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婚約者が王女に会えない理由

「お相手の、どのようなところをお慕いですか」


 神殿から派遣された聞き取り役の女性は、実に穏やかな笑顔でそう尋ねた。


 俺はその笑顔が怖かった。


「……まだ婚約が決まったわけではありませんよね?」


「はい。ですから、お気持ちを確認しております」


「気持ちが決まっていない場合は?」


「そのように記録いたします」


 助かった。


「では、まだよく存じ上げないので――」


「ですが、ルシアン殿下」


「はい」


「お会いしたこともないエレノア様へ、『機会があれば、お話しできれば』とお手紙を出されたそうですね」


 俺はセドリックを見た。


 部屋の隅に控える侍従は、まっすぐ前を向いていた。


 俺の曖昧な一文が、神殿では立派な求愛の言葉になっている。


 なぜ誰も止めてくれなかった。


「あれは、礼儀として」


「なるほど。礼節を重んじる方への礼儀なのですね」


 聞き取り役はさらさらと何かを書いた。


「では、お相手の魅力は『礼節を重んじるところ』でよろしいですか?」


「いや、それは俺の話です!」


「では、エレノア様のどのような点を?」


 俺は考えた。


 エレノアの長所。


 金髪。聖印。夜になると現れる。


 最後の一つは長所ではない。


「……困っている人を放っておけないところ、でしょうか」


 困っている人とは俺だ。


 夜になっても書類を片づけ、衣装を整え、昼の自分が残した問題を処理している。


 考えてみれば、なかなか献身的ではないか。


「素晴らしいですね」


 聞き取り役が微笑んだ。


「どなたかから、そのようなお話を?」


「まあ、身近なところで」


「なるほど。直接お会いになれなくても、王女様の人柄は伝わっているのですね」


 俺は曖昧に頷いた。


 自分の人柄を自分から聞いているんだが。


     ◇


 その夜。


「お相手の、どのようなところをお慕いですか」


 同じ女性が、同じ質問をした。


 今度は俺がエレノアだ。


「……ルシアン殿下の、ですか?」


「はい」


 俺は昼の自分を思い出した。


 寝坊する。


 靴を間違える。


 自分で書いた手紙を、あとから取り消そうとする。


 ……駄目だ。


 思い出すほど、褒めるところが減っていく。


「誠実な方だと思います」


 苦し紛れに言った。


「まあ!」


 聞き取り役が目を輝かせた。


「どのようなところから?」


「……嘘をつくのが、あまり得意ではないところです」


 実際、最近の俺は嘘をつくたびに騒ぎを大きくしている。


 つまり、嘘が下手なのは間違いない。


「それは、誠実さの表れですね」


 聞き取り役は嬉しそうに書き込んだ。


 俺は少しだけ罪悪感を覚えた。


 褒めたつもりで、悪口を言ってしまった気がする。


「ちなみに、王女様。ルシアン殿下とは、まだお会いになっていないのですよね?」


「はい」


「それなのに、そこまでよくご存じとは」


 しまった。


「……噂で聞きまして」


「どなたから?」


「ええと……セドリックさんから」


 扉の近くに控えていたセドリックが、わずかに顔を上げた。


 すまん。


 今、初めて聞いたという顔をするな。


「なるほど。お二人は、侍従を通じて互いを理解していらっしゃるのですね」


 聞き取り役は満足そうに頷いた。


 理解しているというか、同一人物なんだが。


     ◇


 翌朝、セドリックが報告書を持ってきた。


「両殿下の聞き取りが終わりました」


「終わったな。もう何も聞かれないよな?」


「結果が大変好評です」


「……嫌な予感がする」


「『互いの外見や地位ではなく、内面に魅力を感じている』との評価です」


「待て。俺、そんな立派なこと言ったか?」


「王子殿下は『困っている人を放っておけない』、王女殿下は『嘘が得意ではない』と」


「それを並べると、何だか俺がひどく不器用な人間に見えるな」


「正確な評価かと」


「そこは否定しろ!」


 セドリックは報告書をめくった。


「さらに、神殿はお二人の間に一つの課題があると判断しました」


「課題?」


「面会の実績がないことです」


「今さら!?」


「好意的な評価が得られたため、かえって不自然に見えるそうです」


 俺は椅子にもたれた。


「会ってもいないのに、どうしてそこまで相手を知っているのか、ってことか」


「はい」


「……まあ、そうなるよな」


 俺は自分で自分の首を絞めていた。


「そこで神殿から提案がございます」


「面会だろ。知ってる」


「いえ。今回は面会を見送る理由を、正式に確認したいそうです」


「……理由?」


「お二人がこれほど互いを思いやっていながら、なぜ会えないのか。両国の使節に説明できる形で整理したい、と」


 俺は固まった。


 面会できない理由。


 それは簡単だ。


 俺とエレノアが同じ人間だから。


 ただし、その理由だけは絶対に言えない。


「……忙しいから、では駄目か?」


「王女殿下は夜間、王子殿下は日中に活動される。予定の調整が難しいことは、すでに伝わっております」


「じゃあ、それでいいだろ」


「神殿は、両者が少しずつ予定を調整すれば解決できると考えております」


「調整して解決するなら、とっくにやってる!」


「まったくです」


 珍しくセドリックが同意した。


 俺は少し嬉しくなった。


「……お前もそう思うか」


「はい。予定の問題ではございません」


「そうだろ!」


「存在の問題です」


「声が大きい!」


 俺は慌てて扉を見た。


 幸い、誰もいない。


 セドリックは平然としている。


「ご安心ください。廊下には誰もおりません」


「そういう問題じゃないんだよ……」


     ◇


 昼過ぎ、俺は神殿の担当官に呼ばれた。


「ルシアン殿下。お二人が会えない事情について、ご説明いただけますか」


「……どうしても、生活時間が合わないのです」


「承知しております。ですので、短時間でも結構です」


「短時間でも、難しいのです」


「では、ほんの一瞬でも」


 俺は言葉に詰まった。


 ほんの一瞬。


 それができれば、苦労はしない。


「たとえば、日没の直前に王子殿下がお越しになり、日没の直後に王女殿下がいらっしゃるのは?」


 担当官は善意で言っている。


 俺には、処刑の方法を提案されているように聞こえた。


「……それは、絶対に無理です」


「なぜでしょう?」


 俺は答えられなかった。


 担当官は少し考えてから、静かに言った。


「もしかして、王子殿下は……エレノア様とお会いになるのが怖いのですか?」


「え?」


「王女様も、きっと同じお気持ちなのかもしれません」


 俺は目を瞬いた。


「お二人とも、相手を大切に思うあまり、初めての対面を恐れていらっしゃる」


 違う。


 まったく違う。


 でも。


 それなら、説明がつくのか?


「……そういうことに、なりますかね」


 担当官は優しく微笑んだ。


「ご安心ください。無理にお会いになる必要はありません」


 俺は胸をなで下ろした。


 初めて、まともな人に会えた気がした。


「まずは、お二人が安心して対面できる方法を考えましょう」


 ……ん?


「方法?」


「はい。たとえば、お互いの顔を見ずにお話しするところから」


 俺は嫌な予感がした。


「顔を見ずに?」


「衝立を挟んで、同じ部屋でお話しするのです」


 俺は頭を抱えた。


 顔を隠しても、身体は二つにならない。


 なのに神殿は、また一歩、俺を俺に会わせる方法へ近づいていた。


     ◇


 宿舎へ戻ると、セドリックが待っていた。


「いかがでしたか」


「最悪だ。次は衝立越しに会わせるってさ」


「なるほど」


「なるほどじゃない!」


「では、衝立の向こう側に誰もいないことが問題ですね」


「当たり前だ!」


 セドリックは少し考えた。


「声だけでよろしいのであれば、手はございます」


 俺は顔を上げた。


「……本当か?」


「はい。ただし、準備が必要です」


「何を?」


「まず、殿下に一つ覚えていただきたいことがございます」


「何だ?」


「ご自身の声を、他人に任せる覚悟です」


 俺はしばらく黙った。


「……それ、どういう意味だ?」


「次回、ご説明いたします」


「今説明しろ!」


 セドリックは微笑んだ。


 この男が微笑むときは、だいたいろくなことが起きない。


 俺は確信した。


 次に俺の婚約者と会うのは、俺ではない。


 ……たぶん、それはそれで大問題だ。

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