表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎繞(クロマト)グラフィー ―愛と殺意の同一性―  作者: 柊ソラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/24

第14話:白昼の境界線



 国立研究機関より少し離れた小さな公園は、平日の昼下がりともなれば人気もなく静まり返っている。

 斗亞は自動販売機で買ったブラックコーヒーを一口飲み、夏の生ぬるい空気とともに肺の奥へと落とし込んだ。


 カフェインの苦みが、ささくれ立った神経をわずかに鎮めてくれた。


 警察の捜査は、予定通り『不審死』、あるいは『嘱託殺人』の線へと流れ始めている。

 ひとまずは静観すべきだ――そう自分に言い聞かせ、日常を演じ続けようとしていた時だった。


「……何してるんだ、お前」

 視線の先、ベンチの端に腰掛け、所在なげに足を揺らしている影があった。

 陽光を反射する制服――そして、こちらを試すようにじっと見つめる底の知れない瞳。


「どうして、君がここにいる。平日の昼間だぞ、学校はどうした?」

 斗亞が歩み寄ると、『紗莉菜』はゆっくりと顔を上げた。

「……さぁ、どうでしょ。行きたくなかったから……ただ、それだけです」


「相変わらずだな。ここは子供が遊びに来るような場所じゃない。それに、君は……」

 斗亞は言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 橘優恵と桐崎紗莉菜は従姉妹同士だ。

 紗莉菜は幼い頃から優恵を『お姉ちゃん』と呼び、親しく接していたはずだった。

 身近と言える人間を亡くしたばかりの少女が、なぜ平然とその『実行犯』である自分の前に現れることができるのか。

 『制御の効かない欲』を抱えている茅野斗亞でさえ、理解に苦しんだ。


「お姉ちゃんが死んじゃって、みんな泣いてますよ。お葬式も、凄く“綺麗”でした」

 紗莉菜は他人事のように淡々と、言葉を連ねた。

 そこには悲しみも、怒りも、喪失感すらも存在しない。

 ただ、起きた事実を朗読するかの如く報告しているだけの、平坦な響きだった。


「……君は、悲しくないのか?」


「悲しい? どうしてですか。お姉ちゃんは、あのまま生きてても、ずっと“橘優恵”っていうお人形を演じ続けるだけだった。斗亞マトさんが、その見えない糸を切ってあげたんでしょう?」

 紗莉菜は立ち上がり、斗亞に一歩近づいた。

「……良かったね、お姉ちゃん。そう思っただけです。だから、斗亞さんには感謝してるんですよ。あんなに退屈そうだったお姉ちゃんを、あんなに“特別”なものにしてあげたんだから」


 その純粋ゆえの狂気に、斗亞は眩暈めまいに似た感覚を覚えた。

 自分は優恵を『終わらせた』。

 だが、この少女はそれを『祝福』と呼んでいる。


「はっ、何をふざけたこと言ってんだよ……あれはただの本能のたどり着いた結末だよ。そこの感情にお前ら姉妹きょうだいが介在する隙はないんだよ」

 表層に這い出てきた繞が、眼光を鋭く、目の前の紗莉菜を一瞥いちべつする。


「あはっ、それ……ホントに、いいですね。すごく身勝手で憧れます。あと、兄弟じゃなくて従兄弟ですよ。まっ、その人はもういないんで、覚えなくてもいいですけど」


「……チッ」

 目の前の女にどんな言葉も全肯定の材料になるだけと知ると、繞は再び斗亞という器の深層に潜った。


「……帰れ、紗莉菜。二度とここに来るな。僕と君の間に、これ以上共通の話題はないはずだ」


「言われなくても帰りますよ……あ、そうだ。斗亞さん」

 紗莉菜は去り際、悪戯っぽく肩越しに振り返った。

「あの女の人、斗亞さんが思ってるよりずっと“悪い人”だから……私のことは、お姉ちゃんみたいに上手く“片付け”られないと思いますよ?」

 彼女はそれだけ言い残すと、軽やかな足取りで駅の方へと消えていった。


 あの女の人――紗莉菜が誰のことを指しているかはわからない、だが斗亞にはとある人物が結びつく。



 紗莉菜は悲しんでいないのではない。

 彼女にとって、人の死という不可逆な現象は『興味の対象』ですらないのだ。

 その絶対的な虚無こそが、斗亞にとって、警察よりも記者よりも恐ろしい『綻び』だった。






ご覧いただきありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたなら、ブックマークや評価をいただけると執筆の励みになります。

よろしくお願いします。


※本作は毎週水曜日・土曜日の20:20頃に更新予定です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ