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時空の三連星 第5章 第3話

第5章 


第3話:新米パパの奮闘と、次なる兆し



サクラの誕生から数週間が経ち、アオイの魔気の復元レートは、ハルの厳密な解析管理のもとで少しずつではあるが確実に上昇していた。

それでも、神王・駿の濃密な血脈を受け継いだ初孫の存在感は凄まじく、寝息を立てるたびに周囲の空間の魔気をかすかに揺らすほどであった。


「ほら、サクラ。おっぱいを飲んだら、次はねんねの時間だよ」


アオイの私室では、カイルが相変わらず甲斐甲斐しく立ち働いていた。

育児用の衣服に身を包み、哺乳瓶や清拭用の布を手に屋敷を奔走するカイルの姿は、いまやサブライム家の日常の風景となっている。

アオイはベッドの背もたれに身体を預け、愛娘を器用に抱きあやす夫の姿を、どこか眩しそうに見つめていた。


「カイル、随分と手慣れてきたじゃないか。執事のセルも、お前の手際の良さには感心していたよ」


「セルさんに褒められるなんて光栄だな。でも、当然のことさ。アオイが命懸けで産んでくれた、僕たちの宝物なんだから。……ねえ、サクラ、可愛いね」

 

サクラの小さな指先が、カイルの大きな手をぎゅっと握り返す。

その瞬間、カイルの顔はこれ以上ないほどに蕩け、目尻を下げて破顔した。

二人きりの空間に流れるのは、かつての張り詰めた主従の空気ではなく、お互いを深く信頼し、慈しみ合う、温かな夫婦の会話であった。


「……随分と、締まりのない顔をしていますね、カイル」


部屋の入り口の引き戸が音もなく開き、ハルが姿を現した。

その手には、アオイのための新たな滋養薬と、魔力測定用の触媒が握られている。ハルは網膜を刺すような三日月型の瞳をカイルへと向け、ふんと鼻を鳴らした。


「アオイお姉様の肉体各部の繊維組織、および魔気回路の修復は残り一割といったところです。カイルの細やかなケアが功を奏していることは認めますが、その緩みきった弛緩しかんパルスがサクラの精神波に影響しないか、わたくしは懸念しています」


「ハル姉様、いつもありがとうございます。でも、サクラの顔を見ていると、どうしても笑みが溢れてしまうんです」


カイルが恐縮しながらも幸せそうに答えると、ハルはわずかに視線を泳がせ、金髪の毛先を小さく揺らした。


「……勝手になさい。お姉様、薬を置いておきます」


ハルは足早にアオイのベッドに近づき、無駄のない洗練された所作で薬の入った器を置くと、背後に控えていたガイの腕を引くようにして、逃げるように部屋を去っていった。

廊下を渡るハルの足取りは、どこか落ち着きがなかった。

その後ろを歩くガイは、ハルの背中を見つめながら、その内面の変化を敏感に感じ取っていた。


「ハル様。カイル殿たちの姿を見て、何か思うところがおありですか」

 

二人きりになった渡り廊下で、ガイが静かに声をかける。

ハルは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。その瞳は細められ、夕暮れ時の光を受けて怪しく明滅している。


「……ガイ。わたくしと貴方が交わす、日々に一、二回の調律。そこから検出される生体データに、最近、奇妙なノイズが混入しているのです」


「ノイズ、ですか?」


「ええ。わたくしの脳内麻薬の分泌量が、貴方と肌を合わせるたびに、計算式の予測値を大幅に超えて増大している。これは単なる肉体的快楽の反復によるものではありません。精神的な……そう、お姉様たちと同じような『結合パルス』が形成されつつある」


ハルは一歩、ガイへと歩み寄った。その金髪から漂う、冷徹でありながらもどこか男を狂わせるフェロモンが、ガイの鼻腔をくすぐる。

ハルは細い指先をガイの胸元に当て、網膜を穿つような視線で彼を見上げた。

「もし、わたくしの胎内に、次なる至高の血脈が宿るとしたら……貴方は、カイルのようにわたくしを支えきれますか?」


その問いに、ガイの瞳に迷いはなかった。彼はハルの細い手をそっと握り込み、深く、静かな声を響かせる。


「ハル。私の肉体も魂も、すでに貴女の精神の檻の中にあります。貴女が新たな命を宿し、どのような苦痛を伴おうとも、私は貴女の側を片時も離れません。それが、私の唯一の願いです」


「……っ、ば、ばか。大真面目にそんなことを言うなんて、やはり貴方の脳波は調律が必要です」


ハルは顔面を真っ赤に染め上げ、網膜を刺すような瞳を潤ませながら、ガシガシとガイの胸を小突いた。

冷徹な解析者の仮面が完全に剥がれ落ち、ツンデレの乙女としての激情が爆発している。

しかし、その胸の奥にあるのは、確かな幸福の予兆であった。

その頃、正妃シズは、お気に入りのガゼボで、新米メイドのリリが淹れた紅茶を楽しんでいた。

リリはフリル付きのメイド服の裾を整え、以前よりも随分と落ち着いた洗練された所作でシズの前に控えている。

シズは細い指先でカップを持ち上げ、優雅に一口含むと、ゆっくりと青空を見上げた。

時空を栽いてなお届く、最愛の夫・駿の温かい思念が、屋敷全体を優しく包み込んでいる。アオイに続き、ハルたちの元にも静かに満ち引きを始めた、新たな因果の波。

シズは、その一筋の涙が乾いた瞳に、絶対女王としての深い慈愛の光を宿し、誰もいない空間へと向かって微笑んだ。


「ふふ……次の足音が、もう聞こえてきそうですね、貴方」


神王・駿の思念に見守られながら、サブライム家の血脈は、さらなる繁栄と絆の深化へと向かって、静かに、しかし確実に動き出していた。



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