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挽歌






古来(こらい)より、【言葉】には【(たま)】が宿(やど)っていると信じられてきた。






古代日本人(こだいにほんじん)は、【魂】の宿った【言葉】を歌として残した。



特に日本最古(さいこ)和歌集(わかしゅう)である〖万葉集(まんようしゅう)〗の全ては、人々の【魂】が宿った歌である。



〖万葉集〗は、三つに分類(ぶんるい)される。



挽歌(ばんか)〙〘相聞歌そうもんか〙〘雑歌(ぞうか)〙である。



〘挽歌〙は、『死』を(いた)む歌。


〘相聞歌〙は、『(じょう)』を表現した歌。


〘雑歌〙は、〘挽歌〙〘相聞歌〙以外の歌。



これから、(いにしえ)の人々の【魂】を(うた)った歌を(わず)かではあるが伝えたいと思う。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



〘挽歌〙



『挽』とは、「(ひつぎ)を引く」という意味である。


中国では、棺を()せて引く車のことを挽車(ばんしゃ)と言った。


葬列(そうれつ)の際、挽車を引きながら『挽歌』という歌を歌った。


中国の『挽歌』は、『()くなった人をあの世へ送るための歌』であった。


飛鳥時代(あすかじだい)(593年~710年)、中国から日本に『挽歌』が伝わった。


しかし日本では、『挽歌』は『亡くなった人をあの世へ送るための歌』ではなく、『亡くなった人を悼む歌』となった。


日本の〘挽歌〙は、亡くなった人を(しの)び、亡くなった人の【魂】に呼びかける歌である。




磐白乃(いはしろの) 濱松之枝乎(はままつがえを)

 引結(ひきむすび) 真幸有者(まさきくあらば) 亦還見武(またかへりみむ)


 有間皇子(ありまのみこ)


岩代(いわしろ)にある浜松(はままつ)の枝を結んで、その枝にわたしの魂を結び付けよう。

もし無事(ぶじ)(かえ)って来ることができたなら、またここに来て浜松を見よう。



磐代乃(いはしろの) 崖之松枝(きしのまつがえ)

 将結(むすびけむ) 人者反而(ひとはかへりて) 復将見鴨(またみけむかも)


 長意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)


岩代の岸にある松の枝を結んだという人は、無事に還って再び松を見ることができたのであろうか。



鳥翔成(あまかけり) 有我欲比管(ありがよひつつ)

 見良目杼母(みらめども) 人社不知(ひとこそしらね) 松者知良武(まつはしるらむ)


 山上臣憶良やまのうへのおみおくら


皇子(みこ)の魂は天空(てんくう)()(かよ)いつつ、自身が結んだ松の枝を見ているのであろうか。

それを人は知らない。

しかし、松は知っている。



天原(あまのはら) 振放見者(ふりさけみれば)

 大王乃(おほきみの) 御壽者長久(みいのちはながく) 天足有(あまたらしたり)


 倭大后(やまとのおほきさき)


広々(ひろびろ)とした大空を(あお)ぎ見ると、大君(おおきみ)御命(みいのち)は長く、天空に()()りていらっしゃると思う。



青旗乃(あをはたの) 木旗能上乎(こはたのうへを)

 賀欲布跡羽(かよふとは) 目尒者雖視(めにはみれども) 直尒不相香裳(ただにあはぬかも)


 倭大后(やまとのおほきさき)


あの方の魂が、青々(あおあお)とした樹々(きぎ)(しげ)木幡山(こはたやま)(あた)りを()き来しているのは目に見えるのに、直接(ちょくせつ)()いすることができないなんて。



人者縦(ひとはよし) 念息登母(おもひやむと)

 玉縵(もたまかづら) 影尓所見乍(かげにみえつつ) 不所忘鴨(わすらえぬかも)


 倭大后(やまとのおほきさき)

 

人はいつか、亡くなったあの人のことを忘れてしまうかもしれない。

しかし、わたしは、あの人の面影(おもかげ)をどうしても忘れることができないのです。



如是有乃(かからむと) 豫知勢婆(かねてしりせば)

 大御船(おほみふね) 泊之登萬里人(はてしとまりに) 標結麻思乎(しめゆはましを)


 額田王(ぬかたのおほきみ)


このようなことになると分かっていたのなら、あの世へ向かおうとする天皇(すめらみこと)御船(みふね)()まる(みなと)標縄(しめなわ)(むす)んで、船が出発できないようにしておいたのに。



八隅知之(やすみしし) 和期大王之(わごおほきみの)

 恐也(かしこきや) 御陵奉仕流(みはかつかふる)

 山科乃(やましなの) 鏡山尓(かがみのやまに)

 夜者毛(よるはも) 夜之盡(よのことごと)

 晝者母(ひるはも) 日之盡(ひのことごと)

 哭耳呼(ねのみを) 泣乍在而哉(なきつつありてや)

 百磯城乃(ももしきの) 大宮人者(おほみやびとは) 去別南(ゆきわかれなむ)


 額田王(ぬかたのおほきみ)


(おそ)れ多いことです。

御陵(ごりょう)としてある山科(やましな)(かがみ)の山には、あまねく國土(こくど)(おさ)められた我が大君が眠られている。

宮中(きゅうちゅう)の役人達は、夜は一晩中、昼は一日中、声をあげて泣き続けていたのに、今はもう去って行ってしまう。



神風乃(かむかぜの) 伊勢能國尓母(いせのくににも)

 有益乎(あらましを) 奈何可来計武(なにしかきけむ) 君毛不有尒(きみもあらなくに)


 大来皇女(おおくのひめみこ)


神風(かみかぜ)の吹く伊勢(いせ)の國にでもいれば良かった。

どうして都に戻って来てしまったのであろう。

あなたはもう、この世にはいないのに。



欲見(みまくほり) 吾為君毛(わがするきみも)

 不有尓(あらなくに) 奈何可来計武(なにしかきけむ) 馬疲尒(うまつかるるに)


 大来皇女(おおくのひめみこ)


会いたいと思うあなたはもう、ここにはいないのに。

何のために、ここに来たのであろう。

ただ馬が(つか)れるだけなのに。



天地之(あめつちの) 初時(はじめのとき)

 久堅之(ひさかたの) 天河原尓(あまのかはらに)

 八百萬(やほよろづ) 千萬神之(ちよろづがみの)

 神集(かむつどひ) 々座而(つどひいまして)

 神分(かむはかり) 々之時尓(はかりしときに)

 天照(あまてらす) 日女之命(ひるめのみこと)[一云(いつにいふ) 指上(さしのぼる) 日女之命(ひるめのみこと)]

 天乎婆(あめをば) 所知食登(しらしめすと)

 葦原乃(あしはらの) 水穂之國乎(みづほのくにを)

 天地之(あめつちの) 依相之極(よりあひのきはみ)

 所知行(しらしめす) 神之命等(かみのみことと)

 天雲之(あまぐもの) 八重掻別而(やへかきわけて)[一云(いつにいふ) 天雲之(あまぐもの) 八重雲別而(やへくもわけて)]

 神下(かむくだし) 座奉之(いませまつりし)

 高照(たかてらす) 日之皇子波(ひのみこは)

 飛鳥之(とぶとりの) 浄之宮尓(きよみのみやに)

 神随(かむながら) 太布座而(ふとしきまして)

 天皇之(すめろぎの) 敷座國等(しきますくにと)

 天原(あまのはら) 石門乎開(いはとをひらき)

 神上(かむあがり) 々座奴(あがりいましぬ)[一云(いつにいふ) 神登(かむのぼり) 座尓之可婆(いましにしかば)]

 吾王(わごおほきみ) 皇子之命乃(みこのみことの)

 天下(あめのした) 所知食世者(しらしめしせば)

 春花之(はるはなの) 貴在等(たふとからむと)

 望月乃(もちづきの) 満波之計武跡(たたはしけむと)

 天下(あめのした)[一云(いつにいふ) 食國(をすくに)]  四方之人乃(よものひとの)

 大船之(おほふねの) 思憑而(おもひたのみて)

 天水(あまつみづ) 仰而待尓(あふぎてまつに)

 何方尓(いかさまに) 御念食可(おもほしめせか)

 由縁母無(つれもなき) 真弓乃岡尓(まゆみのをかに)

 宮柱(みやばしら) 太布座(ふとしきいまし)

 御在香乎(みあらかを) 高知座而(たかしりまして)

 明言尓(あさごとに) 御言不御問(みこととはさず)

 日月之(ひつきの) 數多成塗(まねくなりぬる)

 其故(そこゆゑに) 皇子之宮人(みこのみやひと) 行方不知毛(ゆくへしらずも)

 [一云(いつにいふ) 刺竹之(さすたけの) 皇子宮人(みこのみやひと) 歸邊不知尓為(ゆくへしらにす)]』


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)

 

(てん)()が初めて開かれた時、彼方(かなた)にある(あま)河原(かわら)八百万(やおよろず)一千万(ちよろず)という多くの神々がお(あつま)りになり、それぞれの神が統治(とうち)される國を分けられた。

天照大神(あまてらすおおみかみ)〔空へさし(のぼ)日女(ひるめ)の神〕は、天をご統治なさることとなった。

そして葦原(あしはら)瑞穂(みずほ)の國を天と地が接する(きわ)みまでご統治なさる神として、八重(やえ)に重なる天雲(あまぐも)をかき分けて〔天雲の八重雲を分けて〕、光り(かがや)()御子(みこ)地上(ちじょう)()り立たれた。

神々が(つか)わされたは御子は天皇(すめらみこと)として、飛鳥(あすか)浄御原(きよみはら)(みや)にて瑞穂の國をご統治なされた。

そして、瑞穂の國は代々(だいだい)天皇がご統治なさる國として、日の御子は(あま)石門(いわと)を開いて神として天上にお(のぼ)りになられた〔神としてお昇りになられた〕。

その後、()が大君である皇子の(みこと)が瑞穂の國をご統治なされば、春の花のように(とうと)いことであろう、満月(まんげつ)のように満ち足りるであろうと、天の下〔國中(くにじゅう)〕に住む人々は、まるで大船に乗ったかのように希望(きぼう)をもって、天の(めぐ)みの雨を待つように心待ちにしていた。

しかし、何を思われたのか、(えん)所縁(ゆかり)もない真弓(まゆみ)(おか)に柱をお建てになって殯宮(あらきのみや)をお(きず)きになられた。

朝、皇子からお言葉を(たまわ)ることも無くなってしまった。

そのため、皇子の宮にお(つか)えした人々は、途方(とほう)()れている〔皇子の宮の人々は、途方に暮れている〕。

なぜ、こんなにも早くお(かく)れになったのですか。



久堅乃(ひさかたの) 天見如久(あめみるごとく)

 仰見之(あふぎみし) 皇子乃御門之(みこのみかどの) 荒巻惜毛(あれまくをしも)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


(はる)かなる天を見るが(ごと)く仰ぎ見ていた皇子の御殿(ごてん)が、()ちてしまう。

見ているだけで、わたしは何もできない。

心が苦しい。



高光(たかてらす) 吾日皇子乃(わがひのみこの)

 伊座世者(いましせば) 嶋御門者(しまのみかどは) 不荒有益乎(あれずあらましを)


 舎人(とねり)


高く光り輝く日の皇子がいらっしゃれば、島の御殿もこれほど荒れることはなかったであろうに。

()しまれてやまない。



外尓見之(よそにみし) 檀乃岡毛(まゆみのをかも)

 君座者(きみませば) 常都御門跡(とこつみかどと) 侍宿為鴨(とのゐするかも)


 舎人(とねり)


(かか)わりのないものと思っていた真弓の丘も、君がおられるというのであれば、永遠に身も心もお仕えいたしましょう。



吾御門(わがみかど) 千代常登婆尓(ちよとことばに)

 将榮等(さかえむと) 念而有之(おもひてありし) 吾志悲毛(われしかなしも)


 皇子尊宮舎人みこのみことのみやのとねり


我が天皇の御殿は、千年の後まで(さか)えるであろうと思っていた。

そう信じていた我が身が(かな)しい。



毛許呂裳遠(けころもを) 春冬片設而(ときかたまけて)

 幸之(いでましし) 宇陀乃大野者(うだのおほのは) 所念武鴨(おもほえむかも)


 舎人(とねり)


()りの季節を楽しみに待たれ、狩りにお出かけになった宇陀(うだ)大野(おおの)のことは、いつまでも忘れることはないであろう。



朝日照(あさひてる) 佐太乃岡邊尓(さだのをかへに)

 鳴鳥之(なくとりの) 夜鳴變布(よなきかへらふ) 此年己呂乎(このとしころを)


 皇子尊宮舎人みこのみことのみやのとねり


朝日(あさひ)()佐田(さだ)岡辺(おかべ)で鳴く夜の鳥のように、わたしも、この一年は泣き続けた。



多篭良我(はたこらが) 夜晝登不云(よるひるといはず)

 行路乎(ゆくみちを) 吾者皆悉(われはことごと) 宮道叙為(みやぢにぞする)


 皇子尊宮舎人みこのみことのみやのとねり


皇子のために墓を作る者達が夜も昼も行き来する道を、わたしたちは知らぬ間に宮仕(みやづか)えの道にしている。  



挂文(かけまくも) 忌之伎鴨( ゆゆしきかも)[一云(いつにいふ) 由遊志計礼抒母(ゆゆしけれども)]

 言久母(いはまくも) 綾尓畏伎(あやにかしこき)

 明日香乃(あすかの) 真神之原尓(まかみのはらに)

 久堅能(ひさかたの) 天都御門乎(あまつみかどを)

 懼母(かしこくも) 定賜而(さだめたまひて)

 神佐扶跡(かむさぶと) 磐隠座(いはがくります)

 八隅知之(やすみしし) 吾大王乃(わがおほきみの)

 所聞見為(きこしめす) 背友乃國之(そとものくにの)

 真木立(まきたつ) 不破山越而(ふはやまこえて)

 狛劔(こまつるぎ) 和射見我原乃(わざみがはらの)

 行宮尓(かりみやに) 安母理座而(あもりいまして)

 天下(あめのした) 治賜(をさめたまひ)[一云(いつにいふ)  掃賜而(はらひたまひて)]

 食國乎(をすくにを) 定賜等(さだめたまふと)

 鶏之鳴(とりがなく) 吾妻乃國之(あづまのくにの)

 御軍士乎(みいくさを) 喚賜而( めしたまひて)

 千磐破(ちはやぶる) 人乎和為跡(ひとをやはせと)

 不奉仕(まつろはぬ) 國乎治跡(くにををさめと)[一云(いつにいふ) 掃部等(はらへと)]

 皇子随(みこながら) 任賜者(よさしたまへば)

 大御身尓(おほみみに) 大刀取帶之(たちとりはかし)

 大御手尓(おほみてに) 弓取持之(ゆみとりもたし)

 御軍士乎(みいくさを) 安騰毛比賜(あどもひたまひ)

 齊流(ととのふる) 鼓之音者(つづみのおとは)

 雷之(いかづちの) 聲登聞麻■(こゑときくまで)

 吹響流(ふきなせる) 小角乃音母(くだのおとも)[一云(いつにいふ) 笛之音波(ふえのおとは)]

 敵見有(あたみたる) 虎可■吼登(とらかほゆると)

 諸人之(もろひとの) 恊流麻■尓(おびゆるまでに)[一云(いつにいふ) 聞惑麻■(ききまどふまで)]

 指擧有(ささげたる) 幡之靡者(はたのなびきは)

 冬木成(ふゆこもり) 春去来者(はるさりくれば)

 野毎(のごとに) 著而有火之(つきてあるひの)[一云(いつにいふ) 冬木成(ふゆこもり) 春野焼火乃(はるのやくひの)]

 風之共(かぜのむた) 靡如久(なびくがごとく)

 取持流(とりもてる) 弓波受乃驟(ゆはずのさわき)

 三雪落( みゆきふる) 冬乃林尓(ふゆのはやしに)[一云(いつにいふ) 由布乃林(ゆふのはやし)]

 飃可毛(つむじかも) 伊巻渡等(いまきわたると)

 念麻■(おもふまで) 聞之恐久(ききのかしこく)[一云(いつにいふ) 諸人(もろひとの) 見惑麻■尓(みまどふまでに)]

 引放箭(ひきはなつ) 之繁計久(やのしげけく)

 大雪乃(おほゆきの) 乱而来礼(みだれてきたれ)[一云(いつにいふ) 霰成(あられなす) 曽知余里久礼婆(そちよりくれば)]

 不奉仕(まつろはず) 立向之毛(たちむかひしも)

 露霜之(つゆしもの) 消者消倍久(けなばけぬべく)

 去鳥乃(ゆくとりの) 相競端尓(あらそふはしに)

 [一云(いつにいふ) 朝霜之(あさしもの) 消者消言尓(けなばけとふに) 打蝉等(うつせみと) 安良蘇布波之尓(あらそふはしに)]

 渡會乃(わたらひの) 齊宮従(いつきのみやゆ)

 神風尓(かむかぜに) 伊吹惑之(いふきまどはし)

 天雲乎(あまくもを) 日之目毛不令見(ひのめもみせず)

 常闇尓(とこやみに) 覆賜而(おほひたまひて)

 定之(さだめてし) 水穂之國乎(みづほのくにを)

 神随(かむながら) 太敷座而(ふとしきまして)

 八隅知之(やすみしし) 吾大王之(わがおほきみの)

 天下(あめのした) 申賜者(まをしたまへば)

 萬代尓(よろづよに) 然之毛将有登(しかしもあらむと)[一云(いつにいふ) 如是毛安良無等(かくしもあらむと)]

 木綿花乃(ゆふばなの) 榮時尓(さかゆるときに)

 吾大王(わがおほきみ) 皇子之御門乎(みこのみかどを)[一云(いつにいふ) 刺竹(さすたけの) 皇子御門乎(みこのみかどを)]

 神宮尓(かむみやに) 装束奉而(よそひまつりて)

 遣使(つかはしし) 御門之人毛(みかどのひとも)

 白妙乃(しろたへの) 麻衣著(あさごろもきて)

 埴安乃(はにやすの) 門之原尓(みかどのはらに)

 赤根刺(あかねさす) 日之盡(ひのことごと)

 鹿自物(ししじもの) 伊波比伏管(いはひふしつつ)

 烏玉能(ぬばたまの) 暮尓至者(ゆふへになれば)

 大殿乎(おほとのを) 振放見乍(ふりさけみつつ)

 鶉成(うづらなす) 伊波比廻(いはひもとほり)

 雖侍候(さもらへど) 佐母良比不得者(さもらひえねば)

 春鳥之(はるとりの) 佐麻欲比奴礼者(さまよひぬれば)

 嘆毛(なげきも) 未過尓(いまだすぎぬに)

 憶毛(おもひも) 未不盡者(いまだつきねば)

 言左敝久(ことさへく) 百濟之原従(くだらのはらゆ)

 神葬(かみはぶり)  々伊座而(はぶりいまして)

 朝毛吉(あさもよし) 木上宮乎(きのへのみやを)

 常宮等(とこみやと) 高之奉而(たかくまつりて)

 神随(かむながら) 安定座奴(しづまりましぬ)

 雖然(しかれども)  吾大王之(わがおほきみの)

 萬代跡(よろづよと) 所念食而(おもほしめして)

 作良志之(つくらしし) 香来山之宮(かぐやまのみや)

 萬代尓(よろづよに) 過牟登念哉(すぎむとおもへや)

 天之如(あめのごと) 振放見乍(ふりさけみつつ)

 玉手次(たまたすき) 懸而将偲(かけてしのはむ) 恐有騰文(かしこかれども)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


(おそ)れ多いことではありますが〔(はばか)り多いことではありますが〕。

言葉で申し上げることも、まことに畏れ多いことです。

明日香(あすか)真神(まかみ)の原に荘厳(そうごん)な宮をお定めになられ、今や神として岩戸(いわと)にお隠れになられた大君。

國をご統治なされた我が大君がお(おさ)めになる北の方、真木(まき)()(しげ)美濃(みの)の國の不破山(ふわやま)()えて、和射見(わざみ)が原の行宮(かりみや)神々(こうごう)しくもお出ましになり、天下をお治めになられて〔(はら)(きよ)められて〕、國を平定(へいてい)なさろうと、(とり)の鳴く東の國の軍勢(ぐんぜい)をお召しになり、荒々(あらあら)しい人々を(しず)めよ、服従(ふくじゅう)しない國は統治せよと〔掃い浄めよと〕皇子に(ゆだ)ねられた。

大君がご任命(にんめい)されたので、大君の代わりに皇子は太刀(たち)()かれ、御手(おて)に弓をお持ちになり、軍勢をご統率(とうそつ)なされた。

叱咤激励(しったげきれい)する(つづみ)の音は雷鳴(らいめい)の如く、()き鳴らす角笛(つのぶえ)の音も〔笛の音も〕敵を見た(とら)()えているのかと人々が(おびえ)るほどである〔聞き(まど)うほどである〕。

兵士が(ささ)げ持つ(はた)(なび)くさまは、まるで冬が終わって春になると野に立つ野火(のび)が〔冬が終わって春の野を焼く火が〕風と共に広がるようである。

兵士が持つ弓の(ゆはず)が靡くさまは、まるで雪が降る冬の林に〔真っ白な木綿(ゆう)の林に〕旋毛風(つむじかぜ)が吹き荒れるようで恐ろしい〔人々は見て惑うほどに〕。

兵士が放つ矢は激しく、まるで大雪が乱れるように飛んで来ると〔(あられ)のように来ると〕、従わずに立ち向かって来た者どもは(つゆ)(しも)のように消えるのなら消えてしまおうと、我先にと立ち向かって来た〔朝霜(あさしも)()ぐに消えるように、命懸(いのちが)けで立ち向かって来た〕。

その時、渡会(わたらい)の神の宮から吹く神風(かみかぜ)によって敵軍を吹き惑わせ、呼び寄せられた天雲(あまくも)は太陽の光を(さえぎ)って地上を真っ暗に(おお)い隠した。

このようにして瑞穂の國を平定され、これから國をご統治なさろうと我が皇子が奏上(そうじょう)されたので、(よろず)の年の後まで大君の世は続くであろうと〔このようであろうと〕思われた。

真っ白な木綿の花のように栄えている時であったのに、まさか我が皇子の御殿を〔()し出る竹のような皇子の御殿を〕御霊殿(みたまや)としてお飾り申すことになろうとは。

皇子にお仕えしていた御殿の人々も白い麻の喪服(もふく)を着て、埴安(はにやす)の御殿の広場に昼は一日中鹿のように腹這(はらば)いになって()し続けた。

そして夕方になると、遠くから御殿を見ながら(うずら)のように()いまわってはお仕えする。

しかし、いつまでもお仕えすることはできない。

春鳥(はるとり)が鳴くように(なげ)いているのに、(いま)だにお(した)いする心は失っていないのに、百済(くだら)の原を通って皇子を神として(ほうむ)り申し上げねばならず、城上(きのへ)の宮を殯宮として高々とお造り申し上げ、皇子は神のままお(しず)まりなさった。

けれど、我が皇子が万の年の後までもとお考えになって建てられた香具山(かぐやま)の宮は、いつまでも無くなることなどないであろう。

天を(あお)ぎ見るように、皇子をお慕い続けよう。

畏れ多いことではありますが。



久堅之(ひさかたの) 天所知流(あめしらしぬる)

 君故尓(きみゆゑに) 日月毛不知(ひつきもしらず) 戀渡鴨(こひわたるかも)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


あなた様は、天を()べる方になられてしまいました。

あれから、どれだけの月日が流れたのでしょうか。

どれほど時を()ても、わたしはただ、お(した)い続けるだけです。



去年見而之(こぞみてし) 秋乃月夜者(あきのつくよは)

 雖照(てらせれど) 相見之妹者(あひみしいもは) 弥年放(いやとしさかる)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


去年見た秋の月が今年も変わらず輝いているのに、共に見た妻は今、(となり)にいない。

年月は、少しずつ遠ざかっていく。



妻毛有者(つまもあらば) 採而多宜麻之(つみてたげまし)

 佐美乃山(さみのやま) 野上乃宇波疑(ののへのうはぎ) 過去計良受也(すぎにけらずや)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


せめて、ここに(いと)しい妻がいれば、一緒に()んで食べることもできたのに。

佐美(さみ)の山の野に生える嫁菜(よめな)を食べさせたかった。

もう、嫁菜の季節は過ぎてしまった。



妹之名者(いもがなは) 千代尓将流(ちよにながれむ)

 姫嶋之(ひめしまの) 子松之末尓(こまつがうれに) 蘿生萬代尓(こけむすまでに)


 河辺宮人(かはべのみやひと)


愛おしいあの方の名は、千代万代(ちよよろず)末永(すえなが)く語り継がれることであろう。

あの方の名に相応(ふさわ)しい姫島(ひめじま)の小松が、大きくなって(こずえ)(こけ)むすまでに。



石上(いそのかみ) 振乃山有(ふるのやまなる)

 杉村乃(すぎむらの) 思過倍吉(おもひすぐべき) 君尓有名國(きみにあらなくに)


 丹生王(にふのおほきみ)


石上(いそかみ)布留山(ふるやま)にある杉林のように、あの方を忘れ過ぎることなどできはしない。



隠口能(こもりくの) 泊瀬山之(はつせのやまの)

 山際尓(やまのまに) 伊佐夜歴雲者(いさよふくもは) 妹鴨有牟(いもにかもあらむ)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


泊瀬(はつせ)の山の間をいざよう雲は、亡き妻の魂であろうか。

わたしとの(わか)れを惜しんでいるように、(はな)れようとしない。



山際従(やまのまゆ) 出雲兒等者(いづものこらは)

 霧有哉(きりなれや) 吉野山(よしののやまの) 嶺霏霺(みねにたなびく)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


山の間から立ち(のぼ)(きり)

あの霧は、亡くなった出雲(いづも)娘子(いらつめ)を焼いた(けむり)なのであろうか。

彼女の魂が、吉野(よしの)の山の(みね)に霧となってたなびいている。



八雲刺(やくもさす) 出雲子等(いづものこらが)

 黒髪者(くろかみは) 吉野川(よしののかはの) 奥名豆颯(おきになづさふ)


 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)


雲が幾重(いくえ)にも(かさ)なる出雲の娘子の黒髪(くろかみ)が、吉野の川に(ただよ)っている。



加座皤夜能(かざはやの) 美保乃浦廻之(みほのうらみの)

 白管仕(しらつつじ) 見十方不怜(みれどもさぶし) 無人念者(なきひとおもへば)

  [或云(あるいはいはく) 見者悲霜(みればかなしも) 無人思丹(なきひとおもふに)]』


 河辺宮人(かはべのみやひと)


風の(はげ)しい美穂(みほ)の浦に咲く白い躑躅(つつじ)を見ると、(さび)しさがこみ上げてくる。

この世にいないあの方を思い出してしまうから。



世間者(よのなかは) 空物跡(むなしきものと)

 将有登曽(あらむとぞ) 此照月者(このてるつきは) 満闕為家流(みちかけしける)


 よみ人しらず


世の中は、(むな)しい。

そう語るように、月は満ちたり欠けたりしている。



吾妹子之(わぎもこが) 見師鞆浦之(みしとものうらの)

 天木香樹者(むろのきは) 常世有跡(とこよにあれど) 見之人曽奈吉(みしひとぞなき)


 大伴旅人(おほとものたびと)


(かつ)て妻と共に見た(とも)(うら)のむろの木は常世(とこよ)にあるのに、妻は今、ここにはいない。



白細之(しろたへの) 袖指可倍弖(そでさしかへて)

 靡寐(なびきねし) 吾黒髪乃(わがくろかみの)

 真白髪尓(ましらかに) 成極(なりなむきはみ)

 新世尓(あらたよに) 共将有跡(ともにあらむと)

 玉緒乃(たまのをの) 不絶射妹跡(たえじいいもと)

 結而石(むすびてし) 事者不果(ことははたさず)

 思有之(おもへりし) 心者不遂(こころはとげず)

 白妙之(しろたへの) 手本矣別(たもとをわかれ)

 丹杵火尓之(にきびにし) 家従裳出而(いへゆもいでて)

 緑兒乃(みどりこの) 哭乎毛置而(なくをもおきて)

 朝霧(あさぎりの) 髣髴為乍(おほになりつつ)

 山代乃(やましろの) 相樂山乃(さがらかやまの)

 山際(やまのまに) 徃過奴礼婆(ゆきすぎぬれば)

 将云為便(いはむすべ) 将為便不知(せむすべしらに)

 吾妹子跡(わぎもこと) 左宿之妻屋尓(さねしつまやに)

 朝庭(あしたには) 出立偲(いでたちしのひ)

 夕尓波(ゆふへには) 入居嘆會(いりゐなげかひ)

 腋挾(わきばさむ) 兒乃泣毎(このなくごとに)

 雄自毛能(をとこじもの) 負見抱見(おひみむだきみ)

 朝鳥之(あさとりの) 啼耳哭管(ねのみなきつつ)

 雖戀(こふれども) 効矣無跡(しるしをなみと)

 辞不問(こととはぬ) 物尓波在跡(ものにはあれど)

 吾妹子之(わぎもこが) 入尓之山乎(いりにしやまを) 因鹿跡叙念(よすかとぞおもふ)


 高橋朝臣(たかはしのあそみ)


白妙(しろたえ)(そで)()わし、寄り()って寝たこの黒髪が真っ白になるまで、二人は新しい氣持ちで共に生きよう、二人の仲は()えることはない、妻よ」と(ちか)った。

そう誓ったのに、わたしはそれを()たすことができなかった。

妻はわたしの腕を()いて、親しみのあった家を出て、泣く幼な子をも置いて、朝霧(あさぎり)のように姿は(うす)れながら、山背(やましろ)相楽山(さがらかやま)の山あいに姿を消してしまったので、わたしは何といえば良いのかわからなく、ただ、妻と共に寝た妻屋(つまや)で、朝は外に出て妻を偲び、夕方は中に入って座り嘆き、(わき)(かか)える幼子が泣くたびに、男らしくもなく背負(せお)ったり抱いたりしながら、朝鳴く鳥のように妻を恋い慕いながら泣く。

しかし、何をしても何も変わることはない。

物を言わぬ山ではあるが、妻がいる山を()()として、亡くなった妻のことを思うしかない。 



父母賀(ちちははが) 成乃任尓(なしのまにまに)

 箸向(はしむかふ) 弟乃命者(おとのみことは)

 朝露乃(あさつゆの) 銷易杵壽(けやすきいのち)

 神之共(かみのむた) 荒競不勝而(あらそひかねて)

 葦原乃(あしはらの) 水穂之國尓(みづほのくにに)

 家無哉(いへなみか) 又還不来(またかへりこぬ)

 遠津國(とほつくに) 黄泉乃界丹(よみのさかひに)

 蔓都多乃(はふつたの) 各々向々(おのがむきむき)

 天雲乃(あまくもの) 別石徃者(わかれしゆけば)

 闇夜成(やみよなす) 思迷匍匐(おもひまとはひ)

 所射十六乃(いゆししの) 意矣痛(こころをいたみ)

 葦垣之(あしかきの) 思乱而(おもひみだれて)

 春鳥能(はるとりの) 啼耳鳴乍(ねのみなきつつ)

 味澤相(あぢさはふ) 宵晝不知(よるひるしらず)

 蜻蜒火之(かぎろひの) 心所燎管(こころもえつつ)

 悲悽別焉(なげくわかれを)


 田辺福麻呂(たなべのさきまろ)


父母が順序の通り生んでくださり、二本の(はし)のようにわたしと並んで育った弟は、朝露(あさつゆ)のように(はかな)い命であったのか。

神の(おぼ)()しに(あらが)うことができず、葦原の瑞穂の國に帰って来る家がないと思っているのか。

遠い黄泉(よみ)の國に一人で行ってしまったので、わたしの心は闇夜(やみよ)のように思い(まど)い、矢に()られた鹿のように心が痛み、葦垣(あしかき)のように思い(みだ)れ、春の鳥のように声をあげて泣き続ける。

夜も昼も分からず、陽炎(かげろう)のように心を燃やしながら別れを(なげ)くだけである。




〘挽歌〙は、亡くなった人への【悲しみ】を詠った歌である。


しかし、それだけではない。


『亡くなった人を送るため』

『亡くなった人の安らぎを願うため』

『亡くなった人への(つの)る恋しさに()えるため』

『亡くなった人へ愛しさを届けるため』

『亡くなった人と(つな)がるため』

『亡くなった人を繋ぎとめるため』

『亡くなった人との(きずな)を確かめるため』

『亡くなった人を忘れないため』

『亡くなった人の記憶を残すため』

『亡くなった人との思い出を()り返るため』

『亡くなった人へ呼びかけるため』

『亡くなった人との関わりを求めるため』

『亡くなった人の(よみがえ)りを望むため』

『亡くなった人との再会を願うため』

『亡くなった人と共に生きていることを()げるため』

『亡くなった人を生かし続けるため』

『命の(はかな)さを嘆くため』

孤独(こどく)()めるため』

『亡くなった人の【魂】を呼び戻すため』

『亡くなった人の【魂】と結ばれるため』

『亡くなった人へ【心】を伝えるため』

『亡くなった人の【心】を受け継ぐため』



仏教伝来(ぶっきょうでんらい)以前の古代日本人は、【死】とは【魂】が肉体から離れ、その【魂】が山や川、海などの自然へ(かえ)ることだと考えていた。


そのため、〘挽歌〙は自然へ呼びかける歌が多い。


自然を通して、亡くなった人と【繋がり】続けようとした。



【死】は、恐ろしい。


しかし、【死】を受け入れる。


たとえ【死】しても、【魂】が離れることはない。


大切な人との【心】の【繋がり】は、決して()たれることはない。



人は亡くなれば、もう二度と戻ってこない。


肉体は(ほろ)び、共に悲しむことも、共に怒ることも、共に喜ぶことも、共に笑うこともできなくなる。


しかし、たとえ亡くなった人の肉体は滅びても、亡くなった人の【魂】と【心】はこの世に留まり続ける。



亡くなった人の【魂】を消さない。


亡くなった人の【魂】を()ぐ。



亡くなった人の【心】を忘れない。


亡くなった人の【心】を受け継ぐ。



【魂】から生まれた【心】を呼び()ます〘挽歌〙は、亡くなった人の【魂】を【今】と【未来】に【結び】、【心】を【今】と【未来】へ【繋げる】ための歌である。

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