婚約者の王女に会う方法
「殿下のお声を、私が担当いたします」
朝一番、セドリックはそう言った。
「嫌な予感しかしないんだが」
「昨日、申し上げた策でございます」
「俺の声を他人に任せるって、そういう意味か」
「はい」
俺は腕を組んだ。
「で、お前が俺のふりをするのか?」
「いいえ。私は私のままです」
「……どういうことだ?」
「殿下のお言葉を、私が読み上げます」
セドリックは紙を一枚取り出した。
『エレノア殿下。本日はお目にかかれて光栄です』
「それ、俺が言ったことになるのか?」
「殿下からの伝言としてお伝えします」
「それじゃ面会じゃなくて、手紙の朗読会だろ」
「おっしゃるとおりです」
「認めるな!」
だが、ほかに案もない。
昼間はルシアン。夜はエレノア。
衝立で顔を隠しても、身体は一つしかない。
「神殿にはどう説明する?」
「王子殿下は夜間の外出を控えておられるため、まずは侍従を介してお言葉を交わす、と」
「それで許可が下りるか?」
「昨日、担当官に相談したところ、たいへん好意的でした」
「もう相談したのか!」
「『直接会うのが怖いお二人には、ちょうどよい段階ですね』と」
俺は天井を見上げた。
いつの間にか俺は、自分に会うのが怖い男になっていた。
◇
午前中、俺はセドリックと一緒に伝言を考えた。
「まず挨拶だな」
「はい」
「『お元気ですか』」
「ご体調は医官が確認済みです」
「そういうことじゃない!」
「では、『お変わりありませんか』で」
「俺は毎日変わってるけどな」
「そこは触れない方向で」
珍しく、セドリックのほうから秘密に配慮した。
次に、趣味の話になった。
「エレノアの趣味って何だ?」
「殿下の趣味でよろしいのでは」
「剣術と乗馬か」
「王女殿下は、夜間に乗馬なさいますか?」
「……しないな」
「では、読書など」
「最近読んでるの、宿舎の規則集だけだぞ」
「大変勉強熱心でいらっしゃいます」
「褒めるな。読まされてるんだ」
結局、俺たちは当たり障りのない文章を三枚も書いた。
俺が自分に言うための言葉を、俺が考えている。
こんな仕事をしている王子は、世界中探しても俺だけだろう。
「最後に一つ、殿下」
「何だ」
「王女殿下から質問があった場合、どうお答えいたしますか」
「俺がエレノアなんだから、質問しなければいいだろ」
「神殿の方が、お二人に質問を促すかもしれません」
「……それは困る」
「ですので、あらかじめお答えも用意しましょう」
「何を聞かれるかわからないのに?」
「何を聞かれても使える答えがございます」
「本当か?」
セドリックは真顔で言った。
「『その件については、改めてお話しできればと存じます』」
「……それ、答えてないだけじゃないか?」
「質問を受け止めたうえで、回答を保留しております」
「言い方を変えても答えてないだろ!」
◇
日没後。
エレノアの姿になった俺は、神殿の小さな応接室に通された。
部屋の中央には、大きな衝立が置かれていた。
向こう側には、セドリックがいる。
俺は衝立を見つめた。
神殿の担当官が微笑む。
「王女様。今日はお顔を合わせず、お言葉だけを交わしていただきます」
「はい」
「ルシアン殿下のお言葉は、侍従のセドリック殿が代読なさいます」
そこはちゃんと説明されている。
よかった。
「王女様も、緊張なさらずに」
「ええ、まあ」
「では、始めましょう」
衝立の向こうから、セドリックの声がした。
「『エレノア殿下。本日はお目にかかれて光栄です』」
俺は固まった。
自分で書いた文章なのに、他人の声で聞くと妙に恥ずかしい。
「……こちらこそ」
担当官が頷いた。
「素敵です。では、続けてください」
「『お変わりありませんか』」
「……はい。おかげさまで」
変わってる。
朝に身体が戻って夜にまた変わってる。
「『私も変わりなく過ごしております』」
俺は吹き出しそうになった。
嘘だろ。
お前、昨日から何も変わってないのか。
担当官は目を潤ませていた。
「なんて穏やかな会話でしょう」
そうだろうか。
俺は自分と天気の話をしている気分だ。
◇
「それでは、お二人に一つずつ質問していただきましょう」
来た。
午前中に心配していた展開だ。
担当官が俺を見た。
「まず、エレノア様から」
俺は考えた。
セドリックが答えやすくて、余計な問題を生まない質問。
「……ルシアン殿下は、最近よく眠れていらっしゃいますか?」
衝立の向こうで紙が動く音がした。
セドリックが答える。
「『その件については、改めてお話しできればと存じます』」
担当官が小さく息をのんだ。
「まあ……」
俺は嫌な予感がした。
「眠れないほど、王女様のことを考えていらっしゃるのですね」
いや、違う。
眠れないのは、毎朝の日の出が怖いからだ。
俺は笑顔を作った。
「……そうなのでしょうか」
「ええ、きっとそうですよ」
だったら本人に聞いてくれ。
……いや、本人はここにいるんだった。
俺は衝立を睨んだ。
向こうからは何も見えない。
セドリックの顔も見えない。
たぶん、いつもの無表情だ。
「では次に、ルシアン殿下からの質問を」
セドリックが用意した紙を読み上げた。
「『王女殿下は、今のお暮らしで何かお困りのことはありませんか』」
俺は即答した。
「あります」
担当官が身を乗り出す。
「どのようなことでしょう?」
「部屋の移動が面倒で、毎朝――」
言いかけて、止まった。
危ない。
あと少しで、二人分の生活をしていると白状するところだった。
「……毎朝、起きるのが大変で」
担当官が微笑んだ。
「やはり朝が苦手なのですね」
「はい」
「ルシアン殿下は、王女様のお困りごとを解決したいとお考えなのでしょう」
衝立の向こうからセドリックが答えた。
「『その件については、改めてお話しできればと存じます』」
またそれか!
さっきからなにも答えてないじゃないか!
「……ルシアン殿下は、とても慎重な方なのですね」
俺は頬を引きつらせながら微笑んだ。
「ええ。慎重すぎて、たまに困ってしまいます」
「まあ! もうそんなにお互いを理解していらっしゃるのですね」
違う。
俺は自分の侍従に文句を言いたいだけだ。
◇
面会が終わった。
担当官は満足そうだった。
「本日のやり取りは、両国の担当者へ報告いたします」
「……どういう報告になるのでしょう」
「お二人は大変相性がよく、王女様も王子殿下に遠慮なくお気持ちを伝えられる、と」
遠慮がないのは確かだ。
相手が俺だからな。
「次は、ぜひご本人同士で」
俺は笑顔のまま固まった。
やっぱり、そこに戻るのか。
「……焦らず進めたいと思います」
「もちろんです。ですが、今日の成功を踏まえて、一つ提案がございます」
「提案?」
「次回は、衝立を取り払いましょう」
「待ってください!」
「もちろん、いきなりお顔を合わせるのではありません」
担当官は嬉しそうに続けた。
「王子殿下のお席は空けたまま、侍従殿が引き続きお言葉をお伝えします。まずは同じ空間に慣れるところから」
俺は少しだけ安心した。
それなら、まだ何とかなる。
「その次に、ご本人をお招きしましょう」
安心した分だけ、落差がひどい。
◇
翌朝。
「殿下。昨日の面会は成功と評価されました」
セドリックが報告した。
「成功か……」
「はい。神殿は、段階的に面会を進める方針です」
「お前の策で一日稼げたわけだな」
「左様でございます」
「でも、結局は本人同士を会わせようとする」
「はい」
俺は腕を組んだ。
「……なあ、セドリック」
「何でしょう」
「これ、俺がどれだけ頑張っても、最後は無理じゃないか?」
セドリックはすぐには答えなかった。
少しだけ、表情が変わった。
「殿下。面会を避け続けることと、婚約を進めることは、いつか両立しなくなります」
「……だよな」
「ですので、次は面会の方法ではなく、婚約の条件そのものを考えるべきかと」
俺は顔を上げた。
「条件?」
「はい。お二人が直接会わなくても、協議を進められる条件です」
俺はしばらく考えた。
面会を断るたび、代わりの面会方法が増えていく。
それなら、最初から面会しなくていい取り決めを作ればいい。
「……よし」
俺は椅子から立ち上がった。
「婚約条件くらい、俺に決めさせてほしい」
「それは、どちらの殿下のお立場で?」
「……両方だよ!」
セドリックは静かに頷いた。
「では、お二人分のご希望を伺います」
「だから、俺は一人だって!」
しかし、どうやら書類の上では、そうもいかないらしい。
俺は初めて、自分と自分の交渉を始めることになった。




