【絢音】共演するワルツ【瞳中の夢】
絢音は一度、深く息を吸い込んだ。
そして静かに、キャラクターを操作して劇場の中へと踏み込む。
ステージに足を乗せて間もなく――
床を這い回るような、異様に速い音が響いた。
予想通りだ。
ダーク・ツイスターが姿を現した。
それは重厚な木扉に張り付き、首を異様な角度に曲げて星野光を見下ろしていた。
その視線には、どろりとした底知れぬ悪意が満ちていた。
「来たか……」
次の瞬間、ツイスターは床へと落下した。
わざと威圧するように、ゆっくりと。
刃のように細長い四肢を引きずりながら、じりじりと星野光へ迫ってくる。
奴が客席の中央まで差し掛かったその時、背後の木門が重低音を響かせて閉ざされた。
「ご武運を」
扉の向こうで、リリが優雅に一礼する。
ツイスターは即座に振り返り、扉へ飛びかかったが、
遅い。
鈍い衝突音とともに弾かれ、扉には鋭い爪痕だけが刻まれた。
ドンッ!!
重々しく閉ざされる音が、
まるで開演の合図のように響く。
逃げ場は、もうない。
理解した瞬間、ツイスターは耳障りな高鳴りを上げ、
一直線に、舞台上の星野光へと襲いかかった。
ツイスターの四肢から放たれる刃が、空中に幾重もの円弧を描く。
四肢が振るわれるたび、空間そのものが裂けるようだった。
対する二刀流の星野光もまた、
双剣を旋回させながら正面から迎え撃つ。
初撃。
それはまるで、巨斧が振り下ろされるかのような一撃。
ステップで回避。
着地の慣性をそのまま利用し、反転加速して繰り出される第二撃。
それはまるで獲物を狙う飛鳥のような速さ。
パリィで弾き返す。
弾かれた勢いを殺さず、さらに身体を捻って放たれる第三撃。
雷光のような、苛烈な突進。
再び、弾く。
ついにツイスターがバランスを崩した。
その異形な身体が大きくのけ反り、無防備な隙をさらけ出す。
「今です!」
絢音は好機を逃さず、一気に間合いを詰めて刃を叩き込んだ。
重撃。
迅斬。
旋殺。
それはまるで、三拍子のワルツ。
二者は舞台の上で火花を散らし、激突しながら、まるで共演するかのように舞う。
順調に、だが確実に、敵のHPゲージが削られていく。
「ギィィィィィィッ!!」
体力が半分を切った瞬間、
ツイスターが絶叫した。
内部から、不気味な軋み音が上がる。
次の瞬間、歪んだ身体から無数の棘が爆ぜるように突き出した。
黒い液体が血のように舞台へと広がる。
天窓から差し込む光。
どこからともなく、かすかな歌声。
そして、
舞台上の楽器が、黒に染まる。
ピアノ。
ヴァイオリン。
パイプオルガン。
まるで伴奏のように、三つが同時に鳴り響いた。
最初は、ピアノ。
鍵盤が鳴ると同時に、床へ黒い円環が浮かび上がる。
「何これ……?」
だが絢音は冷静に距離を取る。
直後、
黒い影の中心から、漆黒の槍が突き上がった。
三度の攻撃を凌ぐと、ピアノの音が止む。
今度は、天井から。
上半身だけのツイスターが這い出し、首を異様に伸ばす。
蛇のように、星野光へ噛みつく。
回避。
そして一閃。
斬られたツイスターは絶叫し、頭を引っ込めて天井へ消えた。
黒く染まっていたピアノは、やがて色を失い、蒼白へと戻る。
続いて、ヴァイオリン。
弓が振るわれるたび、無数の斬撃が生成される。
四方八方から、星野光へ殺到。
「危なっ……!」
回避するたび、斬撃は増えていく。
混乱しながらも三波を凌ぎ切ると、
弦が弾け、音は途切れた。
その隙を逃さず、ツイスターへ二撃。
ヴァイオリンもまた、色を失う。
そして最後は、パイプオルガン。
低く重厚な共鳴が響き、
今まで以上に巨大な黒い円環が浮かび上がる。
「ピアノの時より少ない……避けられる!」
だが、攻撃は来ない。
一拍の、空白。
「やばッ!?」
ドンッ!!
全ての円環が同時に炸裂し、黒い衝撃が噴き上がる。
その“溜め”の一瞬。
それが致命的だった。
かすっただけで、HPの八割が消し飛ぶ。
「危なっ……!」
慌てて回復薬を叩き込み、辛うじて三セットの攻撃を回避。
ダメージを蓄積させたツイスターが、哀れな鳴き声を上げて地面へと落下した。
「ギィッ!」
よろめきながら立ち上がると同時に、全身から棘を爆ぜさせて距離を取る。
右腕が変形し、鞭状の刃となる。
舞台裏から一つのギターケースを巻き取った。
その中から楽器を取り出し、最後の足掻きをしようとする。
「させるか!」
星野光が踏み込む。
一刀目――腕を断つ。
二刀目――そのまま身体を貫く。
決着。
ツイスターは、天窓から降り注ぐ光を見上げた。
残された左手を、何かに縋るように伸ばす。
しかし、その手が何かを掴むことは、最後までなかった。
そのまま、異形は灰白色の石像へと化す。
棘に覆われたその姿は、まるで孤独に佇むサボテンのようだった。
【歪みの印 ×1】
「……もう、安らかに眠ってな」
絢音は少しだけ複雑な表情でそれを見つめた。
やがて視線を、隣のギターケースへ向ける。
「これって……もしかして」
確信に近い予感。
『灰燼から燃え上がる天使の歌』において最重要アイテムとも言える存在。
演奏用のギター。
【ギター入りケース ×1】
:天使たんのギター!?
:それしかないよね!
「勝利、おめでとうございます」
扉が開き、リリが入ってくる。
「歪みの印は手に入りましたか?
それをナイア様にお渡しすれば、さらなる力を授かれるはずです」
「つまり……スタンプみたいなやつ?」
絢音はすぐさまカフェへ戻り、二階へ駆け上がる。
「おかえり。おや、これを手に入れたのですか」
ナイアは一目見て、納得したように頷いた。
「手帳を出して」
星野光は言われるまま手帳を取り出す。
「あなたの旅に、ほんの少しの加護を」
ナイアが刻印を手に取り、
そっと、ページに押し当てた。
刻印が黒い光の粒子となってページに溶け込み、歪なサボテンの紋様を刻んだ。
「これって……!?」
ステータスが変化する。
HP:50 ×2
攻撃:15 ×2
防御:15 ×2
「数値が5も上がってる! 強っ……強すぎるよ!」
中ボス一体で、この強化量は破格だ。
絢音は思わず感嘆の声を上げた。
コメント欄もざわつく。
:そんなにくれるの?
:このゲーム、運営が神すぎるだろ
「よし! この勢いで、次は天使を攻略しに行くわよ!」
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