09 実働へ
アメリアは腕組みの姿勢からも表情からも、不満であることをちっとも隠そうとはしていなかった。どうやら待つのが苦にならないというタイプではないらしい。
「ずいぶんいいご身分だな、マンフレートさんよォ」
「なんだ、待たせたか。すまないな」
その光景はチンピラが一般人にカラむ様子そのままだ。スコラスティカの目にはさっさとひとつ謝るだけで済まされそうに映って、珍しくアメリアのことがちょっと気の毒に思える。
そこは噴水を中心にした公園で、噴水を囲むようにベンチ、そして花壇の順に同心円状に設計されている。ベンチはもちろん、花壇の縁も座れるような高さに作られている。思想として人の休憩地点であることが強調されていた。
水の音で話し合いがちょっとでももたつくのを嫌ったマンフレートは、花壇の側を場に選んだ。
「それで、教会での調査はどうだった?」
「期待外れだな。見りゃわかるが、思ったよりも売人は散ってる」
ふたりから渡された地図を、マンフレートはじっと見つめた。アメリアとスコラスティカは互いに目を見合わせて首をかしげる。なんだか集まっていそうに見える箇所もあるが、それでも規則性があるとまでは言えない、というのが彼女たちの結論だった。答えを導くにもこじつけの域を出ないものだ、と。
マンフレートは左手で二枚の地図を広げて、右手で記された点を追っている。ときおり手を止めて考え込んだり、たどった道筋を逆に戻ることもあった。
「……アメリア。お前なら製造拠点はひとつか、それとも複数にするか? 隠すことを軸に考えてくれ」
「ならひとつだろ。用心深いやつなら緊急用に秘密のを準備するかもな」
「ああ。じゃあそこまで頭が回るやつが製造拠点でクスリを下っ端に渡すか?」
アメリアはそう問われて腕組みをする。視線を外して黙り込む。
はっとしたようにアメリアは顔を上げた。
「……! 配布のための拠点か!」
「だと俺も思う。そうすると説明がつくことが一気に増える」
スコラスティカがおずおずと口を開く。
「あのー、それ、見つけたら、その、叩き潰すって感じなんですか?」
「いえ、その配布拠点は潰しても意味がありません」
「あァ!?」
話の流れで知らず知らずのうちに自身で練っていた計画と違っていたのか、アメリアが食いかかるように視線を向ける。マンフレートは請け負わない。
「スコラスティカさん、いわばそこは倉庫です。倉庫を叩いても意味がない。そこにクスリを持ってくる運び屋が大事なんです。運び屋は必ず巣に帰るんですよ」
「……尾行か?」
「そうだ」
目的に対する選択肢の判断が早く、正確だ。アメリアのこの嗅覚じみたものにはマンフレートも舌を巻いていた。何せ彼が頭の中だけで作り上げたはずのものに、ヒントもなくついてくる。そこらのチンピラであれば脅迫だなんだと言いそうなところで静の一手を選べる。彼女本人がどれほどこの価値に気付いているか。思うところはあったが、マンフレートは触れなかった。いまは話題が違うのだ。
そこまで話が進むと、唐突にマンフレートはポケットから革袋を取り出した。ついでごそごそと中を漁り、その手をスコラスティカへと突き出した。
「どうしたんですか?」
「ご協力していただいたことへのお礼です。不躾なのはわかっているのですが、これ以外の方法を思いつけないんです」
そう言われてしまってはスコラスティカも手を伸ばさざるを得ない。お礼とは、受け取らないと謙虚を飛び越えて相手の思いを否定することにもなりかねないものだ。とくにマンフレートのような実直といった評価がついてまわりそうな人間の場合はなおさらだ。スコラスティカの手に落ちてきたのは銀貨一枚だった。
ひえっ、と情けない声があがる。
「こっ、こんな、こんなにもらえませんよ! 教会で聞き込みしただけで!」
「妥当です。スコラスティカさんがいなければ、そもそもその選択肢がなかったんですから。ずっと調査は難航したでしょうね」
害はないがイヤな虫を手のひらに乗せられたように、銀貨に対してスコラスティカは怯えてみせた。決して銀貨は歩き始めたりはしないし、飛んだり刺したりもしない。手のひらそのものを動かさない限りは絶対に動かない。それほど見慣れないものに対しての動揺が収まるまではすこし時間がかかった。
「まあ、それ持って帰れよ。お前の出番は終わりだ、クソシスター」
「え、いやちょっと待ちなさいよ。こんなのもらったらまたお返ししないと」
「やめとけ。こっから先、お前は役に立たねえって言ってんの」
ぴしゃりとアメリアは言い切った。これまでとは違った世界の論理が強く匂う。それはスコラスティカに食い下がることを許さない。呼吸をするのに資格を求められる世界。そこでは命をチップ代わりに使うことが珍しくない。
スコラスティカは助けを求めるようにマンフレートへと視線を投げる。しかし彼も首を横に振った。きっと十年来の友人でも同じ動作をしただろう。
そうまで言われてしまうと、もはやスコラスティカに言えることは何もない。落ち着かなく視線をあちこちに飛ばして、動揺したまま頭をさげた。そしてそそくさと公園を後にしていった。
ひょんなことから知り合ったシスターを、ふたりは何も言わずに見送った。彼女の姿が残っていると完全には切り替えられない気がしていた。
「やるじゃないか、アメリア。俺だとあの人を止めるのは無理だったかもしれない」
「動けねえやつ連れてっても弱点になるだけだからな、仕事だ、ある意味」
そのことについてマンフレートはひとつ言ってみようかとも思ったが、結局はやめることにした。どちらにしろ否定の言葉で返されることが予想された。
噴水のある公園にはそれほど人がいない。彼らには好都合だったが、おそらく製作された意図からは離れていた。公園という休憩場所は求められていないのかもしれないし、いまは意思のある活動をする人が多い時間なのかもしれなかった。
「つーかまだ考えることあんな」
「まずは配布拠点のひとつを確定。そして運び屋の確定」
「めんどくせえ。いっそハウス・リンデマンの拠点見つけて壊滅したほうが手早いんじゃねえの」
「ハウス・リンデマンにバックがいることを前提で話すが、そのバックが別の組織に声をかけるから無意味だろうな」
めんどくせえ、とアメリアはもういちどつぶやいた。
わかっているから、という部分が厄介だった。進む順番を間違えるとふりだしに戻ってしまう。すべて丁寧にこなしてはじめて目的が達成される。組織のバックにいる存在をつきとめて、それを封じることでやっと完遂と言えるのだ。
「アメリア、きょうは解散にしよう。俺はいちど配布拠点の候補を洗う」
「ん。次は?」
「明日でいい。が、時間をどうすべきかな。さすがにいつ運んでいるかまでは見当がつけられない。目立たない時間がいいんだろうとは思うんだが」
「さあなァ。一般人に紛れるってやり方もあるぜ」
マンフレートも頷いた。これはどちらかといえば、どの時間帯を選んでも後から理由をつけられる類の事柄だった。しかもどれにも説得力がそれなりにある。悩んでしまいそうな場面だったが、むしろこちらの都合で決めてしまったほうがよかった。運が絡んでしまうが仕方がない。
「配布拠点の洗い出しにどんだけかかんだ?」
「……昼をすこし過ぎたあたりには間に合わせよう」
「じゃあ夕方にしようぜ。ここ集合でいいだろ」
「わかった。それでいい」
そう答えるとマンフレートはさっと体の向きを変えて歩き出した。彼の動作は、アメリアの目にはやはり無駄のないものとして映っていた。一般人の皮をかぶっているせいで、余計に気味が悪い。あれで周囲は気付かないもんかね、と不思議にも思えるのだが、現実としてそういうことにはなっていないらしい。
アメリアは腰かけていた花壇から下りて、いちど大きく伸びをして、そうしてから片腕ずつを肩から回した。明日は何かあるといい、とそう期待した。




