第15話:共犯者の指先
斗亞と別れた紗莉菜の足取りは、放課後を楽しむ学生そのものだった。
彼女が向かったのは、駅とは反対方向にある、立ち入り禁止のテープが形ばかりに貼られた旧校舎。
優恵が生前、周囲の目を避けて読書に耽っていた彼女たちの『秘密の場所』だ。
ギィ、と古びた扉を押し開ける。
埃の舞う放課後の教室には、夕日が残酷なほど長く伸びていた。
「……さてと。お仕事、お仕事」
紗莉菜は鼻歌まじりに、教卓の上にバッグを置いた。
中から取り出したのは、一台の薄型のタブレット端末だった。
警察が現場で回収した、橘優恵のスマートフォン。
彼女が自ら優恵の遺体の上に放り捨てたその端末は、今頃警察の鑑識課で解析されているはずだ。
だが、優恵がその端末でログインしていたSNSや日記アプリは、このタブレットともクラウドを通じてリアルタイムで繋がっている。
彼女は迷いのない手つきで画面を開く。
そこには、優恵が死の間際まで綴っていたはずの『裏垢』のログイン画面が残っていた。
「ダメだよ、お姉ちゃん。こんなに斗亞さんのことばっかり書いてたら、警察の人たちが気づいちゃうじゃない」
紗莉菜は淡々と、優恵が生前に残していた下書きや、非公開設定の投稿を精査し始めた。
警察は現場の携帯を見て『優恵が自ら綴った絶望』を読み取っている。
だが、その絶望の濃度を書き換え、警察が「これは嘱託殺人だ」と信じ込むように誘導しているのは、今この場所で画面を叩いている紗莉菜だった。
彼女は、以前優恵から「万が一の時は中身を整理して」と託されていたパスワードを使い、優恵のタイムラインに『最後の一片』を書き加えた。
『さようなら。わがままを聞いてくれたあの日、世界で一番幸せでした』
それは、斗亞と会っていた夜の投稿として、正確に投稿時間を偽装されたものだった。
「これで、お姉ちゃんの物語は完成……斗亞さんが殺したお姉ちゃんを、私が“悲劇のヒロイン”として守ってあげる」
紗莉菜の瞳には、一切の迷いも罪悪感もない。
彼女にとって優恵は『お姉ちゃん』であり、自分を理解してくれる人だった。
だからこそ、その死を汚さないために、彼女を殺した斗亞《繞》を『冷酷な殺人者』ではなく、『彼女の最後の願いを叶えた救済者』へと仕立て上げようとしている。
警察が現場の携帯を信じれば信じるほど、斗亞の罪は『愛ゆえの嘱託』へとすり替わり、真実の追求は霧の中に消えていく。
「お姉ちゃん。斗亞さんね、今すっごく困ってるよ……でも大丈夫。私が、斗亞さんのことも守ってあげるから」
紗莉菜はタブレットを閉じると、それを丁寧にバッグの奥に隠した。
彼女の目に涙はない。あるのは、完璧なパズルを組み上げた後のような平熱の充足感だけだった。
夏の夕暮れ時――彼女の幼い輪郭は、まだ色を残す残照と深く伸びる影の境目で、ゆっくりと曖昧になっていった。
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