02 医者殺し
これから腰を据えた話をするのだと言わんばかりにマンフレートは腕を組んだ。アメリアが注文した料理よりも先に議題がテーブルに乗った。周囲は騒がしく食事を楽しんでいる。誰も彼らに注意を払っていなかった。世の中はそれぞれで忙しいらしい。
「医者殺しについて詳しくは?」
「さあな。クスリに興味はねえよ」
アメリアの返答はそっけない。
マンフレートは右手の人差し指でこめかみのあたりを指した。
「要は脳の機能を麻痺させるんだ。良くなさそうな感覚をシャットアウトする」
「良くなさそうな感覚?」
「痛みをはじめとした身体からの信号。熱とかだるさとか、そういうものも」
「ははは! それがわかんねえから医者に行かねえ、で医者殺しかよ!」
くだらない冗談だとでも言うように大げさにアメリアは笑った。マンフレートはとくに彼女をとがめたりはしなかった。初めて医者殺しの話を聞いたときは似たようなことを彼も思ったのだ。体の不調だけを感じなくなるなんてあるものか、と。
アメリアの目からわずかに真剣さが失われたのをマンフレートは見た。仕方のないこととはいえ、気分のいいものではない。しかし話す順序は守る必要があった。
「加えて安価で中毒性もある。勘違いするために彼らは手を出し続ける」
「病気が治りましたー、って?」
マンフレートはやむなくうなずいた。認めたくなくとも被害者が増えつつあるのは事実だった。
「ってことはお前は薬屋だって言いたいわけだ」
またにやにや笑いながらアメリアはマンフレートに水を向けた。
「いや違う。土産物屋だ」
「あァ? じゃあお前がクスリを止める道理がねえじゃねえか」
「あるね。最終的に人が潰れたら客がいなくなる。それは困るんだよ」
表情を不満げなものに変えてアメリアは舌打ちをした。それがどの意味を持っているのかをマンフレートは計れない。その場合、彼は話を強引にでも進める必要があった。いま求められているのは相互理解よりも利害関係の構築だった。
マンフレートはポケットから革袋を取り出して、逆さに振った。
「今回の達成報酬がこれ。前金はない」
「おいおい、見たことねえよ、金貨二枚? 数年はバカみてえに暮らせる」
マンフレートがさっさと金貨をしまってもアメリアの驚きの表情は貼り付いたままだった。目の前の非現実がいきなり現れた交渉相手の本気の度合いを否応なしに理解させる。そして同時にもうひとつのことを確信させる。
視線をテーブルからゆっくりマンフレートに戻して、アメリアは口を開く。
「気に入らねえことがふたつある」
「ふたつ? 想像がつかない」
「てめえが嘘をついてるのがひとつだ。お前、商人じゃねえもんな」
アメリアの言い方はすでに疑いの段階を飛び越していた。尋ねることも確認を取ることも必要としない。
「何を根拠にそんなことを――」
「うるせえよ。クセになってんだか知らねえが、座っててそんだけ周りに注意を払う商人なんざいねえ。それも気付かれねえようにな。軍人か傭兵。これで決まりだ」
これまでどこか柔和なものを滲ませていたマンフレートの表情からそれが消えた。ただ座ってお互いに面を合わせているのではなく、向かい合うという表現に沿う状況に寄った。
肯定も否定もない。マンフレートが選んだのは沈黙だった。視線がぶつかり続ける。店内の騒がしさに比してこのテーブルに音はない。それは決して穏やかな静けさではなかった。人工的な、冷たい無音。
「次に気に入らねえのがアタシをナメてることだ」
「思い当たらないね。こっちは相応の報酬を提示したつもりだけど」
「金貨見せておいて襲われること考えねえのかよ。こっちは奪えばそれで終いだ」
マンフレートはすこし長く息を吐いた。
「よしアメリア、仮に俺が軍人だとしよう、傭兵でもいい。きみの言うとおり、な。だとしたら俺を襲うことは割に合わないな。俺の仲間から狙われることになるんだから。金貨二枚は大きいし、やり返す意味もある。面子はどこも大事だ」
音そのものは周囲の喧騒にかき消されたとしても、アメリアが歯ぎしりをしたのは明白だった。このことはマンフレートの彼女に対する評価を上げた。狂暴かもしれないが、獣ではない。
そこで注文していた料理が運ばれてきた。豆の入ったシチューにライ麦パン。量はアメリアの体躯に比べるとすこし多く思える。シチューから漂う温かな湯気と香りが場の空気をやわらげた。いまだけは手はやさしい用途で使われるべきだった。
食器が触れ合う音だけの時間が終わって、アメリアとマンフレートはふたたび向き合った。皿はすっかりきれいになって、下げられるのを待っている。
「いちど俺は帰るよ。次に来たときにやるかやらないか決めてくれ。またこの辺に来ればいるんだろ?」
「チッ、まあいい。しばらくはこの辺に宿をとるつもりだ。たまたま“ふとっぱら”がいたもんでな。ご厚意に甘えるからよ」
そう言ってアメリアは店の入り口のほうを振り向かずに親指で指して、汚れた革袋を取り出した。その意味をマンフレートはすぐに察してため息をついた。
「手癖が悪い」
「ぎゃはは、売られたもんを買ったのさ。落ちてんのを拾うのと変わんねえよ」
そこまで聞くとマンフレートは席を立った。足早に店を出るまで一度も振り返らなかった。
アメリアはその姿を目で追って、見えなくなると考え込むように頬杖をついた。中空をぼんやりと睨んだままでしばらく動きを止める。
「……さて、どうしたもんかね」
宛先を持たない完全な独り言がアメリアからこぼれた。




