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婚約者が王女に会いに来た

 朝、セドリックが一枚の紙を差し出した。


「殿下。神殿から、面会希望の受付通知が届きました」


「昨日の手紙か?」


「はい。王女殿下への面会申込として受理されました」


 俺は紙を受け取った。


『申込人 ルシアン・アストリア殿下』

『面会希望先 エレノア王女殿下』

『候補日時 本日、日没後』


「……待て。俺は希望を聞かれたから書いただけだぞ」


「面会のご希望を書かれましたので」


「『機会があれば、お話しできればと思います』と書いたんだ!」


「たいへん丁寧な面会希望でございます」


「『機会があれば』の部分は!?」


「神殿は、早速その機会を設けてくださいました」


 俺は通知を握りしめた。


「親切が早すぎる!」


「ご本人のお気持ちが伝わったのでしょう」


「伝わってないよ!」


     ◇


 昼過ぎ、俺は神殿に向かった。


 面会の申し込みを取り消すためだ。


 受付の女性は、俺の名前を聞くなりぱっと顔を輝かせた。


「まあ、ルシアン殿下! ちょうどよかったです」


「ちょうどよくはないんですが」


「エレノア様も、きっとお喜びになります」


「まだ会うとは決まっていませんよね?」


「もちろんです。王女候補のご予定を確認してからになります」


 よし。ここで止めればいい。


「実は、その面会について――」


「ただ、殿下のお気持ちがあまりに熱心でしたので、神殿から王女様へ先にお伝えしてしまいました」


「先に!?」


「ええ。お手紙もお預かりしております」


「手紙?」


 受付の女性が封筒を掲げた。


 宛名は『エレノア殿下へ』。


 差出人は『ルシアン・アストリア』。


 見覚えのある筆跡だった。


 昨日の俺だ。


 俺は目を閉じた。


 自分の字が、こんなに恨めしく見えたことはない。


「……それ、返してもらえませんか」


「王女様宛てのお手紙を、差出人に?」


「内容を確認したくて」


「まあ。何度も読み返したくなるほどのお手紙なのですね」


 違う。


 書いた本人だからこそ、取り消したいんだ。


「王女様がお読みになったあとでしたら、きっとお返事をくださいますよ」


 俺は封筒を見た。


 返事を書くのも俺なんだろうな。


     ◇


 日没前、俺は新宿舎の共用控室に入った。


 今日は余裕を持っている。


 服も用意した。扉も施錠した。


 少なくとも、今日は日没前に部屋へ戻れた。


「セドリック。俺の手紙、どうしてあんな大ごとになった?」


 扉の外から、涼しい声が返ってきた。


「殿下が『お話しできれば』とお書きになったからかと」


「『機会があれば』も書いた!」


「機会が用意されたのでございます」


「そういうことじゃない!」


 日が沈んだ。


 身体が小さくなり、声が変わる。


 用意した衣装に着替えて、鏡をのぞいた。


 そこには、神殿が会いたがっているエレノアがいた。


 そして神殿が会わせたがっているルシアンは、もういない。


 毎度のことながら、ひどい仕組みだ。


     ◇


 神殿の応接室で、昼の受付係が俺を迎えた。


「エレノア様。ルシアン殿下からのお手紙です」


「ありがとうございます」


 俺は封を切った。


 昨日、自分で書いた文章だった。


『お忙しいところ恐れ入ります。機会があれば、お話しできればと思います。どうかご無理をなさらず』


 ……短い。


 短いのに、声に出して読みたくないほど気恥ずかしい。


 俺は自分の名前で、自分に会いたがる手紙を読んでいる。


「まあ、王女様。お顔が赤いですよ」


「えっ」


「そんなに嬉しかったのですね」


「違います。ちょっと、室内が暑くて」


「暖炉の火を弱めましょうか?」


「そこまででは!」


 受付係はにこにこしている。


「ルシアン殿下は、今日もこちらへお越しになりましたよ」


「……そうですか」


「お会いできるか、ずいぶん気にしていらっしゃいました」


 それは事実だ。


 会えないことを気にしていた。


「王女様も、お返事を書かれますか?」


「いえ、今日は――」


「便箋なら、こちらに」


 机の上に紙が置かれた。


 逃げ道が、また一つ減った。


 俺は筆を取った。


『お気遣いありがとうございます。審査が無事に終わりましたら、改めて――』


 そこまで書いて止まった。


 改めて、何だ?


 お会いしましょう?


 それは無理だ。


 お話ししましょう?


 それも無理だ。


 俺が固まっていると、受付係が身を乗り出した。


「お悩みですか?」


「ええ。少々」


「素直なお気持ちを書かれるのが一番ですよ」


 素直な気持ち。


 俺はしばらく考えて、続きを書いた。


『どうか、無理にお越しにならないでください』


 これだ。


 完璧だ。


「……王女様」


 受付係の声が震えた。


「はい?」


「ご自分の審査でお忙しいのに、王子殿下のお身体まで……!」


「え?」


「なんてお優しい!」


 またか。


 俺は机に額をぶつけたくなった。


     ◇


 翌朝。


「殿下。エレノア王女殿下からお返事が届きました」


 セドリックが封筒を差し出した。


「知ってる。俺が書いた」


「内容はご確認なさいますか?」


「必要ない!」


「では、神殿からの添え状だけ」


 俺は嫌な予感を覚えた。


 嫌な予感というものは、最近よく当たる。


「何て書いてある?」


「『王女殿下は、王子殿下に無理をさせまいと、面会を辞退されました』」


「よし! 解決だ!」


「『両殿下が互いを思いやる姿勢は、婚約協議における好材料と考えます』」


「……ん?」


「『つきましては、双方のお気持ちを確認するため、別々に聞き取りを行いたく存じます』」


 俺はゆっくり顔を上げた。


「別々?」


「はい。王子殿下には昼、王女殿下には夜に」


「それなら会わなくて済むな」


「ええ。ご希望どおりです」


 珍しく、話がうまくいった。


 そう思った。


「ただし」


「ただし?」


「お二人に、同じ質問をするそうです」


「……どんな?」


 セドリックは書類を読み上げた。


「『お相手の、どのようなところをお慕いですか』」


 俺は黙った。


 俺の、好きなところ。


 自分で自分を褒めろというのか。


「セドリック」


「はい」


「その質問、答えなきゃ駄目か?」


「婚約協議ですので」


「『顔がいい』とかでいいか?」


「王子殿下と王女殿下は、お互い会ったことがありません」


「そうだった!」


 セドリックは、まったく笑わなかった。


「ご安心ください。お二人の回答は、別々に記録されます」


「それのどこが安心なんだ!」


「万一食い違っても、互いの個性として尊重されるでしょう」


 俺は机に突っ伏した。


 会わなくてもいい。


 会わなくてもいいが、今度は自分を好きな理由を二人分考えなければならない。


 婚約者が自分だと、恋愛相談の相手すら自分になるらしい。


 ……誰か、他人を紹介してくれ。

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