【絢音】何か、いい夢は見られましたか?【瞳中の夢】
戦闘にいく前に、絢音はまず店の兄妹に話しかけることにした。
「星野様、ご用件でしょうか?」
月里が弾けるような笑顔で駆け寄り、隣では和真が穏やかな笑みを浮かべている。
画面には二つの選択肢が表示された。
【商品を購入】
【会話】
画面の中の、メイド服を着たポニーテールの少女を見つめながら、
絢音は少し複雑な気持ちになった。
結衣をモデルにしたキャラクターだと分かっているからだ。
(瞳のやつ……自分の妹にメイド服を着せるなんて、そういう趣味なの?)
ぶつぶつと内心で毒づきながらも、指先は【会話】を選択していた。
「星野様、ご存じですか?ここは昔、猫カフェだったんですよ」
月里は両手を背中で組み、にこやかに言った。
その一言で、絢音の好奇心が刺激される。
確かに『ネコ待ちカフェ』では、
この兄妹は猫カフェを経営していた。
だが今の店内には、猫の姿が一匹も見えない。
「でも、猫はいないみたいだけど?」
星野光が首をかしげ、プレイヤーの疑問を代弁する。
「私たちがナイア様に見つかった後、私たちの記憶にあるカフェを再現して、ここを拠点として作ってくださったんです」
「再現? ナイアってそんなことまでできるの?」
絢音は驚きながらテキストを追う。
:まあ邪神様だしな。
:ナイア様様なら何でもあり
「まあ、それもそうか」
リスナーのコメントに、絢音も妙に納得してしまった。
「ただ、外観が同じなだけで、猫までは連れてこられなかったんです」
和真は首を振り、少し複雑そうに言った。
「それが良かったのか悪かったのかは、分かりませんけどね」
そして続ける。
「そこで、星野様に一つお願いがあります」
月里がぱんっと手を合わせた。
「もし外で猫を見かけたら、ここへ連れてきていただけませんか?」
【月里と和真が「猫探しクエスト」を依頼してきました】
【受ける】 【断る】
「これはもう、一択でしょ」
絢音は迷わず左側の選択肢をクリックした。
「ありがとうございます! お礼と言ってはなんですが、こちらを。道中の足しにしてください」
和真がいくつかのアイテムを差し出してくれた。
【回復ポーション ×5 を入手】
【小判 ×200 を入手】
準備を整え、星野光は店の大門を潜った。
カフェはこの都市の境界線に位置しており、その先は白い霧に覆われていた。
絢音はキャラクターをそちらへ歩かせてみた。
しかし、どれだけ進んでも白い霧が広がるだけ。
逆に振り返ると、数歩で都市の端へ戻ってしまった。
「なるほど、ここがマップの端か」
絢音はうなずいた。
一般的なゲームでよくある見えない壁よりも、
こういう表現のほうが好きだ。
どこかホラー映画のような美しさがある。
この旧都の建物をよく見ると、すべて現代建築の残骸のようだった。
ただし、なぜか色彩を失い、
死んだような蒼白な色に染まっている。
そしてこの死の都市には、
大量の灰色の人型の怪物が徘徊していた。
遠目からでも分かる。
浅灰色の皮膚に覆われた身体。
蜘蛛を連想させるほど細長い四肢を持っている。
ある者は柱の上にうずくまり、
漆黒の目で空を見上げているもの。
ある者は目的もなく、街を徘徊している。
「よし、じゃあ君に決めた」
絢音は群れから少し離れた一体を狙い、
弓で矢を放った。
命中した瞬間、
怪物の頭上にHPバーと名前が表示される。
【蒼白のクロウラー】
「へえ、この名前なんだ。確かに這いずる者って感じだね」
絢音は怪物の姿を改めて観察する。
その造形は、どこか有名な都市伝説の怪物を彷彿とさせた。
蒼白のクロウラーは甲高い叫び声を上げ、
高速で星野光へ這い寄ってくる。
絢音はすでに近接モードへ切り替え、
双剣を構えて迎え撃った。
初心者エリアの敵らしく、
三、四回斬るとクロウラーは悲鳴を上げて倒れた。
「正直、星野はこういうのちょっと苦手なんだよね」
絢音は苦笑する。
蜘蛛を連想させるからだ。
: 確かにキモい
: めっちゃ分かる
: しかも数が多そうなんだよな……。
クロウラーのHPが低いと分かり、
絢音はもう一体、少し離れた個体を狙う。
矢を節約するため、
今度は双剣で直接斬りかかった。
クロウラーが再び咆哮を上げる。だが今度は、何かが違った。
周囲にいた数体のクロウラーが呼応するように叫び、一斉に星野光を取り囲んだのだ。
「え、しまっ……!」
先頭の一匹を斬り伏せた瞬間、後方から迫ったクロウラーの爪が光の背中を裂いた。
一瞬の硬直。
そのわずかな隙に、飢えた怪物たちが見逃すはずもなかった。
後ろのクロウラーが口を大きく開き、噛みついた。
回復薬を飲む暇さえ与えられず、一瞬でHPがゼロになった。
【YOU DIED】
「え?」
絢音はまだ状況を理解できず、ただ浮かび上がる鮮紅の文字を見つめていた。
視界が急速に闇に溶けていく。怪物たちが周囲で咆哮する音だけが残る。
そしてその音も、徐々に遠ざかっていった。
暗転。
星野光が目を開けると、そこはカフェ二階のソファだった。
「おはようございます」
対面に座ったナイアが、唇に艶やかな笑みを浮かべて静かに語りかける。
「何か、いい夢は見られましたか?」
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