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相聞歌

相聞歌(そうもんか)


『相』とは、『(たが)いに』という意味である。

『聞』とは、『()う』という意味である。


〖万葉集〗の半数近くの歌が、〘相聞歌〙である。



〘相聞歌〙は三つに分類される。


正述心緒歌(せいじゅつしんしょか)』・・・ありのままの【心】を(うた)った歌


奇物陳思歌(きぶつちんしか)』・・・自然などに【心】を(たく)して詠った歌


譬喩歌(ひゆか)』・・・・・【心】を別のものにたとえて詠った歌



古代日本(こだいにほん)では、お互いの【心】を確かめる手段(しゅだん)が『歌を(おく)る』『歌を(かえ)す』であった。


『家族の愛情や(わか)れを詠った歌』

夫婦(ふうふ)の愛情や別れを詠った歌』

親子(おやこ)の愛情や別れを詠った歌』

『恋人同士の愛情や別れを詠った歌』

『友人同士の愛情や別れを詠った歌』


古代日本人にとって〘相聞歌〙とは、()わば『(ふみ)』や『便(たよ)り』のようなものであった。


〘相聞歌〙は、生きている【人】と【心】を(かよ)わせるための歌である。



秋田之(あきのたの) 穂上尓霧相(ほのへにきらふ)

 朝霞(あさかすみ) 何時邊乃方二(いつへのかたに) 我戀将息(あがこひやまむ)


 磐姫皇后いはのひめのおほきさき


秋の田の稲穂(いなほ)(おお)うほどの朝霞(あさかすみ)のように、どちらの方向に向かって恋を続ければ、この思いは晴れるのでしょうか。



梓弓(あづさゆみ) 都良絃取波氣(つらをとりはけ)

 引人者(ひくひとは) 後心乎(のちのこころを) 知人曽引(しるひとぞひく)


 久米禅師(くめのぜんじ)


梓弓(あづさゆみ)(つる)を引く人は、後でどのような結果を(まね)くことになるかを知っているから引くのです。



玉葛(たまかづら) 實不成樹尓波(みならぬきには)

 千磐破(ちはやぶる) 神曽著常云(かみぞつくといふ) 不成樹別尓(ならぬきごとに)


 大伴安麻呂(おほとものやすまろ)


玉鬘(たまかずら)の木は、()()らない。

しかし、()わりに神の力が宿(やど)るという。

実の生らない木の(すべ)てには、不思議(ふしぎ)な力がある。



吾里尓(わがさとに) 大雪落有(おほゆきふれり)

 大原乃(おほはらの) 古尓之郷尓(ふりにしさとに) 落巻者後(ふらまくはのち)


 天武天皇(てんむてんわう)


わたしの里では、大雪が()っている。

大原(おおはら)古里(ふるさと)は、後から雪が降るのであろう。



吾岡之(わがをかの) 於可美尓言而(おかみにいひて)

 令落(ふらしめし) 雪之摧之(ゆきのくだけし) 彼所尓塵家武(そこにちりけむ)


 藤原夫人(ふぢはらのぶにん)


その雪は、わたしが大原の龍神(りゅうじん)さまにお願いをして降らせたものです。

その雪の欠片(かけら)が、そちらに降ったのでしょう。



吾勢祜乎(わがせこを) 倭邊遺登(やまとへやると)

 佐夜深而(さよふけて) 鷄鳴露尓(あかときつゆに) 吾立所霑之(われたちぬれし)


 大伯皇女(おほくのひめみこ)


大和(やまと)へ向かう弟を見送っていたら、()()けてしまった。

(あかつき)(つゆ)と涙で、わたしの服は()れてしまった。



古尓(いにしへに) 戀流鳥鴨(こふるとりかも)

 弓絃葉乃(ゆづるはの) 三井能上従(みゐのうへより) 鳴濟遊久(なきわたりゆく)


 弓削皇子(ゆげのみこ)


(いにしえ)()(した)っているのであろうか。

弓絃葉(ゆづるは)の花が咲く御井(みい)の上を、鳥が鳴きながら渡って行く。



古尓(いにしへに) 戀良武鳥者(こふらむとりは)

 霍公鳥(ほととぎす) 盖哉鳴之(けだしやなきし) 吾念流碁騰(あがもへるごと)


 額田王(ぬかたのおほきみ)


古を恋焦(こいこ)がれて鳴く鳥は、時鳥(ほととぎす)であろうか。

わたしの心が、あの鳥に届いたのかもしれない。



三吉野乃(みよしのの) 玉松之枝者(たままつがえは)

 波思吉香聞(はしきかも) 君之御言乎(きみがみことを) 持而加欲波久(もちてかよはく)


 額田王(ぬかたのおほきみ)


あなたが贈ってくださった吉野の松の枝は、なんと愛らしいのでしょう。

都を通って、あなたのお言葉を運んでくれたからなのでしょう。



人事乎(ひとごとを) 繁美許知痛美(しげみこちたみ)

 己世尓(おのがよに) 未渡(いまだわたらぬ) 朝川渡(あさかはわたる)


 但馬皇女(たぢまのひめみこ)


世間(せけん)(うわさ)(はげ)しいので、わたしは今まで渡ったことのない冷たい朝の川を渡る。



人皆者(ひとみなは) 今波長跡(いまはながしと)

 多計登雖言(たけといへど) 君之見師髪(きみがみしかみ) 乱有等母(みだれたりとも)


 園臣生羽之女そののおみいくはのむすめ


人は皆、それでは髪が長いから(たば)ねたらと言います。

しかし、これはあなたが見慣(みな)れた髪。

長いままにしておきたいのです。

たとえ乱れたとしても。



吾聞之(わがききし) 耳尓好似(みみによくにる)

 葦若末乃(あしのうれの) 足痛吾勢(あしひくわがせ) 勤多扶倍思(つとめたぶべし)


 石川郎女(いしかはのいらつめ)


伝え聞くところによれば、あなたは足を痛めて不自由(ふじゆう)になさっているとか。

どうかご無理なさらず、お大事になさってください。



神風之(かむかぜの) 伊勢乃濱荻(いせのはまをぎ)

 折伏(をりふせて) 客宿也将為(たびねやすらむ) 荒濱邊尓(あらきはまへに)


 碁檀越妻(ごのだんをちのつま)


神がいらっしゃる伊勢(いせ)の浜に()える(おぎ)を下にして、あなたは荒波(あらなみ)()()せる浜辺(はまべ)で横になって寝ているのでしょうか?



君家尓(きみがいへに) 吾住坂乃(わがすみさかの)

 家道乎毛(いへぢをも) 吾者不忘(われはわすれじ) 命不死者(いのちしなずは)


 柿本人麻呂妻かきのもとのひとまろのつま


命の続く(かぎ)り、わたしは忘れることはないでしょう。

あなたの家に(かよ)うためのこの道を。



将来云毛(こむといふも) 不来時有乎(こぬときあるを)

 不来云乎(こじといふを) 将来常者不待(こむとはまたじ) 不来云物乎(こじといふものを)


 大伴坂上郎女おほとものさかのうへのいらつめ


()ると言って()なかったあなた。

来ないと言われたからといって、わたしがあなたを待っているとお思いですか?

来ないと言っているのだから、あなたは来ないのでしょう。



天地之(あめつちの) 神毛助与(かみもたすけよ)

 草枕(くさまくら) 羈行君之(たびゆくきみが) 至家左右(いへにいたるまで)


 よみ人しらず


天地の神々よ。

どうかお力をお貸しください。

旅立(たびだ)たれたあの人が無事に帰って来られるその日まで、どうかお守りください。



古人乃(ふるひとの) 令食有(たまへしめたる)

 吉備能酒(きびのさけ) 病者為便無(やめばすべなし) 貫簀賜牟(ぬきすたばらむ)


 丹生女王(にふのおほきみ)


昔から名高(なだか)吉備(きび)の酒も、(やまい)()すわたしには役に立たない。

今ほしいものは酒ではなく、休むための寝床(ねどこ)である。



為君(きみがため) 醸之待酒(かみしまちざけ)

 安野尓(やすののに) 獨哉将飲(ひとりやのまむ) 友無二思手(ともなしにして)


 大伴旅人(おほとものたびと)


あなたと共に飲もうと用意していた酒なのに、安野(やすの)に友もなく(ひと)りで飲むことになろうとは。



周防在(すはなる) 磐國山乎(いはくにやまを)

 将超日者(こえむひは) 手向好為与(たむけよくせよ) 荒其道(あらしそのみち)


 山口若麻呂(やまぐちのわかまろ)


周防(すおう)磐國山(いわくにやま)()えるのなら、道の神へのお祈りを忘れないでください。

(けわ)しい道ですから。



山跡邊(やまとへに) 君之立日乃(きみがたつひの)

 近付者(ちかづけば) 野立鹿毛(のにたつしかも) 動而曽鳴(とよめてぞなく)


 麻田陽春(あさだのやす)


あなたが大和へ向かう日が近づいて来ました。

野の鹿(しか)が鳴くように、わたしも声を出して泣いています。



月夜吉(つくよよし) 河音清之(かはのおときよし)

 率此間(いざここに) 行毛不去毛(ゆくもゆかぬも) 遊而将歸(あそびてゆかむ)


 大伴四綱(おほとものよつな)


月が光り輝く美しい夜。

川のせせらぎは、(きよ)()んでいる。

さあ。

(みやこ)へ行く人も、ここに残る人も、笑顔(えがお)で別れよう。



此間在而(ここにありて) 筑紫也何處(つくしやいづち)

 白雲乃(しらくもの) 棚引山之(たなびくやまの) 方西有良思(かたにしあるらし)


 大伴旅人(おほとものたびと)


ここから見て、筑紫(つくし)の国はどこにあるのであろう。

白雲(しらくも)のたなびく山の彼方(かなた)にあるのであろう。



天地与(あめつちと) 共久(ともにひさしく)

 住波牟等(すまはむと) 念而有師(おもひてありし) 家之庭羽裳(いへのにははも)


 大伴三依(おほとものみより)


天地と共に、いつまでも我が君にお(つか)えし、住み続けようと思っていた。

この家の庭よ。



奉見而(みまつりて) 未時太尓(いまだときだに)

 不更者(かはらねば) 如年月(としつきのごと) 所念君(おもほゆるきみ)


 余明軍(よのみやうぐん)


お仕え申し上げてから、それほど時は()っておりませんのに、まるで長い年月を共に過ごしたかのように思われます。

我が君よ。



足引乃(あしひきの) 山尓生有(やまにおひたる)

 菅根乃(すがのねの) 懃見巻(ねもころみまく) 欲君可聞(ほしききみかも)


 余明軍(よのみやうぐん)


山に生える(すが)の根のように、深い敬意(けいい)をもってお仕えしたいと思っております。

我が君よ。



吾命之(わがいのちの) 将全牟限(またけむかぎり)

 忘目八(わすれめや) 弥日異者(いやひにけには) 念益十方(おもひますとも)


 笠郎女(かさのいらつめ)


わたしの命が続く限り、あなたを忘れることはないでしょう。

日に日に(おも)いが()すことはあっても。



従情毛(こころゆも) 我者不念寸(わはおもはずき)

 又更(またさらに) 吾故郷尓(わがふるさとに) 将還来者(かへりこむとは)


 笠郎女(かさのいらつめ)


思ってもみませんでした。

まさか、また故郷(ふるさと)に帰って来ることになろうとは。



物念跡(ものもふと) 人尓不所見常(ひとにみえじと)

 奈麻強尒(なまじひに) 常念弊利(つねにおもへり) 在曽金津流(ありぞかねつる)


 山口女王(やまぐちのおほきみ)


物思(ものおも)いをしていると人に気付かれてしまうから、できるだけ心を(おさ)えようとしているけれど、(かえ)って物思いにふけてしまい苦しくなる。



初花之(はつはなの) 可散物乎(ちるべきものを)

 人事乃(ひとごとの) 繁尓因而(しげきによりて) 止息比者鴨(よどむころかも)


 佐伯赤麻呂(さへきのあかまろ)


初花(はつはな)が散ろうとしているのに、人の(うわさ)を気にして、わたしは思いを伝えることができないでいる。



家二四手(いへにして) 雖見不飽乎(みれどあかぬを)

 草枕(くさまくら) 客毛妻与(たびにもつまと) 有之乏左(あるがともしさ)


 娘子(をとめ)


わたしの家でお会いしている時、わたしは身を切るような思いであなたとお別れしているのに、あなたは家でだけでなく、旅にまで奥さまをお連れするのですね。

(うらや)ましいことです。



草枕(くさまくら) 客者嬬者(たびにはつまは)

 雖率有(ゐたれども) 匣内之(くしげのうちの) 珠社所念(たまをこそおもへ)


 湯原王(ゆはらのおほきみ)


確かに、旅にも妻を連れて来てはいるが、宝箱(たからばこ)に大切にしまっている(ぎょく)のようなあなたのことを思っているのだよ。



絶常云者(たゆといはば) 和備染責跡(わびしみせむと)

 焼大刀乃(やきたちの) 隔付經事者(へつかふことは) 幸也吾君(さきくやあがきみ)


 娘子(をとめ)


あなたが、わたしに「別れる」と言ったらわたしが悲しむと思って、あなたは無理に(やさ)しくしてくださるのでしょう。

でも、そのお気遣(きづか)いさえ、却ってわたしには(つら)いのです。

我が君よ。



雖念(おもへども) 知僧裳無跡(しるしもなしと)

 知物乎(しるものを) 奈何幾許(なにかここだく) 吾戀渡(あがこひわたる)


 大伴坂上郎女おほとものさかのうへのいらつめ


思っていても仕方のないことであると分かってはいます。

しかし、どうしても恋焦がれてしまうのです。


 

娘子部四(をみなへし) 咲澤二生流(さきさはにおふる)

 花勝見(はなかつみ) 都毛不知(かつてもしらぬ) 戀裳摺可聞(こひもするかも)


 中臣郎女(なかとみのいらつめ) 


女郎花(おみなえし)が咲く佐紀沢(さきさわ)()(しげ)花勝見(はなかつみ)が咲くように、今までこのような恋をしたことはありません。



中々尓(なかなかに) 絶年云者(たゆとしいはば)

 如此許(かくばかり) 氣緒尓四而(いきのをにして) 吾将戀八方(あれこひめやも)


 大伴家持(おほとものやかもち)


いっそのこと「別れる」と(おっしゃ)ってくだされば、こんなにも長くお慕い続けることもないのに。



百礒城之(ももしきの) 大宮人者(おほみやひとは)

 雖多有(おほかれど) 情尓乗而(こころにのりて) 所念妹(おもほゆるいも)


 大伴家持(おほとものやかもち)


宮廷(きゅうてい)には幾人(いくにん)もの女官(にょかん)がいるけれど、わたしの心を離さないのはあなただけですよ。



足引乃(あしひきの) 山二四居者(やまにしをれば)

 風流無三(みやびなみ) 吾為類和射乎(わがするわざを) 害目賜名(とがめたまふな)


 大伴坂上郎女おほとものさかのうへのいらつめ


山里(やまざと)に住んでいるため、風流(ふうりゅう)()()うことができません。

どうかお許しください。



事不問(こととはぬ) 木尚味狭藍(きすらあじさゐ)

 諸弟等之(もろとらが) 練乃村戸二(ねりのむらとに) 所詐来(あざむかえけり)


 大伴家持(おほとものやかもち)


言葉を話さない木でさえも、紫陽花(あじさい)のように移ろいやすいものがある。

言葉を話すものなら、尚更(なおさら)である。

わたしは言葉を(あやつ)るものを信じ、(だま)されてしまった。



春之雨者(はるのあめは) 弥布落尓(いやしきふるに)

 梅花(うめのはな) 未咲久(いまださかなく) 伊等若美可聞(いとわかみかも)


 大伴家持(おほとものやかもち)


春の雨は降り続いているけれど、梅の花はまだ咲きません。

まだ若いからなのでしょう。



豊國乃(とよくにの) 加波流波吾宅(かはるはわぎへ)

 紐兒尓(ひものこに) 伊都我里座者(いつがりをれば) 革流波吾家(かはるはわぎへ)


 抜氣大首(ぬきけのおほびと)


豊国(とよくに)香春(かはる)こそ、わたしの家です。

愛しい人と一緒にいられるのですから、香春こそがわたしの家なのです。



海津路乃(うみつぢの) 名木名六時毛(なぎなむときも)

 渡七六(わたらなむ) 加九多都波二(かくたつなみに) 船出可為八(ふなですべしや)


 高橋虫麻呂(たかはしのむしまろ)


どうか、波が(おだ)やかになってから船を出してください。

波が立っているのに、無理をして船を出してはなりません。



海若之(わたつみの) 何神乎(いづれのかみを)

 齊祈者歟(いのらばか) 徃方毛来方毛(ゆくさもくさも) 船之早兼(ふねのはやけむ)


 よみ人しらず


海の神のうち、どの神にお祈りすれば良いのでしょうか。

行きも帰りも、船が早く無事に着くためには。



秋芽子乎(あきはぎを) 妻問鹿許曽(つまどふかこそ)

 一子二(ひとりこに) 子持有跡五十戸(こもてりといへ)

 鹿兒自物(かこじもの) 吾獨子之(あがひとりこの)

 草枕(くさまくら) 客二師徃者(たびにしゆけば)

 竹珠乎(たかたまを) 密貫垂(しじにぬきたれ)

 齊戸尓(いはひへに) 木綿取四手而(ゆふとりしでて)

 忌日管(いはひつつ) 吾思吾子(あがおもふあこ) 真好去有欲得(まさきくありこそ)


 遣唐使母(けんとうしはは)


秋の萩を愛する鹿は、一頭しか子を産まない。

その鹿のように、わたしには一人しか子がいない。

その子が、今、旅立とうとしている。

できるだけ多くの竹玉を(ひも)に通して()らし、神へ祈りを捧げるための(つぼ)木綿(ゆう)を結んで土に()め、ただ祈るだけ。

どうか、無事に帰って来ますように。



客人之(たびひとの) 宿将為野尓(やどりせむのに)

 霜降者(しもふらば) 吾子羽褁(あがこはぐくめ) 天乃鶴群(あめのたづむら)


 遣唐使母(けんとうしはは)


旅人である我が子が、もし霜降(しもふ)る野に夜寝るのであれば、どうかその羽で我が子を包んでほしい。

空を飛ぶ(つる)たちよ。



秋芽子之(あきはぎの) 上尓白霧(うへにしらつゆ)

 毎置(おくごとに) 見管曽思怒布(みつつぞしのふ) 君之光儀(きみがすがたを)


 よみ人しらず


(はぎ)の上の白露(しらつゆ)を見ると、あの人のことを思い出してしまう。


  

道邊之(みちのへの) 乎花我下之(をばながしたの)

 思草(おもひぐさ) 今更尓(いまさらさらに) 何物可将念(なにをかおもはむ)


 よみ人しらず


道の()に生える尾花(おばな)の下に(おも)(ぐさ)が咲いている。

この草のように、もう(まよ)うことはない。



事靈(ことだまの) 八十衢(やそのちまたに)

 夕占問(ゆふけとふ) 占正謂(うらまさにのる) 妹相依(いもあいよらむと)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


夕方、言靈(ことだま)交差(こうさ)する多くの(つじ)で占いをした。

占いは告げた。

わたしの想いは通じるであろう、と。



大舟能(おほぶねの) 思憑(おもひたのめる)

 君故尓(きみゆゑに) 盡心者(つくすこころは) 惜雲梨(をしけくもなし)


 よみ人しらず


大きな船に乗るように安心して頼れるあなたのためなら、()しみなく身も心も尽くしましょう。



葦原(あしはらの) 水穂國者(みづほのくには)

 神在随(かむながら) 事擧不為國(ことあげせぬくに)

 雖然(しかれども) 辞擧叙吾為(ことあげぞわがする)

 言幸(ことさきく) 真福座跡(まさきくませと)

 恙無(つつみなく) 福座者(さきくいまさば)

 荒礒浪(ありそなみ) 有毛見登(ありてもみむと)

 百重波(ももへなみ) 千重浪尓敷(ちへなみしきに) 言上為吾(ことあげすわれは)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


葦原(あしはら)瑞穂(みずほ)の國は、神の心のままに言葉にして言い立てることをしない國です。

けれど、わたしは声を出して申し上げます。

どうか、ご無事でいてください。

あなたが何事もなくご無事でいられるのであれば、わたしは荒磯(あらいそ)に寄せる百重千重(ももえちえ)の波のように、ご無事でいてくださいと、何度も言葉にして申し上げます。



世間乎(よのなかを) 倦迹思而(うしとおもひて)

 家出為(いへでせし) 吾哉難二加(われやなににか) 還而将成(かへりてならむ)


 よみ人しらず


世を(はかな)んで出家(しゅっけ)したのだから、いまさら俗世(ぞくせ)に帰るわけがない。



和我世故乎(わがせこを) 安杼可母伊波武(あどかもいはむ)

 牟射志野乃(むざしのの) 宇家良我波奈乃(うけらがはなの) 登吉奈伎母能乎(ときなきものを)


 よみ人しらず


あの人への想いを、なんと表現すれば良いのでしょう。

武蔵野(むさしの)のうけらの花が時を選ばず咲くように、わたしはあの人のことをずっと想い続けている。



信濃奈流(しなぬなる) 知具麻能河泊能(ちぐまのかはの) 

左射礼思母(さざれしも) 伎弥之布美弖婆(きみしふみてば) 多麻等比呂波牟(たまとひろはむ)


 よみ人しらず


あなたが()まれた石なら、信濃(しなの)千曲川(ちくまがわ)の小石でさえ、宝玉(ほうぎょく)として拾い上げましょう。


 

可美都氣野(かみつけの) 左野乃九久多知(さののくくたち)

 乎里波夜志(をりはやし) 安礼波麻多牟恵(あれはまたむゑ) 許登之許受登母(ことしこずとも)


よみ人しらず


上毛野(かみつけの)の佐野の茎立(くくたち)を折って、料理して待っています。

たとえ今年、あなたが来なくとも。



可美都氣努(かみつけの) 佐野田能奈倍能(さのだのなへの)

 武良奈倍尓(むらなへに) 許登波佐太米都(ことはさだめつ) 伊麻波伊可尓世母(いまはいかにせも)


 よみ人しらず


上野國(かみつけのくに)佐野田(さのだ)苗占(なえうらな)いによって、わたしの(えん)(すで)(さだ)められてしまいました。

今となっては、もう変えることはできません。



安比豆祢能(あひづねの) 久尓乎佐杼抱美(くにをさどほみ)

 安波奈波婆(あはなはば) 斯努比尓勢毛等(しのひにせもと) 比毛牟須婆佐祢(ひもむすばさね)


 よみ人しらず


会津(あいづ)の山々に(へだ)てられ、あなたとはもう会えなくなります。

せめて心だけは結ばれていたい。

そのしるしに、この(ひも)を結んでください。



古非思家婆(こひしけば) 伎麻世和我勢古(きませわがせこ)

 可伎都楊疑(かきつやぎ) 宇礼都美可良思(うれつみからし) 和礼多知麻多牟(われたちまたむ)


 よみ人しらず


それほどわたしのことを恋しいというのであれば、いらしてください。

垣根(かきね)(やなぎ)枝先(えださき)の芽を()()らすほど立って、お待ちしております。



多礼曽許能(たれぞこの) 屋能戸於曽夫流(やのとおそぶる)

 尓布奈未尓(にふなみに) 和我世乎夜里弖(わがせをやりて) 伊波布許能戸乎(いはふこのとを)


 よみ人しらず


誰が家の戸を開けようとしているのですか?

神事(しんじ)のためにわたしは夫を遠ざけ身を(きよ)め、家に(こも)っているというのに。



可良須等布(からすとふ) 於保乎曽杼里能(おほをそとりの)

 麻左■尓毛(まさでにも) 伎麻左奴伎美乎(きまさぬきみを) 許呂久等曽奈久(ころくとぞなく)


 よみ人しらず


あの人が会いに来るはずも無いのに、せっかちな(からす)が「来る」と告げる。

会うことなど(かな)わないのに。



於吉尓須毛(おきにすも) 乎加母乃毛己呂(をかものもころ)

 也左可杼利(やさかどり) 伊伎豆久伊毛乎(いきづくいもを) 於伎弖伎努可母(おきてきのかも)


 よみ人しらず


愛しい妻を家に残してきてしまった。

(おき)()八尺鳥(やさかどり)のように、わたしを思って溜息(ためいき)をついているのだろうな。



民布由都藝(みふゆつぎ) 芳流波吉多礼登(はるはきたれど)

 烏梅能芳奈(うめのはな) 君尓之安良祢婆(きみにしあらねば) 遠久人毛奈之(をくひともなし)


 大伴書持(おほとものふみもち)


厳しい冬が過ぎ、春が来て梅の花が咲いた。

わたしはあなた以外の人に、この梅を()でてもらいたくない。




〘相聞歌〙は、【人】と【人】との【情愛(じょうあい)】を詠った歌である。


古代日本人は、【言葉】が相手の【(たま)】に届くと考えていた。


『恋しい』

『会えなくて悲しい』

『離れて(さび)しい』

『会っていても苦しい』

『必ず帰って来て欲しい』

『会いたい』

『待っています』

『やっと会える』

『別れたくない』

『別れてほしい』

『確かめたい』

『無事でいてほしい』

『心配している』

『忘れないでほしい』


古代日本人は、相手の【魂】へ自分の【言葉】を直接届けるために、飾らない本当の【心】を詠った。


〘相聞歌〙は技巧(ぎこう)()らした美辞麗句(びじれいく)ではなく、家族、夫婦、親子、恋人、友人、それぞれを想う【心】を素直に詠った歌である。



【魂】から生まれた【心】を通わせる〘相聞歌〙は、【魂】と【魂】を【結び】、【心】と【心】を【繋ぐ】ための歌である。

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