【絢音】後ろにいたもの、誰?【瞳中の夢】
新たなスキルを習得し、さらにキャラクターも強化された絢音が、彼女が真っ先にやることは
――当然、リベンジだった。
先ほど命を落とした場所へ戻ると、そこには五体の【蒼白のクロウラー】が徘徊していた。
地面には淡い蛍光を放つ「瞳」の紋章が浮き上がっている。
「よしっ!」
画面の中の星野光は〈石投げ〉を使い、クロウラーから少し離れた位置へ石を投げた。
最も近くにいた一体が、ぴくりと頭を上げ、音のした方向へと近づいていく。
一方、距離のある個体たちはまったく反応しない。
クロウラーが十分に離れたのを確認すると、星野光は双剣を振るい、一気に斬りかかる。
哀鳴とともに一体が倒れる。
しかし今回は、他のクロウラーが寄ってくることはなかった。
「ふふん、これなら楽勝だね」
同じ手順で次々と敵を各個撃破し、エリアを制圧する。
「そういえばこれ、何だろう?」
絢音は地面に残った瞳の形をした光をクリックしてみた。
【3小判を回収しました】
「なるほどね」
絢音は納得したように頷く。
ソウル系特有な死亡ペナルティだ。
瞳中の夢では、失った金銭を一度だけ回収できる仕組みらしい。
一回目は所持金がほぼゼロだったため、絢音は今の今までその仕様に気づかなかったのだ。
その後、新しい群れを見つけては「弾き(パリィ)」の練習を繰り返す。最初は空振ってダメージを負ったものの、リズムを掴んでからはほぼ無傷で勝てるようになっていた。
外郭エリアを掃除し終えた頃、道端に奇妙なオブジェを見つける。
「ん? これってバス停……?」
半分崩れかけた屋根に、錆びついたベンチ。それを見た瞬間、絢音の脳裏に懐かしい記憶が蘇る。
「バス停……『灰燼から燃え上がる天使の歌』のバス停に似てる」
(……懐かしいなあ)
当時を思い返し、ふと時間の流れを実感する。
あの作品でも、主人公はバス停で猫に出会った。
(……いろいろあったなぁ。歌奈ちゃんが倒れた時は本当に肝を冷やしたし、それに、結衣ちゃんの友達の……)
弥紗のことを思い出し、絢音は無意識に唇を尖らせた。
(でも、あの子のおかげで……少しだけ前に進めたんだよね)
(……あの日、瞳に告白されたし)
公園を染めた夕焼けを思い出し、絢音は配信中だというのに、ふにゃりと頬を緩めてしまった。
: 確かにあったね
: 猫いるのかな?
「いるかな?」
コメントに反応し、絢音はキャラをバス停へ向かわせる。
「……あ、いる!」
思わず声が弾む。
ベンチの上には、灰色の猫が気だるそうに寝そべっていた。
崩れかけた屋根が影を落とし、ちょうどその体を覆っている。
「色はちょっと違うけど……これ、オマージュだよね」
絢音がインタラクトすると、
星野光がそっと手を差し出すと、灰猫は鼻先を動かして匂いを嗅ぎ、甘えるように頬を手に擦り寄せてきた。
「かわいい!」
絢音のテンションが一気に上がる。
星野光はそのまま優しく猫を抱き上げた。
「お持ち帰り~!」
絢音は探索を切り上げ、猫を抱きかかえて拠点へと急いだ。
「星野様、お帰りなさい!」
月里の弾けるような声と、和真の驚いた顔が迎えてくれる。
「さすが星野様、こんなに早く猫を連れてきたんですね」
【猫をカフェに預ける】
選択を終えると、和真が手帳を開くよう促した。
灰猫が手帳のページにぽてりと肉球を押し当てると、その足跡が光り輝くスタンプへと変わる。
HP:45 ×3
攻撃:10 ×3
防御:10 ×3
「三倍!? どんどん強くなっていくじゃん!」
さらに月里から、小さなハンドベルを差し出した。
【帰郷の鈴 ×1】
「これは『出張キャンプ』を設営するための道具です。十分なスペースがある場所で鳴らせば、そこがあなたの休息地となります」
和真の説明によれば、キャンプは一つしか維持できず、新しい場所で鳴らせば古い方は消滅するという。
「え、好きな場所に篝火置けるってこと!?」
絢音は目を見開く。
「復活地点からボスまでが遠すぎる」そんなソウル系でよく不満に挙がる特有のストレスを解消する神仕様に、
絢音は目を輝かせた。
回復アイテムを購入し、
意気揚々とキャンプ設営へ。
外周街区と内側住宅区の境目で鈴を取り出す。
緑色の半透明の枠が表示され、必要なスペースが示される。
位置を決め、鈴を鳴らす。
画面が切り替わり、カフェの二階で読書をしていたナイアが顔を上げた。
彼女は手帳に描かれた小さなキャンプの絵に、万年筆で流麗なサインを書き込む。
再び光の視点に戻ると、そこには石造りの立派なキャンプが完成していた。
店番をしているのは、黒いボディアーマーに身を包んだ銀髪の少女、リリ。
もう片側には休憩用の石台と、静かに燃える篝火。
「星野様、お待ちしておりました」
リリとの会話を楽しみ、アイテムを整えていた、その時。
――カサッ
ほんのわずかに、背後の瓦礫が崩れる音。
突如、リリが銃を抜き、そこに向かって引き金を引いた。
――ダンッ!
「えっ……?」
絢音が慌ててカメラを回すと、一瞬だけ見えた。
角の影が少しだけ不自然に伸び、
何か細長いものが、恐ろしい速さで壁を這うように滑って消えた。
「……今のアレ、何?」
:今、何か黒いのが横切ったぞ。
:めちゃくちゃ速かったな。
「星野様……あれは、普通の個体ではありません」
リリの声が、わずかに低くなる。
「……くれぐれも、お気をつけください」
そこにはもう何もない。
ただ――
さっきまで無かったはずの「細い引っかき傷」が、壁に残っていた。
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