時空の三連星 第5章 第4話
第5章
第4話:神域の調律、ハル覚醒の代償
かつて、サブライム家に連なるすべての命――母シズによるシエルの出産、そして姉アオイによるサクラの誕生の際、その完璧な医療解析とアフターケアを一手に担ってきたのは、次女ハルであった。
だが、因果の歯車は過酷にして公平である。今、その神域の試練の渦中に立たされているのは、他でもないハル自身であった。
ハルの胎内に宿った新たな命は、かつて彼女が母シズと共に覚醒し、神王・駿との熾烈な闘争の中で浴びた「膨大な魔気」と、時空を超える「思念体での鍛練」の記憶を、恐ろしいほどの純度で吸い上げて成長していた。
臨月に至るまでの数ヶ月間、胎児の成長と共にハルの肉体に課せられた高負荷は、常軌を逸していた。
自身の超精密な解析術式を以てしても抑えきれない、内側から細胞を焼き尽くすような神速の魔気奔流。あの冷徹な鉄面皮を誇るハルが、分娩の最中、激痛のあまり何度も意識を失いかけるほどの、困難を極める大難産となったのである。
それゆえに、今回の「オペ」の全権を引き受けたのは、正妃シズであった。
「ハル、気を確かに持ちなさい。貴方が今まで家族にしてくれたことを、今度は私がすべて貴方に施します」
シズは白磁のような額に汗を浮かべながらも、一ミリの揺らぎもない完璧な手つきで、ハルの体内で暴走する魔気の治療解析と分娩の誘導を同時並行で進めていた。
その傍らでは、サキュバスの王女リリス(リリ)が、フリル付きのメイド服の袖を血と汗に濡らしながら、異界の強治癒魔法を全開にしていた。
ハルが意識を失う直前に遺した超精密なデータ指示に基づき、リリスはその魔力の出力をパーセンテージ単位で微調整し、ハルの精神の崩壊を防ぐ精神治癒と身体ケアに全身全霊を捧げている。 そして、ハルの枕元でその細い手を必死に握りしめていたのは、伴侶ガイであった。
(ハル……大丈夫だよ、シズ様とリリスがお支えしてます、気を確かに、愛してる)
ガイの瞳には涙がたまりながらも、そこには一年の営みで培われた、夫としての絶対的な愛と覚悟が宿っていた。
意識が朦朧とする中、その言葉を脳内でダイレクトに受信したハルは、網膜を刺すような三日月型の瞳をかろうじて見開くと、苦悶の表情のまま唇を歪めた。
(貴方は……手足を動かして、口減らず! ……でも、うれしくてよ、あなた)
激痛の嵐の中で、二人の心は『結合パルス』を介して熱烈に交信し合っていた。
生死の境にありながらも、確かに深い愛を確かめ合う夫婦の思念波。
その濃厚な「いちゃつき」のノイズを、治療解析の最中に特等席でまともに浴びてしまったシズは、一瞬だけ指先をピクリと動かし、心の中で小さく息を吐いた。
(……念話でいちゃつきおって。この緊迫した状況で、本当に仲の良いことですこと)
シズの胸の奥に、ほんの少しの羨望の情が過る。
かつて自分がシエルを産んだ時、傍らで同じように手を握り、愛を囁いてくれた最愛の夫・駿の記憶が、時空を超えて鮮烈にフラッシュバックしたからだ。
その頃、屋敷の廊下や調和室は、別の意味で限界を迎えていた。
「想定内、想定内、これは想定内……! サブライム家の執事セル・サブライム、この程度の事態はすべて計算の範疇にございます……!」
初孫サクラの時以上の大騒動に、老執事セルは上着の裾を激しく振り乱し、老体に鞭打って廊下を文字通り爆走していた。
お祝いの準備、医療用触媒の補充、そしてハルとリリスのための身の回りの世話の差配。
ガイもまた、ハルの枕元で愛を囁きながらも、リリスの負担を減らすために手足を激しく動かし、セルの運んできた物資の搬入や雑務を完璧にこなしていた。
セルは「想定内」と呪文のように呟きながら、平常心を保とうと必死に顔を引きつらせていたが、その動きには一切の無駄がなかった。まさに、一族の危機を支える幸福な大車輪であった。
「……ハル、生まれますよ!」
シズの鋭くも慈愛に満ちた声が響き、リリスの放つ純白の治癒光が最高潮に達する。
時空の隙間から、神王・駿の温かい『思念』が、命懸けで愛を紡ぐ娘夫婦を祝福するように、屋敷全体を優しく包み込んだ。
激痛の限界の向こう側で、ハルはガイの手を砕かんばかりに握りしめ、ついに、サブライム家に新たなる奇跡の産声を響かせるのだった。




