王女の審査は昼にやらないでください
神授王女候補として正式に認められるには、聖印の確認だけでは足りない。
本人の身元と、王女候補になる意思を確かめる面談が必要なのだ。
そして、その面談は日中に行う。
それは、至極まっとうな規則だった。
役人も神官も、普通は昼に働いている。
わざわざ夜に集まる理由はない。
ただし、俺にはある。
夜にならないと、王女になれないのだ。
「セドリック。審査を夜に変更してもらおう」
「申請書を用意しております」
「仕事が早いな」
「昨日のうちに、必要になると思いましたので」
セドリックは書類を差し出した。
『審査時刻変更申請書』
俺は内容を確認した。
理由欄には、こう書かれている。
『王女候補本人の生活習慣および健康上の事情により』
「……生活習慣?」
「夜間に活動なさるためです」
「間違ってはいないが」
「ほかに、説明できる理由がございません」
それもそうだった。
変身のことを正直に書くわけにはいかない。
俺は署名欄にペンを走らせた。
エレノア。
最近、この名前を書くことにも慣れてきた。
慣れたくはないのだが。
◇
申請の返事が届いたのは、三日後だった。
俺は昼のルシアンとして、セドリックから報告を受けた。
「一部、認められました」
「一部?」
「聖印の追加検分と、書面による質問は夜間に実施できるそうです」
「聖印はもう確認しただろ?」
「はい。追加検分は記録を整えるためのものです。残るのは、身元とご本人の意思の確認でございます」
「おお!」
「ただし、評議会による身元と意思の確認面談は、日中のままです」
「……おお?」
「今回は延期扱いとなりました」
俺は椅子の背にもたれた。
延期。
つまり、解決ではない。
「どのくらい延期できる?」
「正式な期限は、まだ通知されておりません」
「じゃあ、しばらくは大丈夫か」
「いえ。審査未了の状態が続けば、仮登録の見直し対象になります」
大丈夫ではなかった。
「どうして夜に面談してくれないんだ?」
「評議会の審査官全員が、夜間に集まれるわけではありません」
「一人か二人でいいだろ」
「規則上、複数名の立ち会いが必要です」
「規則、規則、規則……」
俺は机に突っ伏した。
王宮にいた頃は、規則というものが自分を守ってくれると思っていた。
今は、規則が全力で俺を追い詰めてくる。
「それにしても」
セドリックが、もう一枚の紙を差し出した。
「少々、困ったことになっております」
「まだあるのか?」
「王女殿下の評判です」
「評判?」
俺は紙を受け取った。
そこには、セレスティアの街で出回っている噂が書き留められていた。
『神授王女エレノア殿下は、夜にしか姿を現さない』
『昼間は決して人前に出ないらしい』
『月の光を好む、神秘的な王女』
「……何だこれ」
「街の噂です」
「最後の一行は誰が考えたんだ!」
「不明です」
俺は頭を抱えた。
神秘的な王女。
実態は、昼になると男に戻るだけである。
月の光を好むわけでもない。
むしろ、夜は寝たい。
「……噂を否定できないのが腹立つな」
「否定すると、かえって関心を集める可能性があります」
「じゃあ、放っておくしかないか」
「現状では」
俺は深くため息をついた。
◇
その夜。
エレノアとして神殿に出頭した俺は、追加の書面質問を受けていた。
「ご趣味は?」
「読書です」
「得意なことは?」
「……剣術、でしょうか」
記録係の筆が止まった。
「剣術、ですか?」
「はい」
「王女殿下にしては、珍しいですね」
しまった。
つい、ルシアンとしての答えが出た。
「護身のために、少し」
「なるほど」
記録係は納得したように頷いた。
「では、苦手なことは?」
俺は少し考えた。
今の身体で苦手なこと。
長い髪の手入れ。
複雑な衣装の着付け。
裾の長い服で階段を下りること。
いくらでもある。
だが、王女候補としての審査で、それを正直に答えていいのだろうか。
「……細かい作業、でしょうか」
「刺繍などですか?」
「まあ、そういうものです」
記録係は筆を走らせた。
「承知しました」
俺はほっとした。
これで無難に終わる。
そう思ったところで、次の質問が来た。
「では、王女殿下。ルシアン殿下について、どのような印象をお持ちですか?」
「……はい?」
「婚約協議の相手方ですので、参考までに」
俺は固まった。
自分の印象を、自分で答えろというのか。
「……誠実な方だと思います」
「ほう」
「責任感も、ある方かと」
「なるほど」
「それから、困難な状況でも諦めない……」
言いかけて、俺は口を閉じた。
何をやっているんだ。
自分で自分を褒めている。
「……以上です」
記録係は満足そうに頷いた。
「王女殿下は、ルシアン殿下を高く評価しておられるのですね」
「いえ、そこまででは」
「ご謙遜を」
またそれか。
この街の人間は、どうして俺の否定を全部謙遜として処理するんだ。
◇
翌朝。
セドリックが、神殿からの書簡を持ってきた。
「殿下。先日お伝えした、生活上の希望確認について連絡がございました」
「……まだその話、生きてたのか」
「はい。ルシアン殿下とエレノア王女殿下、それぞれのお考えを伺いたいとのことです」
「別々ならいいだろ」
「まずは書簡で確認するそうです」
「書簡?」
「ルシアン殿下から、王女殿下へ面会のご希望をお伝えいただきたいと」
俺は首を傾げた。
「……俺が?」
「はい」
「エレノアに?」
「はい」
「それ、俺が書いて、俺が読むんだよな?」
「左様でございます」
俺はしばらく考えた。
「……だったら、口で言えばよくないか?」
「それでは、王女殿下に正式な意思確認を行った記録が残りません」
「俺の意思は今ここにあるんだが!」
セドリックは、何も言わずに便箋を差し出した。
宛名は、エレノア王女殿下。
差出人は、ルシアン・アストリア。
俺はペンを握った。
人生で初めて、自分に向けて面会を申し込むことになった。
しかも、断る理由まで自分で考えなければならないらしい。




