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9/11

婚約者の王女に会う方法

「殿下のお声を、私が担当いたします」


 朝一番、セドリックはそう言った。


「嫌な予感しかしないんだが」


「昨日、申し上げた策でございます」


「俺の声を他人に任せるって、そういう意味か」


「はい」


 俺は腕を組んだ。


「で、お前が俺のふりをするのか?」


「いいえ。私は私のままです」


「……どういうことだ?」


「殿下のお言葉を、私が読み上げます」


 セドリックは紙を一枚取り出した。


『エレノア殿下。本日はお目にかかれて光栄です』


「それ、俺が言ったことになるのか?」


「殿下からの伝言としてお伝えします」


「それじゃ面会じゃなくて、手紙の朗読会だろ」


「おっしゃるとおりです」


「認めるな!」


 だが、ほかに案もない。


 昼間はルシアン。夜はエレノア。


 衝立で顔を隠しても、身体は一つしかない。


「神殿にはどう説明する?」


「王子殿下は夜間の外出を控えておられるため、まずは侍従を介してお言葉を交わす、と」


「それで許可が下りるか?」


「昨日、担当官に相談したところ、たいへん好意的でした」


「もう相談したのか!」


「『直接会うのが怖いお二人には、ちょうどよい段階ですね』と」


 俺は天井を見上げた。


 いつの間にか俺は、自分に会うのが怖い男になっていた。


     ◇


 午前中、俺はセドリックと一緒に伝言を考えた。


「まず挨拶だな」


「はい」


「『お元気ですか』」


「ご体調は医官が確認済みです」


「そういうことじゃない!」


「では、『お変わりありませんか』で」


「俺は毎日変わってるけどな」


「そこは触れない方向で」


 珍しく、セドリックのほうから秘密に配慮した。


 次に、趣味の話になった。


「エレノアの趣味って何だ?」


「殿下の趣味でよろしいのでは」


「剣術と乗馬か」


「王女殿下は、夜間に乗馬なさいますか?」


「……しないな」


「では、読書など」


「最近読んでるの、宿舎の規則集だけだぞ」


「大変勉強熱心でいらっしゃいます」


「褒めるな。読まされてるんだ」


 結局、俺たちは当たり障りのない文章を三枚も書いた。


 俺が自分に言うための言葉を、俺が考えている。


 こんな仕事をしている王子は、世界中探しても俺だけだろう。


「最後に一つ、殿下」


「何だ」


「王女殿下から質問があった場合、どうお答えいたしますか」


「俺がエレノアなんだから、質問しなければいいだろ」


「神殿の方が、お二人に質問を促すかもしれません」


「……それは困る」


「ですので、あらかじめお答えも用意しましょう」


「何を聞かれるかわからないのに?」


「何を聞かれても使える答えがございます」


「本当か?」


 セドリックは真顔で言った。


「『その件については、改めてお話しできればと存じます』」


「……それ、答えてないだけじゃないか?」


「質問を受け止めたうえで、回答を保留しております」


「言い方を変えても答えてないだろ!」


     ◇


 日没後。


 エレノアの姿になった俺は、神殿の小さな応接室に通された。


 部屋の中央には、大きな衝立が置かれていた。


 向こう側には、セドリックがいる。


 俺は衝立を見つめた。


 神殿の担当官が微笑む。


「王女様。今日はお顔を合わせず、お言葉だけを交わしていただきます」


「はい」


「ルシアン殿下のお言葉は、侍従のセドリック殿が代読なさいます」


 そこはちゃんと説明されている。


 よかった。


「王女様も、緊張なさらずに」


「ええ、まあ」


「では、始めましょう」


 衝立の向こうから、セドリックの声がした。


「『エレノア殿下。本日はお目にかかれて光栄です』」


 俺は固まった。


 自分で書いた文章なのに、他人の声で聞くと妙に恥ずかしい。


「……こちらこそ」


 担当官が頷いた。


「素敵です。では、続けてください」


「『お変わりありませんか』」


「……はい。おかげさまで」


 変わってる。


 朝に身体が戻って夜にまた変わってる。


「『私も変わりなく過ごしております』」


 俺は吹き出しそうになった。


 嘘だろ。


 お前、昨日から何も変わってないのか。


 担当官は目を潤ませていた。


「なんて穏やかな会話でしょう」


 そうだろうか。


 俺は自分と天気の話をしている気分だ。


     ◇


「それでは、お二人に一つずつ質問していただきましょう」


 来た。


 午前中に心配していた展開だ。


 担当官が俺を見た。


「まず、エレノア様から」


 俺は考えた。


 セドリックが答えやすくて、余計な問題を生まない質問。


「……ルシアン殿下は、最近よく眠れていらっしゃいますか?」


 衝立の向こうで紙が動く音がした。


 セドリックが答える。


「『その件については、改めてお話しできればと存じます』」


 担当官が小さく息をのんだ。


「まあ……」


 俺は嫌な予感がした。


「眠れないほど、王女様のことを考えていらっしゃるのですね」


 いや、違う。


 眠れないのは、毎朝の日の出が怖いからだ。


 俺は笑顔を作った。


「……そうなのでしょうか」


「ええ、きっとそうですよ」


 だったら本人に聞いてくれ。


 ……いや、本人はここにいるんだった。


 俺は衝立を睨んだ。


 向こうからは何も見えない。


 セドリックの顔も見えない。


 たぶん、いつもの無表情だ。


「では次に、ルシアン殿下からの質問を」


 セドリックが用意した紙を読み上げた。


「『王女殿下は、今のお暮らしで何かお困りのことはありませんか』」


 俺は即答した。


「あります」


 担当官が身を乗り出す。


「どのようなことでしょう?」


「部屋の移動が面倒で、毎朝――」


 言いかけて、止まった。


 危ない。


 あと少しで、二人分の生活をしていると白状するところだった。


「……毎朝、起きるのが大変で」


 担当官が微笑んだ。


「やはり朝が苦手なのですね」


「はい」


「ルシアン殿下は、王女様のお困りごとを解決したいとお考えなのでしょう」


 衝立の向こうからセドリックが答えた。


「『その件については、改めてお話しできればと存じます』」


 またそれか!


 さっきからなにも答えてないじゃないか!


「……ルシアン殿下は、とても慎重な方なのですね」


 俺は頬を引きつらせながら微笑んだ。


「ええ。慎重すぎて、たまに困ってしまいます」


「まあ! もうそんなにお互いを理解していらっしゃるのですね」


 違う。


 俺は自分の侍従に文句を言いたいだけだ。


     ◇


 面会が終わった。


 担当官は満足そうだった。


「本日のやり取りは、両国の担当者へ報告いたします」


「……どういう報告になるのでしょう」


「お二人は大変相性がよく、王女様も王子殿下に遠慮なくお気持ちを伝えられる、と」


 遠慮がないのは確かだ。


 相手が俺だからな。


「次は、ぜひご本人同士で」


 俺は笑顔のまま固まった。


 やっぱり、そこに戻るのか。


「……焦らず進めたいと思います」


「もちろんです。ですが、今日の成功を踏まえて、一つ提案がございます」


「提案?」


「次回は、衝立を取り払いましょう」


「待ってください!」


「もちろん、いきなりお顔を合わせるのではありません」


 担当官は嬉しそうに続けた。


「王子殿下のお席は空けたまま、侍従殿が引き続きお言葉をお伝えします。まずは同じ空間に慣れるところから」


 俺は少しだけ安心した。


 それなら、まだ何とかなる。


「その次に、ご本人をお招きしましょう」


 安心した分だけ、落差がひどい。


     ◇


 翌朝。


「殿下。昨日の面会は成功と評価されました」


 セドリックが報告した。


「成功か……」


「はい。神殿は、段階的に面会を進める方針です」


「お前の策で一日稼げたわけだな」


「左様でございます」


「でも、結局は本人同士を会わせようとする」


「はい」


 俺は腕を組んだ。


「……なあ、セドリック」


「何でしょう」


「これ、俺がどれだけ頑張っても、最後は無理じゃないか?」


 セドリックはすぐには答えなかった。


 少しだけ、表情が変わった。


「殿下。面会を避け続けることと、婚約を進めることは、いつか両立しなくなります」


「……だよな」


「ですので、次は面会の方法ではなく、婚約の条件そのものを考えるべきかと」


 俺は顔を上げた。


「条件?」


「はい。お二人が直接会わなくても、協議を進められる条件です」


 俺はしばらく考えた。


 面会を断るたび、代わりの面会方法が増えていく。


 それなら、最初から面会しなくていい取り決めを作ればいい。


「……よし」


 俺は椅子から立ち上がった。


「婚約条件くらい、俺に決めさせてほしい」


「それは、どちらの殿下のお立場で?」


「……両方だよ!」


 セドリックは静かに頷いた。


「では、お二人分のご希望を伺います」


「だから、俺は一人だって!」


 しかし、どうやら書類の上では、そうもいかないらしい。


 俺は初めて、自分と自分の交渉を始めることになった。

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