22 カフェの絶叫
スコラスティカはどちらかというと教会堂の中で仕事をするよりは、外での活動が中心だった。困っている人を助けたり、不安になっている人の話を聞いたりすることが日常となっている。彼女はよく歩いたし、だからそれなりに顔も広かった。聞いてみれば多くの人々が彼女の顔に見覚えがあると答えるだろう。
その日常の曲がり角のところに、つい最近見知った姿が見えた。わけあって気にかけていたこともあって、スコラスティカは駆け寄っていく。
「アメリアじゃない、どうしたのこんなところで」
「よう、探しゃ見つかるもんだな」
「もしかしてまた教会堂につれてけって?」
数日前に理由を明かさずに頼まれたことをスコラスティカは思い出す。正直なところ、あまり素敵な理由ではなかったのだろうことは想像できているが、あえて追及はしていない。大きな目的は理解できていたからだ。マンフレートとアメリアが医者殺しの根絶へ向けて動いていることはわかっている。だからもういちど教会堂、と頼まれても承諾する気ではいた。
「違えよ、そいつはもう終わった。それで実入りがあったって話だ」
「あ、なんかここ二日くらい新しい中毒患者が増えてないのって」
「偶然じゃねえぜ、製造拠点は潰したからな」
「やるじゃない! はあ、一気に気が楽になったわ」
スコラスティカが手甲にも構わず手を取ってぶんぶん振ると、アメリアはちょっとだけ得意げな顔をした。いつもなら面倒そうな顔をして、バカじゃねえの、とでも言っていそうなところだ。かなり機嫌が良いらしい。
ひとしきりスコラスティカが喜んだところでアメリアが話を続ける。
「だからよ、甘いもんでも食いに行こうぜ。お前も役に立ったしよ」
「なによ、あんたそういう気が利くタイプだったの」
「ぎゃはは、言ったろ。いい報酬もらったんだよ。こういうもんは使わねえとな」
それだけ言うとアメリアはさっさと歩きだした。とくに振り返ることもしない。ついてくることを疑いもしていないようだった。大物だな、とスコラスティカは思ったが、別に断る意味もなかった。甘いものをごちそうになるのだから損なんてものがあるわけがない。スコラスティカは自主的に休憩時間に入ることに決めた。
やはり中心街のカフェは店ごとにイメージが統一されている。雑多な感じがどこにもない。いまふたりが訪れている店は白が基調になっていた。
温かい紅茶が湯気を立てている。不規則にくるりと揺れて、さっと空気に混じって消えていく。穏やかさの象徴のひとつだった。ここでは気だるさが否定されない。そうして過ごすことが価値さえ持つ。必要な時間だと言う人だっている。だからここでは実にならないあらゆる話が許される。
「教会って休みとかあんの?」
「教会堂自体は毎日開いてるけど、神父とかシスターは休みあるわよ」
「前も思ったけどよ、けっこう仕事じみてるよな」
「実際そうよ。人が運営してるんだから。なんだかんだお金だって動くんだし」
スコラスティカのため息にアメリアはけらけら笑った。
「ぎゃはは、メシ食えなきゃどうしようもねえもんな」
「そ。寄付で成り立ってるの。ていうかあんた、話聞かせなさいよ」
ずっと気になっていたのか、スコラスティカが話題を変える。当のアメリアはあまりピンと来ていないようだった。
「ん? なんの?」
「こないだ街で見かけたあのでっかいの、あれやっつけたの?」
「ああ、あのクズか。やっつけたやっつけた、ヒドいもんだったぜ」
「うっわ適当。強いのねえ、あんた」
アメリアはなんだかげんなりしたような表情を浮かべた。
「あんなのと比べられて強いって言われたんじゃ形無しだな」
アメリアの言うところのものがスコラスティカにはよくわからなかった。あんなに大きくて筋肉の鎧で覆われたような人間に勝てるなら、それは強いと評しておかしくないだろうと彼女は思う。それともあの男はそんなに弱かったのだろうか。とはいえそれほど気にすることでもなかった。アメリアからすればもう終わったことのはずだったし、スコラスティカにとってはほとんど知らない場所での話だったからだ。
そういえば、と思い出したようにアメリアが口を開いた。
「お前さ、手から火出せるやつ見たことある?」
「なにそれ、大道芸?」
「わかんねえ。戦ってたらいきなり火出してくるやつがいてよ」
「ふうん。でも考えてみたら大道芸でも戦うのに役に立ちそうね」
「今度そういうの得意そうなやつ探して話聞いてみるか」
「なに、あんたもやるの?」
「バカ言え、んな小細工いるかよ」
戦っているときに大道芸を使って手から火を出すアメリアを想像すると妙にバカバカしくて、ふたりはひとしきり笑った。本当にウマが合うのか、アメリアもおどけてみせてまた笑った。こうしていると年頃の、ただ粗野なだけの少女だった。
注文したケーキが届いて、その肌にフォークが刺さった。アメリアもスコラスティカもその味に満足そうな表情を浮かべている。厄介な薬物の心配がなくなったことも併せて考えると、本当によい午後だった。
ゆっくりと時間が流れた。紅茶もさすがに熱を失くしてしまった。
「ねえ、あんたがごちそうしてくれるなんて、けっこうもらったの?」
「お、気になるか? これだよ」
スコラスティカ自身、ちょっとの協力で釣り合わないような額をもらっていたこともあって心の準備はできていたつもりだった。しかしアメリアがテーブルに落とした金貨二枚を見てさすがに息を呑んだ。ちょっと常識外れというか、実物を手に取れる距離で見たことがない。無造作に出していいものでもない。ちょっとくらくらするような気がした。持ち直して勢いよくひそひそ忠告する。
「あっ、ちょっ、バカ! 早くしまいなさい!」
「まあまあ心配すんなよ。カネは使うもんだって言った意味がわかったろ?」
ぶんぶん首を縦に振る。いいから早くアメリアに金貨をしまってほしかった。彼女自身はそう思わないかもしれないが、あんなものを見せていたら面倒ごとに巻き込まれかねないのだ。
アメリアが金貨をしまったのを見てスコラスティカは落ち着いた。そして同時にひとつ気になったので聞いてみることにした。
「……もしかしてあんた、それでここ払うつもりだったの?」
「おう、景気いいだろ」
「バカ、店潰す気? あんなののお釣りなんてあるわけないじゃない」
「…………あ」
価値はたしかにすさまじい。しかし実際に通貨として使うのには、金貨はあまりにも適していなかった。使えないものはアメリアにとってあまり意味を持たなかった。
「あ、あ、あのクソ、マンフレートォォォ!!」
アメリアの絶叫がこだまする。
城の廊下でマンフレートはくしゃみをした。
続きのイメージはありますが、キリがいいのでいったんここまでとします。
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