夜の始まりにお話を
へそ出し娘たちが帰ってきて、
もう、三日が経とうとしている。
「すんませーん、これ受けたいんで──」
「ほぅ……」
「──うおっ! ぎ、ギルマス!? な、なぜ受付カウンタにっ……!?」
「……クエスト受領か?」
「は、はいッ」
「よこせ」
「さ、サーッ!!」
中堅冒険者の持ってきたクエスト用紙を処理し、俺にとってはメモ用紙のようなソレを、突き返す。
「気をつけて行け」
「い、いえッッ、サーッ!!」
(おいおぃ……なんでまた魔王が受付カウンタにいんだよ……)
(オレのキッティちゃんは、どこいったんだあぁああ……!?)
(だれがお前のだッッ!! だれがッッ──!!!)
(つかアレ、カウンタの後ろ、どうなってんの……?)
(ま、まさかの中腰、とかでしょうか……)
今、キッティには、
アイツらの様子を見に行ってもらっている。
あの長〜〜い階段でヘタバッていなければ、
そろそろ戻ってきてもよい頃合だが……。
ギィ────……。
「──ふへぇ。戻りまっしたぁぁー!」
「やっと来たか」
「こっ! これでも今回はっ、休憩なしで登り降りしたんですよぉお──っ!?」
む……。
往復30分といった所か。
まぁ良い。
「で。どうだ、様子は」
「あー、はぃ……。やっぱり同じような感じでした。二人とも、ひどく落ち込んでるというか……」
「む、むぅ……」
どうやら、部屋の中には入れたようだ。
ここ二日間、生存確認できていなかったので、
少々、安堵する。
「どれ……奥で詳しく聞こう」
「あっ、ちょっと待ってください! トッカーさん! 休憩、終わります?」
受付を別の者へと任せ、
キッティと奥の執務室へ滑り込む。
ズシン……ズシン──。
トタトタトタ──。
ギィ────……カタン……。
「茶はいい。聞こう」
「いや、もぅ……ふたりで、ずぅ──っとベッドに寝転んでるんです。こぅ……片手で顔を隠して、さびしそーに……」
「……」
「ビックリしたのが、食べかけのご飯のお皿が二人分、机に出しっぱなしだったんですよ……。普段のアンティさんなら、すぐに片付けるのに」
「そいつは……深刻だな」
アイツがメシの片付けを放置するなど、
普段の様子からは想像できん。
肝っ玉母ちゃんのように皿をかたすからな……。
「やはり……"炭鉱がらみ"だと思うか……?」
「い、いやぁ〜〜まぁ、もちろん私もそう思ってますけど……なんか、刺激しちゃいそうでして。"な、何かあったんですかぁ〜〜"、くらいしか話しかけられませんでした……」
「ほぅ。で、返答は?」
「スルーされました……」
「……。重症だな……」
"ドンドン炭鉱の『ドンドン』が聞こえなくなった"。
ドニオスギルドは今、この話題で持ち切りだ。
馬車の休み明けに出向いた冒険者たちが、
クエストそっちのけでトンボ帰りし、
即座にギルドに報告したのだ。
あの音は、この街が生まれる、
ずっと前から鳴っていた。
ずっと変わらなかった何かが、変化したのだ。
当然、中々の騒ぎになっている。
第一陣の調査隊の馬車が、
そろそろ出発する頃だろう……──。
「タイミング的には、ドンピシャなのだが……」
「話してくれるでしょうか……。あの落ち込み様、ちょっと底無しですよ……?」
キッティが、不安そうに俺を見上げている……。
うぅむ……。
「……日が落ちてから、俺も行こう。合鍵を貸せ」
「──え"っ!? ギルマスが直接ですかッッ!?」
「関連している事が事だ……。一度くらい、探りを入れるべきだろう」
「で、でも、15歳の女の子が、ふたり暮らししてる部屋ですよ……?」
「なんだ……アイツらの部屋は、そんなに散らかっているのか?」
「えっ、いや、出しっぱなしの食器以外は、ピッカピカでしたケド……」
「なら、問題ないだろう」
俺はキッティから、アイツらの部屋の鍵を受け取り、
しばらくは雑務をこなす。
夕焼けのオレンジに、わずかにパープルが混じる頃。
俺はあの塔の階段に向かう事にした。
「ふぅ……久しく登るが……やれやれだな……」
小さな階段の幅に、ため息が出る。
いや、通常の階段よりは幅があるのだろう。
でなければ、俺の足が半分も乗りはしない。
ノッシ、ノッシと。
特注の背広をあたためながら、俺は登る。
「ふぅ……」
胸板より下の位置のドア。
ここにアイツらが住んでいる。
む、少し緊張してきたが……。
臆しても仕方がない。
ノックをして、声をかける。
コン。コン。
コン、コン。
「──ヒゲイドだ。
アンティ、マイスナ、調子はどうだ」
………………。
返事は無い。
だが、気配はあるな。
応答する気は無いようだ。
この時間に、眠っているとは考えにくい……。
「ふむ……」
15の娘たちの部屋を訪ねるのに、
全く引け目が無いわけではない。
だが……。
「ま、家主特権だ……許せよ?」
合鍵を鍵穴に近づけると────、
──カチャリ。
「……!」
キィ──……。
「にょきっと……」
「くゆー……」
うさ丸が、中から鍵を開けてくれたようだ。
き、器用なヤツだな……。
フサフサした尻尾も、視界に入る。
我がギルドを制覇した、小さな魔物たち。
その表情は、どちらも寂しい。
あの、へそ娘達のフニャフニャは、
あまり進展していないらしい。
「にょんにょん……」
「くゆゆ……」
「……やれやれ。入らせてもらうぞ?」
部屋のドアは小さいが、天井は高さがあるはずだ。
子供が遊具の家に入るように、
身を屈め、くぐり抜ける。
足を折り曲げながら、入った。
ギシシ……ギシシ、
キィ────パタン……。
「……アンティ、マイスナ。いるか──」
風呂の音はせん。
やれやれ、起きていればいいが。
ズシリ……。
ズシリ……。
腰に負担がかかる体勢で進む。
小さな2匹は、俺に踏まれないように、
上手に、とたとたぴょんぴょん、追従する。
まぁ、それほど広くない部屋だ。
ベッドなんざ、すぐに見える。
おおよそ、キッティに聞いた通りの格好で、
娘っ子たちは、ふて寝していた。
「…………」
「…………」
「…………どっこい、」
ギシッ──……、ドシ、ン。
─────せっ、と……。
あぐらをかいて、座る。
「………」
「「……」」
ベッドからは2メルほど離れている。
俺は寝ている彼女たちを正面に捉えないよう、
体の向きをずらして座っている。
明後日の方向を向きながら、話しかけた。
「何があった」
「「……」」
しゃべらん。
くそ、石鹸の香りがする。
ここは、俺のようなオッサンには場違いな場所だ。
「……目的は、はたせたのか?」
「「……」」
反応なし、か……。
同時に落ち込まずに、
互いに励まし合えば良いだろうに……。
むぅ……。ドンドン炭鉱の異変は、
まず間違いないなくコイツらだろうが、
今は────……。
「エメラルドは、ドロップしたか」
「「……っ、」」
妙な、反応だった。
ベッドの方から、
二人の身体が、よじれる気配がした。
「………」
「「……」」
……やれやれ。
「……手に入れているなら、良い。もし手に入れていないのなら、声をかけろ。都合できるやもしれん。どうしても無理なら……無しで造っても良い」
「「…………」」
何があったかは、全くわからん。
だが……思ったより厳しそうだ。
15の娘っ子たちに、力ずくで吐かせるわけにも──、
あ、コイツら俺より強いわ。
「はぁ……やれやれ」
独身のオッサンには、少々、荷が重いか……。
立ち上がり、帰ろうとする。
「魔石って」
「……!」
急にしゃべりかけられる。
「魔石って……まもの……からしか取れないワケじゃ、ないですよね……」
……?
「……ああ。もちろん炭鉱で採取する物も存在する。が、原則は魔物が保有する魔石の方が、流路が発達しているからな……。高値で取引されやすいのは魔物由来の物だ」
「……」
このへそ出し娘は、何故、そんな事を聞く?
「…………」
「…………」
よし……待て、ヒゲイド。
シンプルに考えろ。
答えは、こうだ──。
「……お前らは、"魔物の魔石"を使いたくないのか?」
「「……っ! 、……」」
ベッドの上で、膝を抱くように縮こまった。
金と銀が、綺麗に左右対称になりやがる。
ショートパンツと、ワンピース。
やれやれ……核心をつっついたようだ。
「何故だ。教えろ……」
「「……、……」」
ふむ……帰るのはやめだ。
「アンティ。答えるまで、動かんぞ」
「「……」」
どっかりと腰を、下ろし直す。
──数十秒の沈黙────。
「……いやだな、……って思ったんです」
「何故だ」
「魔物から……抜き出した物を、道具に使うのって、なんか……」
「……」
コイツらが男なら、胸ぐら掴んで酒場に連れ込む。
が、そうはいかんので、じっと待つ。
「いやなかんじがする」
次は、マイスナが答えた。
「いっしょうけんめい生きた証を、利用するのが……、可哀想……」
俺は、目を丸くした。
もしや。
いや、まだ俺の勘違いかもしれん。
確認する。
「アンティ。お前も、そう思うのか」
「……」
……。
「はい……」
俺は目をつぶった。
「……俺は、わからん。わからんが……」
結論づける。
「魔物に、情がわいた、か?」
「「 ──…… 」」
この沈黙は、肯定だった。
横には、うさ丸とカンクルが静かにしている。
……。
「はぁ……」
バカ娘どもめ。
「……エメラルドは、手に入れている。そうだな?」
「「ぅ……」」
本当に、やれやれだ。
コイツらは……。
「「……」」
(まだ、三ヶ月か……)
心優しいのだろう。
普通の、娘なのだ。
力だけが、有り余ってしまって。
(かわいそう、と来たか……)
だからそう、結論づけてしまう。
だが、それは────、
( 違う…… )
──────違うのだ。
──ギシッ。
俺は、立ち上がった。
ズシンズシンと、ベッドに近づく。
────ガッ。
「「っ……」」
金と銀の頭をわし掴み、
少し乱暴に……多少は気を使って、上半身を起こさせる。
ふたりの髪は、何故か繋がっていた。
「……」
「……」
「可哀想に、なったのだな?」
まったく……なんて顔してんだ。
絹のような髪と、宝石のような目。
二人は塞ぎ込んでいたが、
今は、辛うじてこちらを見ている。
(仕方が、ないか──……これしか、思いつかん)
────俺は、拳を振り下ろした。
────ガンッ。
────ゴンッ。
「「──ッッ!?」」
かなり、手加減した。
でもまぁ、多少は痛かろう。
はぁー、と息を吐き、
俺は小さなベッドに、チコンと腰掛ける。
──ギシシシ……ッ、べキキッ……。
「……ッッ、!?」
「……、!? ……むっ?」
いきなり、ゲンコツ食らうとは、
コイツらも思っていなかったのだろう。
すぐ横で、アンティとマイスナは頭を押さえ、
ポッポ鳥がビーンズショットを食らったように、
目をまん丸にして俺を見ている。
さて、どうするか……。
「……おい、アンティ」
「ぃ、ひゃいッ」
「メシを出された時……、一番やってはいけない、失礼な事はなんだ?」
「は、ぃ?」
……。
「え……ぇ? えっ、、、と……??」
「いいから、答えろ……」
「たっ、食べない、事……?」
「ふぅ────……」
う────ん。
う────ん。
どうしよう。
考え無しに、殴っちまったし。
でも、こればっかりはなぁ……。
「あの、、、ヒゲイド、さん……?」
「あたまいたぃ……」
あ──めんどくせ。
俺みたいな出生のヤツが、
なーんで、こんな説教をせねばならんのか……。
「おまえらは、本当に、やれやれだな……」
「あ、あの……?」
「やっ……やれやれちがうもん」
ベッドに腰掛ける俺の目線は、
藍色に染まる窓に向けられている。
夜の始まりの色。
そろそろ街の親たちが、
子供を寝かしつける頃─────。
それは、優しい子守唄か。
はてさて、または御伽話か。
「アンティ、マイスナ。
…………俺が、なぜ冒険者になったのか、教えてやる」
「「 へ っ …… ? 」」
な、なんだ、その顔は……。
「な、なして、ですか……?」
「話が、みえない……」
「ふん……」
えぇい、どうとでもなれ。
今日は、ギルマス大暴露会だ。
なぜ、Aランク冒険者が、
こんな所で独身になっちまったか────。
「昔、俺はな──魔石に憧れたのだ」
「「 ……! 」」
軋むベッドに腰掛け、肘をつきながら。
俺は、自分の昔話を始めるのだった。










