21 審問
使用人はそのふたりを即座に通すことを決めた。事前に連絡がなかったにもかかわらずだ。彼らの佇まいや物腰柔らかい対応と違って、そこには交渉の余地のようなものが残されているとは思われなかった。
応接室に通されたふたりは、礼儀としてか立場の表明か、立ったままで屋敷の主を待つ。室内の装飾は貴族であることを主張できてはいる。彼らには格というものが重たくのしかかる。下に見られすぎてもいけないし、分不相応に華美に飾り付けても品がないとされる。一般的な生活とはまた違った戦場があるのだ。
その中にあってエーディトはやはり存在感を放っていた。ただ姿勢を整えて立っているだけなのに、部屋の中心がそこに移ったと認識してしまう。マンフレートが後ろに控えていることも実に自然なことだった。
すこし待つと両開きの扉が動いた。お付きのメイドが開けた扉から中肉中背の男が入ってくる。グラウ・ハルプヘルツィヒ卿だ。
「家の者から聞いたときには驚きました。だしぬけに訪問とはどういうことですかな?」
不満を隠さない態度は当然と言える。知人ですらない人間が用件も伝えずに屋敷に入り込んだとなれば面白くないのに決まっている。
「これは失礼を。王家から遣わされました審問官でございます。あまり表立って動くことはありませんのでご存じない職分かもしれませんが」
「審問官……?」
宰相であることは明かさないつもりなのだとマンフレートは理解した。なるほど顔まで隠した服装もその嘘に説得力を与えるためのものなのだとも。またこの嘘は城の組織体制を完全に理解していると断言できる人間でなければ見抜くことができない。この審問官を追い返すのは難しいだろう。間接的でも王家の名は軽くない。
ハルプヘルツィヒ卿はわずかにたじろいだ。第一の関門は突破した。
「では本題に。下調べは済んでいますから抵抗は無意味とご理解ください。医者殺しの件ですが、あれはあなた主導のものですか?」
ハルプヘルツィヒ卿はエーディトの言葉を聞きながらテーブルを挟む豪奢なソファに腰を掛けた。所作はわざとらしくゆっくりだ。しかしどこかぎこちない。
「医者殺し。近ごろレーゲンスブルクで流行っているものでしたな。それと私が関係しているどころか主導ですと?」
エーディトは懐から一枚の紙を取り出した。丈夫そうで、長持ちしそうな紙だ。
「ここにあなたの署名と家印があります。相手はマリウス・リンデマン」
「あ、それは、っ」
「筆跡鑑定も家印の突き合わせも済ませてあります。続けましょう」
そう言ってエーディトは彼らの契約書をしまう。これ以上ない証拠が審問のステージをひとつ上げた。ハルプヘルツィヒ卿が医者殺しに第一人者として関わったところに前提が置かれる。
もう彼は国家に対する犯罪者だった。こうなるとエーディトの審問官という嘘が凶悪なまでに威力を持つ。構図が変わったのだ。不躾な訪問者とそれに対応する貴族ではなく、審問官と犯罪者。立場さえ入れ替わる。
「あなた主導ですね?」
「あ、う、う……」
「あの細身の男、名前はなんでしたか、彼がここから出向しているわけですから。それと門における荷物検査の賄賂の件もありましたね」
床に落とされていた視線がエーディトのほうへ向けられる。そんなところまで、と目が雄弁に語る。想像以上に証拠を固められて、言い逃れのできる余地が奪われていく。口を開こうにもうまく言葉が整理できない。
「ところでハルプヘルツィヒ卿、あなた本気で国を落とせるとお思いでしたか?」
「は? く、国?」
うまく口を継げないところに想定外の規模の質問を投げられて、ハルプヘルツィヒ卿は混乱したようだった。
その様子を承けてエーディトがわずかなあいだ言葉を止めた。思考を回しているらしかった。
「……話を変えましょう。ここからは事と次第によりますが、本格的な捜査の手が入ることになりかねませんのでご理解を」
「あ、ああ」
「医者殺しの製法の出どころはあなたですか?」
ここだとばかりにハルプヘルツィヒ卿は食いついた。
「ち、違う! それは私じゃない! たしかに私はあのチンピラどもと接触したが、だがそんなクスリは私の手元にはなかった!」
「卿になかったということは、外部から持ち込まれたということですか?」
「そう、そうだ! あの女、仮面の! あれが儲け話だと!」
知っていることを話しさえすれば許されると信じていそうな男を、マンフレートは哀れに思っていた。彼は根本的なところを間違えている。彼はエーディトの口にした事と次第にすでに入り込んでいる。おそらく貴族の地位は剥奪されるだろうし、領地も国の管理下に戻るだろう。国家に対しての犯罪者が許されることは、ない。
同時にマンフレートは苦々しい思いもしていた。やはり仮面の女はこの問題に根深く関わっていたのだ。状況は別にしても、逃がしてしまった事実に後悔が募る。
「……仮面の女、ですか。いったいどのような人物なのでしょう」
「……知らない。ただ流行する麻薬の製法と、レーゲンスブルクにおける発覚しにくい手順だけを置いていった。私もそれをいい策だと思った」
「背景も見えない女からの儲け話に乗った。というだけのことですか」
彼が仕出かした事態はまとめられてしまうと情けない話に聞こえた。言い返せるだけの材料はどこにもない。エーディトのため息には明らかに失望の色が混じっていた。
ハルプヘルツィヒ卿はわずかに震えていた。その理由はマンフレートにもいくつか想像できたが、そのどれもがロクなものではなかった。
「もうひとつ。魔術という言葉に聞き覚えは?」
「冗談のつもりか? そんな子ども向けの本にだけ書いてあるようなものなど」
そうですか、とエーディトは請け負った。つまりこの男は何も知らないのだ。ただいいように使われただけの駒。後ろにつながる糸はあったはずなのに、それすらも軽挙でぷつんと切れてしまっている。彼が儲け話に乗る前にすこしでも仮面の女を怪しんでさえいれば。しかしそれはもう叶わない。過去は変わらない。
立ったまま尋問を続けてきたエーディトはひとつ息を入れて、また口を開いた。
「それでは処分を告知します。審問を経て、あなたの罪科は重大なものと判断されました。よって即座に捕縛。あらためて城にて判決が下ります」
「そんな!? これだけ話したのに! そうだ、金! 金でどうにか!」
「あなたの協力であなたの罪状がよくわかりました。だからこその捕縛です。それとこれはサービスとして教えますが、あなたにはもう財産はありません。また誰かに下賜されるまで、この領地並びに領内に存するものすべては王家に返還されます」
嘘の審問官の冷たい通告に貴族は力を失った。うなだれて、抵抗の様子はかけらも見られない。エーディトの視線を受けてマンフレートはハルプヘルツィヒ卿の両の手首を縛った。
屋敷を出るなりエーディトはつぶやいた。
「困りました。相手の姿が見えません」
「ハルプヘルツィヒ卿は相手方の成員ですらなかったわけですか」
「組織を想定するならそういった言い方になりますね。とりあえずこれ以上はできることはありません。考えるのはやめておきましょう」
家付きの御者に事情を説明すると、彼はすぐに首を縦に振った。驚きこそあったのには違いないが、顔さえ見えない黒ずくめの女の迫力がやはりものを言っていた。主人の生気が失われていることにも、その手首が縛られていることにも文句のひとつも言わずに馬車に乗せた。
マンフレートはエーディトが車に乗ったのを確認してから馬を走らせる。
宰相が出たのだ、とマンフレートは思った。城から政治の中心たる宰相が外へと出たのだ。もちろん彼は彼女が一歩も外に出るはずがない、と思っているわけではない。おそらく誰にも事情を明かしていないだろうことが強烈な意味を持つのだ。ついマンフレートは思いを馳せる。何が敵なのだろう。




