此間喧渡(こゆなきわたる)


 大伴家持(おほとものやかもち)


散ってしまった()の花を恋しく思っているのか、雨が降る中で時鳥(ほととぎす)が鳴いている。



味酒(うまさけ) 三輪乃祝之(みわのはふりの)

 山照(やまてらす) 秋乃黄葉乃(あきのもみちの) 散莫惜毛(ちらまくをしも)

    

 長屋王(ながやのおほきみ)


神々(こうごう)しい三輪山(みわやま)()らす黄葉(もみぢば)が散ってしまうのは惜しいものだ。



芽之花(はぎのはな) 乎花葛花(をばなくずはな) 瞿麦之花(なでしこのはな)

 姫部志(をみなへし) 又藤袴(またふぢはかま) 朝皃之花 (あさがほのはな)


 山上憶良(やまのうへのおくら)


(はぎ)の花、尾花(おばな)葛花(くずはな)撫子(なでしこ)の花、女郎花(おみなえし)、また藤袴(ふじばかま)朝顔(あさがお)の花。



秋付者(あきづけば) 尾花我上尓(をばながうへに)

 置露乃(おくつゆの) 應消毛吾者(けぬべくもわは) 所念香聞(おもほゆるかも)


 日置長枝娘子(へきのながえのをとめ)


秋になると尾花(おばな)の上に置く(つゆ)のように、わたしも消えてしまうように思われてなりません。



吾去者(わがゆきは) 七日者不過(なぬかはすぎじ)

 龍田彦(たつたひこ) 勤此花乎(ゆめこのはなを) 風尓莫落(かぜになちらし)


 高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ)


わたしたちの旅は、七日は過ぎない。

龍田彦(たつたひこ)よ。

どうか、桜の花を風で散らさないでくれ。

早く帰ってくるから。



嶋山乎(しまやまを) 射徃廻流(いゆきめぐれる)

 河副乃(かはそひの) 丘邊道従(をかへのみちゆ)

 昨日己曽(きのふこそ) 吾超来壮鹿(わがこえこしか)

 一夜耳(ひとよのみ) 宿有之柄二(ねたりしからに)

 峯上之(をのうへの) 櫻花者(さくらのはなは)

 瀧之瀬従(たきのせゆ) 落堕而流(ちらひてながる)

 君之将見(きみがみむ) 其日左右庭(そのひまでには)

 山下之(やまおろしの) 風莫吹登(かぜなふきそと)

 打越而(うちこえて) 名二負有社尓(なにおへるもりに) 風祭為奈(かざまつりせな)


 高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ)


島山(しまやま)を行き(めぐ)って流れる川沿いの岡辺(おかべ)の道を、昨日わたしは越えてきた。

ただ一夜だけ泊まった峰で桜を見た。

桜の花は舞い落ち、流れの早い滝の瀬を流れる。

我が君がご覧になるであろう、その日まで。

どうか山おろしの風よ吹いてくれるな。

そう願って、足早(あしばや)に有名な神社へ向かい、風の神にお祈りした。



物皆者(ものみなは) 新吉(あらたしきよし)

 (ただしくも) 人者舊之(ひとはふりにし) 應宜宜(よろしかるべし)


 よみ人ひらず


物は、全て新しいものが良い。

人は、古い方が良い。



天原(あまのはら) 徃射跡(ゆきていてむと)

 白檀(しらまゆみ) 挽而隠在( ひきてこもれる) 月人壮子(つきひとをとこ)

   

 よみ人しらず


(あま)の原で白木(しらき)の弓をつがえながら、月の人が隠れて獲物(えもの)(ねら)っている。



大坂乎(おほさかを) 吾越来者(わがこえくれば)

 二上尓(ふたかみに) 黄葉流(もみちばながる) 志具礼零乍(しぐれふりつつ)


 よみ人しらず


時雨(しぐれ)が降り続ける中、大阪を()えると二上山(ふたかみやま)に流れる川が黄葉(もみぢ)色に染まっていた。



高松之(たかまつの) 此峯迫尓(このみねもせに)

 笠立而(かさたてて) 盈盛有(みちさかりたる) 秋香乃吉者(あきのかのよさ)


よみ人しらず


高松(たかまつ)(みね)(せま)く感じるほど、多くの松茸(まつたけ)(かさ)を立てている。

秋の(かぐわ)しい香りが満ちている。



葦原笶(あしはらの) 水穂之國丹(みづほのくにに)

 手向為跡(たむけすと) 天降座兼(あもりましけむ)

 五百万(いほよろづ) 千万神之(ちよろづかみの)

 神代従(かむよより) 云續来在(いひつぎきたる)

 甘南備乃(かむなびの) 三諸山者(みもろのやまは)

 春去者(はるされば) 春霞立(はるかすみたつ)

 秋徃者(あきゆけば) 紅丹穂經(くれなゐにほふ)

 甘甞備乃(かむなびの) 三諸乃神之(みもろのかみの)

 帶為(おばせる) 明日香之河之(あすかのかはの)

 水尾速(みをはやみ) 生多米難(むしためかたき)

 石枕(いしまくら) 蘿生左右二(こけむすまでに)

 新夜乃(あらたよの) 好去通牟(さきくかよはむ)

 事計(ことはかり) 夢尓令見社(いめにみせこそ)

 劔刀(つるぎたち) 齊祭(いはひまつれる) 神二師座者(かみにしませば)


 よみ人しらず


葦原の瑞穂の國を治められるために、五百万(いおろず)千万(ちよろず)の神々が天より()りていらした。

その神代(かみよ)の時代から、三諸(みもろ)の山は数多(あまた)の神が鎮座(ちんざ)されていると語り継がれている。

三諸の山は、春になると(かすみ)が立ち、秋になると紅色(くれないいろ)に染まる。

その三諸の山におわす神が帯にしておられる明日香川(あすかがわ)

明日香川は流れが早いため、岩に(こけ)が生えにくい。

この石の(まくら)(こけ)むすまで、毎夜(まいよ)お迎えいたします。

どうか、夢にお示しください。

どのようにすれば、(かよ)い続けることができるのかを。

われらの神よ。



伎波都久乃(きはつくの) 乎加能久君美良(をかのくくみら)

 和礼都賣杼(われつめど) 故尓毛美多奈布(こにもみたなふ) 西奈等都麻佐祢(せなとつまさね)


 よみ人しらず


伎波都久(きはつく)の岡の茎韮(くくみら)を摘んでいるけれど、(かご)(まった)く満たされない」

「では、あなたはあの人と一緒に摘みなさい」



伊可尓安流(いかにある) 布勢能宇良曽毛(ふせのうらぞも)

 許己太久尓(ここだくに) 吉民我弥世武等(きみがみせむと) 和礼乎等登牟流(われをとどむる)


 田辺福麻呂(たなべのさきまろ)


あなたがわたしを引き留めてまで見せたいという布勢(ふせ)の浦とは、どれほど美しい所なのでしょうか。



白玉乎(しらたまを) 都々美氐夜良婆(つつみてやらば)

 安夜女具佐(あやめぐさ) 波奈多知婆奈尓(はなたちばなに) 安倍母奴久我祢(あへもぬくがね)


 大伴家持(おほとものやかもち)


真珠(しんじゅ)を包んで贈れば、菖蒲草(あやめ)や橘と共に(ひも)に通してくれるであろうか。



礒上之(いそのうへの) 都萬麻乎見者(つままをみれば)

 根乎延而(ねをはへて) 年深有之(としふかからし) 神尒備尓家里(かむさびにけり)


 大伴家持(おほとものやかもち)


(いそ)の上の都萬麻(つまま)を見ると、深く根を張って強く生きていた。

長い年月を重ねているのであろう。

なんと神々しいことであろうか。



大夫者(ますらをは) 名乎之立倍之(なをしたつべし)

 後代尓(のちのよに) 聞継人毛(ききつぐひとも) 可多里都具我祢(かたりつぐがね)


 大伴家持(おほとものやかもち)


名を立てよう。

後の世の人々に語り継いでもらえるように。




〘雑歌〙は、さまざまな【世界】との【結びつき】を詠った歌である。


『神』との【結びつき】

『天地』との【結びつき】

『國』との【結びつき】

『天皇』との【結びつき】

『自然』との【結びつき】

『旅』との【結びつき】

『人』との【結びつき】


(たま)】がそれぞれの【世界】と【結ぶ】ことにより、【心】が生まれる。


【魂】が『神』と【結ぶ】ことにより、畏敬(いけい)の【心】が生まれる。

【魂】が『天地』と【結ぶ】ことにより、感謝の【心】が生まれる。

【魂】が『國』と【結ぶ】ことにより、忠誠(ちゅうせい)の【心】が生まれる。

【魂】が『天皇』と【結ぶ】ことにより、敬愛(けいあい)の【心】が生まれる。

【魂】が『自然』と【結ぶ】ことにより、慈愛(じあい)の【心】が生まれる。

【魂】が『旅』と【結ぶ】ことにより、郷愁(きょうしゅう)の【心】が生まれる。

【魂】が『人』と【結ぶ】ことにより、親愛(しんあい)の【心】が生まれる。


【魂】から生まれた【心】を(ひび)かせる〘雑歌〙は、【魂】と【世界】を【結び】、【心】と【世界】を【(つな)ぐ】ための歌である。



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〖万葉集〗の歌は、【大和言葉(やまとことば)】と【万葉仮名(まんようがな)】で表現(ひょうげん)されている。


大陸(たいりく)より漢字が伝来(でんらい)するまで、古代日本には【文字(もじ)】が無かった。


しかし、『話し言葉』である【大和言葉】は存在していた。


【大和言葉】は、【和語(わご)】とも呼ばれる。



【大和言葉】は、【音】が【言葉】になったものである。



古代日本は、【音】で()ちあふれた【(くに)】であった。



神楽舞(かぐらまい)では、巫女(みこ)が鈴を鳴らす。

拝礼時(はいれいじ)には、柏手(かしわで)を打つ。

旅立(たびだ)ちの際には、切火(きりび)を切る。



これらは、【音】によって邪氣(じゃき)()(はら)うためである。



【音】によって【人】は【神】に【力】をお借りし、【人】を救ってきた。



古代日本人にとって【音】とは、【神】と【人】、【自然】と【人】、【人】と【人】とを【繋ぐ】ためのものであった。



古代日本人は、【音】には【意味】があると考えていた。



『あ行』から『わ行』の五十音(『わ行』の『()』と『()』は『あ行』の『い』と『え』に吸収(きゅうしゅう)されたので、正確(せいかく)には四十八音)には、それぞれ【意味】があると言われている。


例えば、『あ』には『はじまり』という【意味】が、『ん』には『まとまり』という【意味】がある。


『漢語』にも【意味】はあるが、【音】から()る【大和言葉】とは【意味】が(こと)なる。


『漢語』は【漢字】に【意味】があり、『大和言葉』は【音】に【意味】がある。


例えば、『漢語』の【生命(せいめい)】は「生物(せいぶつ)として生きる」という意味であるが、『大和言葉』の【いのち】は【い】【の】【ち】それぞれに【意味】がある。

【い】は、「(いき)」「()きる」「()きる」「()」など。

【の】は、「内に宿(やど)す」「結ぶ」「繋ぐ」など。

【ち】は、「()」「()」など。


【生命】は物質的(ぶっしつてき)な【意味】であるが、【いのち】は精神的(せいしんてき)な【意味】が(ふく)まれる。


また、音読(おんよ)みをする『漢語』は(かた)抽象的(ちゅうしょうてき)な【音】であるが、訓読(くんよ)みをする『大和言葉』は(やわ)らかく(やさ)しい【音】である。


【音】の(かさ)なり、【音】の(なみ)、【音】の(つら)なり、【音】の()り返し、【音】の反復(はんぷく)、【音】の一様(いちよう)、【音】の抑揚(よくよう)、【音】の韻律(いんりつ)、【音】の均整(きんせい)、【音】の共鳴(きょうめい)、【音】の拍子(ひょうし)、【音】の保持(ほじ)、そして、正しい【音】と美しい【音】。



『大和言葉』の【音】は心地(ここち)良く、【心】と【体】のみならず【世界】にも影響(えいきょう)を与える。


『大和言葉』の【音】の自然な【響き】は人々の【心】を動かし、【体】を(ととの)え、【世界】に調和(ちょうわ)をもたらす。



【音】は、【神】と【人】、【自然】と【人】、【人】と【人】とを【繋げる(ひび)き】である。


ゆえに古代日本人は、【音】に【靈力(れいりょく)】が宿ると考えた。


これを【音靈(おとだま)】という。


【音】は、【音】のことである。

(たま)】は、【靈力】のことである。


そして、【音靈】の宿った【言葉】を【言靈(ことだま)】という。


【言】は、【(こと)】【(こと)】のことである。

【靈】は、【靈力】のことである。


古代日本では、文化や知識(ちしき)伝統(でんとう)口述(こうじゅつ)口伝(くちづた)えで受け()がれた。


古代日本人は、【音】を【言葉】にして【人】に伝えた。


神事(しんじ)(さい)祝詞(のりと)奏上(そうじょう)することにより【神】に感謝(かんしゃ)申し上げ、祈念(きねん)し、願いごとをお伝えした。


古代日本人は、【音】を【言葉】にして【神】と繋がった。



古代日本人にとって【言葉】とは、目に見えない【魂】や【心】を残し、運び、伝え、届け、結び、繋ぐためのものであった。


古代日本人にとって【言葉】とは、目に見えない【魂】や【心】を外に(あらわ)すためのものであった。



【言葉】として(はっ)せられる【音】に【靈力】が宿っているため、【言葉】そのものにも【靈力】が宿ると考えられた。


そして発した【言葉】は、【現実】に影響を与えると信じられていた。



【良い言葉】を発すれば、【良い事】が起こる。


【悪い言葉】を発すれば、【悪い事】が起こる。



『やりたい』と思ったら、『やりたい』と言う。


『変わりたい』と思ったら、『変わりたい』と言う。


『変えたい』と思ったら、『変えたい』と言う。


『できる』と思ったら、『できる』と言う。


(つく)りたい』と思ったら、『創りたい』と言う。


(きわ)めたい』と思ったら、『極めたい』と言う。


『実現したい』と思ったら、『実現したい』と言う。


『叶えたい』と思ったら、『叶えたい』と言う。


『切り開きたい』と思ったら、『切り開きたい』と言う。




【大和言葉】は、【音靈】である。


【大和言葉】は、【言靈】である。



【大和言葉】は、話すための【言葉】である。


そして、【漢字】を借りて【大和言葉】を『書き言葉』にしたものが、【万葉仮名】である。


つまり、【大和言葉】という『話し言葉』を【文字】として表現したものが【万葉仮名】である。



【万葉仮名】は、全て【漢字】である。



先ほど伝えたとおり、【漢字】は【漢字】自体に【意味】を持つ。


(からだ)

「骨」と「豊」という【漢字】の組み合わせで、「魂の(うつわ)」としての肉体が健康であるという意味。


(れい)

「雨」と「巫(巫女(みこ))」という【漢字】の組み合わせで、雨のように(てん)から降る神聖(しんせい)な【力】という意味。


(がく)

(うす)両手(りょうて))」と「爻((まじ)わる)」「冖(建物(たてもの))」「子(子ども)」という【漢字】の組み合わせで、建物の中でお互いに学び合うという意味。



【万葉仮名】は【漢字】で表されているが、【万葉仮名】には【漢字】の【音】を借りた【音仮名(おんがな)】と【漢字】の【意味】を借りた【訓仮名(くんがな)】がある。


【万葉仮名】は【音仮名】と【訓仮名】の組み合わせであり、厳密(げんみつ)な決まりも無かったため、同じ【音】に複数の【文字】が存在することになった。


『さくら』

【音仮名】では、「佐久良」「作楽」「作具良」

【訓仮名】では、「櫻」


『やまと』

【音仮名】では、「夜麻登」「山跡」「山門」

【訓仮名】では、「大和」「倭」


『はな』

【音仮名】では、「波奈」「波那」

【訓仮名】では、「花」


「佐久良」「夜麻登」「波奈」と(しる)されていれば、その【音の響き】に注目(ちゅうもく)する。

「櫻」「大和」「花」と記されていれば、その【意味】を理解(りかい)する。


また【万葉仮名】は、【平仮名(ひらがな)】や【片仮名(かたかな)】の(もと)となるものでもある。


【万葉仮名】の形が(くず)れて、【平仮名】や【片仮名】が生まれた。


【万葉仮名】の「安」は、【平仮名】の「あ」

【万葉仮名】の「阿」は、【片仮名】の「ア」



【大和言葉】に【漢字】が当てられて【万葉仮名】が生まれ、【平仮名】や【片仮名】が派生(はせい)した。


【平仮名】と【片仮名】は、【万葉仮名】の【音】を受け継いでいる。



日本の【音】は(ゆた)かで美しく、日本の【言葉】は唯一無二(ゆいいつむに)のものである。



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『【(こと)】は、【(こと)】を動かす』



と、言われている。



古代日本人は、【心】を【言葉】にすれば【現実】が変わると考えていた。


古代日本人は、発した【言葉】は【現実】になると信じていた。


古代日本人は、【言葉】を発して【現実】を変えようとした。



(あたらしき) 年乃始乃(としのはじめの)

 波都波流能(はつはるの) 家布敷流由伎能(けふふるゆきの) 伊夜之家餘其騰(いやしけよごと)


 大伴家持(おほとものやかもち)


新しい年のはじめの初春(はつはる)の今日。

降り積もる雪のように、()き事も重なってほしい。



【言葉】に【魂】が宿っているからこそ、【言葉】は【靈力】を持つ。



生命(せいめい)(みなもと)である【魂】により、【心】が生まれる。


【魂】によって生まれた【心】が、【音】となって現れる。


【心】の宿った【音】は、【音靈】となる。


【音靈】を【言葉】という形にする。


【音靈】の宿った【言葉】は、【言靈】となる。


【言靈】が、【事】を動かす。



【言葉】に【魂】が宿っているからこそ、外に放たれた【言葉】は【心】に響く。


【言葉】に【魂】が宿っているからこそ、外に放たれた【言葉】は【行動】に影響を及ぼす。



【魂】の宿った【言葉】は、外に放たれた後も多くのものから様々な『(めぐみ)』をいただき、育ち、更に大きな【靈力】を持つ。



【魂】は、『根』

【心】は、『種』

【音】は、『()

【音靈】は、『枝』

【言葉】は、『葉』

【言靈】は、『花』

(こと)】は、『実』



【言葉】は『言の葉』であり、【言靈】は『言の花』である。


『言の花』は花開いた後も多くのものから様々な『惠』をいただき、育つと、大輪(たいりん)の『花』を咲かせ、『実』を【結ぶ】。 



『根』が(くさ)れば、『種』は()まれない。

『根』が腐れば、『芽』は()えない。

『根』が腐れば、『枝』は伸びない。

『根』が腐れば、『葉』は広がらない。

『根』が腐れば、『花』は咲かない。

『根』が腐れば、『実』は()らない



『根』である【魂】が腐れば【言葉】は(しお)れ、やがて()れる。



【魂】の宿った【言葉】は、人の【心】を変える。

【魂】の宿った【言葉】は、人の【行動】を変える。

【魂】の宿った【言葉】が、人と世界の【流れ】を変える。



強い【魂】から発せられた【言葉】は、強い【靈力】を持つ。

【魂】が弱まれば、【言葉】の【靈力】も弱まる。



美しい【魂】から発せられた【言葉】には、美しい【靈力】が宿る。

(けが)れた【魂】から発せられた【言葉】には、穢れた【靈力】が宿る。


【魂】は『生きる力』であり、【心】は『魂の声』であり、【音】は『心の伊吹(いぶき)』であり、【言葉】は『心の響き』である。


(きよ)い魂から生まれた言葉】【正しい魂から生まれた言葉】【美しい魂から生まれた言葉】を(とな)えれば、人の【心】に【(さいわ)いの花】を咲かせることができる。



「いとおしい」


「うつくしい」


「うるわしい」


「うれしい」


「すこやかに」


「たのしい」


「ほがらかに」


「おめでとう」


「ありがとう」



【言葉】によって、【心】は動く。


【心】が動けば、【行動】する。


【行動】すれば、【人】と【世界】は()さぶられる。



【人】は、【一靈(いちれい)】と【四魂(しこん)】から成り立っていると言われている。


【一靈】とは、【直靈(なおひ)】のことである。

【直靈】とは、【神】と【結ばれた魂】の源である。


【四魂】とは【奇魂(くしみたま)】【荒魂(あらみたま)】【和魂(にぎみたま)】【幸魂(さきみたま)】のことである。

【奇魂】とは、不思議(ふしぎ)な力をもたらす【魂】のこと。

【荒魂】とは、新しいものをもたらす【魂】のこと。

【和魂】とは、調和をもたらす【魂】のこと。

【幸魂】とは、幸せをもたらす【魂】のこと。


これらを【一靈四魂(いちれいしこん)】という。


【神】との【結び】である【直靈】が形として現れた【奇魂】【荒魂】【和魂】【幸魂】は、言向(ことむ)(やわ)す。



【魂】から生まれた【言葉】で、【今】と【未来】は変わる。

【魂】から生まれた【言葉】は、【今】と【未来】を変える。

【魂】から生まれた【言葉】が、【今】と【未来】を変える。



志貴嶋(しきしまの) 倭國者(やまとのくには)

 事靈之(ことだまの) 所佐國叙(さきはふくにぞ) 真福在与具(まさきくありこそ)


柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


大和の國は、【言靈】が幸せをもたらす國です。

どうか末永(すえなが)く平和でありますように。




〖万葉集〗以後も、【言靈】は存在すると信じられていた。




古今和歌集(こきんわかしゅう)〗 


『やまとうたは 人の心を種として 万の言の葉とぞなれりける』


大和の歌は人の心を種として生まれ、数多(あまた)の言葉となった。



大鏡(おおかがみ)


(いわ)ひつる 言靈ならば 百年(ももとせ)の のちも尽きせぬ 月をこそ見め』


お祝いの言葉に言霊の力があるのであれば、百年先も衰えることのない月を見ることができるであろう。



【魂】を【歴史】と【結び】、【心】で【歴史】に【繋げる】。


【魂】で【歴史】を『結び』、【心】を【歴史】と【繋げる】。


【魂】を【今】と【結び】、【心】で【今】に【繋げる】。


【魂】で【今】を『結び』、【心】を【今】と【繋げる】。


【魂】を【世界】と【結び】、【心】で【世界】に【繋げる】。


【魂】で【世界】を『結び』、【心】を【世界】と【繋げる】。



【魂】は【未来】と【結び】、【心】は【未来】を【繋げる】。



古代より【結ばれた魂】と【繋がれた心】は、【言葉】を通して連綿(れんめん)と受け継がれている。


そして、受け継いだ【魂】と【心】を、受け継いだ人が【未来】へ引き継いでいかなければならない。


それが、先人たちから(たく)されたものである。


それを、止めてはならない。

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