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時空の三連星 第5章  第8話

第5章

第8話:安住の時空へ(前編)


その日の朝、サブライム家の屋敷を包む空気は、かつてないほどに神聖な熱を帯びていた。

庭園のガゼボに集まった一族の前に、次期当主として冷徹な気品を纏ったシエルと、その隣でどこか緊張した面持ちで佇むリリスの姿があった。

シズは白磁のカップを音もなくソーサーへ戻すと、衣服の袖を優雅に払い、二人の姿をじっと見据えた。

その傍らでは、完全復活を遂げたハルが愛娘ミコを抱くガイの隣で、網膜を刺すような三日月型の瞳を細めている。長女アオイもまた、カイルに抱かれたサクラの寝顔を見つめながら、静かに推移を見守っていた。

シエルは一歩前へ出ると、一族の長としての凛とした声を響かせた。


「シズ様。皆様。……今日、この良き日に、僕たちの間に宿った新たなる因果を報告させてください。リリスが、僕の子を身ごもりました」


その言葉が静寂を破った瞬間、リリスの褐色の頬は一気に紅潮し、メイド服の裾を握りしめる細い指先が小さく震えた。


「……おめでとう、シエル。そして、よくぞ大役を果たしましたね」


シズの厳かでありながらも深い慈愛に満ちた声が、ガゼボに響く。

シズはゆっくりと立ち上がると、リリスの元へと歩み寄り、その可憐な顎にそっと指先を添えて顔を上げさせた。


「約束通り、本日この瞬間を以て、貴方を一族の規律の中に縛る『リリス』の名を解きます。……ようこそ、我が娘、リリ」


「リリ、おめでとう! よく頑張ったね」


とアオイが満面の笑みを浮かべ、ハルもふんと鼻を鳴らしながら、金髪の毛先を揺らして微笑んだ。


「……これで貴方の生体パルスも完全にサブライムの一員です。これからは『リリ』、貴方も私達の妹(家族)ですよ」


「シズ様……お姉様方……っ! はい……はいぃっ!」


涙をボロボロと流しながら、リリはかつてないほどの法悦と幸福感に包まれ、その場に深く平伏した。一族の礼節の果てに、彼女はついに真の家族として認められたのだ。

リリの懐妊と、彼女が真の家族となったことは、現世だけでなく、

時空の歪みの向こう側にある「魔族世界」をも激震させることとなった。

かつてシエルによって圧倒され、正妃シズとの恐喝交渉によって娘を差し出す羽目になった魔王。しかし、その娘リリがサブライム家の真の伴侶となり、至高の血脈を宿したという事実は、魔族の歴史において最大の転換点となったのである。

リリは自ら、魔界に残した通信遺物を通じて父である魔王へと念話を繋いだ。その口調には、かつての王女としての傲慢さはなく、サブライム家の調律によって洗練された、圧倒的な『后』としての威厳が宿っていた。


『父上。これ以上の現世への侵攻、およびサブライム家への敵対は、我が夫シエル様、そして現世の女帝シズ様に対する完全な反逆とみなします。……私の中に宿る、この恐るべき神域の魔気を感じなさい』


時空を超えて送り込まれたリリの思念波は、魔王の脳内を激しく震撼させた。

魔王は、愛娘の背後に潜む、肉体なき神王・駿しゅんの底知れぬ『絶対的な意思(思念)』の気配を敏感に察知し、完全に戦意を喪失した。

サブライム家と戦えば、魔界そのものが霧散する――その恐怖と、同時にリリを通じて至高の血脈と繋がれるという破格の栄誉。

魔王は即座に、現世との「完全和解」と「永久友好関係」を結ぶことを受諾した。

魔族世界からの不可侵条約と、現世の守護。リリという最高の仲介者によって、二つの世界を跨ぐ因果の闘争は、これ以上ない形で完全な幕引きを迎えたのである。


魔族世界との完全和解が成立したことで、現世におけるサブライム家の役割は一つの完成を見た。

だが、それは同時に、新たなる因果の始まりでもあった。

屋敷の調和室にて、ハルは手にした魔力計器の数式を睨みながら、網膜を刺すような瞳を鋭く光らせていた。

隣に立つガイ、そしてカイルやアオイも、その計器が弾き出す圧倒的なエネルギーパルスに息を呑んでいる。


「……解析結果が出ました。サクラ、ミコ、そしてリリの胎内に宿る新たな命。三つの至高の因果がこの現世に揃ったことで、サブライム家の持つ総魔気量は、この世界の次元許容量キャパシティを完全にオーバーヒートさせています」


「つまり……私達がここに留まり続ければ、この世界そのものが私達の存在の重さに耐えかねて、崩壊してしまうということかい?」


とアオイが重心を低くし、静かに問いかける。


「ええ。わたくしたちは、あまりにも強くなりすぎました。現世も魔界も手中に収めた今、一族が目指すべきは、この狭い世界での調停ではありません」


ハルの言葉に、一同の視線は大広間の最奥に座るシズへと集まった。

シズは白磁のような美しい肌を夕日に晒し、完璧な姿勢のまま、ゆっくりと立ち上がった。その衣服の裾が滑らかに動くたび、時空の隙間から注がれる駿の思念が、心地よい共鳴音を響かせる。


「ハルの言う通りです。私達は、新たなる希望に向けて歩みを進めねばなりません。……この現世を離れ、私達一族が本当の意味で、誰にも邪魔されずに愛を育み、繁栄できる『安住の時空』へと旅立ちましょう」



シズの絶対女王たる宣言に、カイルもガイも、そしてリリも、一ミリの迷いもなく深く平伏した。一族の結束は、今ここに、完全なる一つとなった。





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