19 実は俺は
荷車がごとごと揺れる。引くのはマンフレートで、アメリアが並んで歩く。音こそ立つものの、人々を眠りから覚ますほどではない。急いで移動しているわけではないことも一因だろう。
布をかけて中身を隠した荷車は、子どもが家族に乗せてもらって楽しめるくらいに大きい。そんなものを引いているせいか、マンフレートの額にはわずかに汗が滲んでいる。積んであるものが重いのかもしれない。
「で、探し物は見つかったのかよ」
「ああ、欲しい資料はぜんぶ見つかった。言い逃れは無理だろうな」
「後ろのバカどもも資料扱いか」
「場合によってはもっと価値が出るかもな」
軽く息を吐きながらマンフレートが応じた。荷車にはマリウス・リンデマンと医者殺しの製造に関わっていた痩せぎすの男が、気絶したまま縛られて詰められている。もちろん猿ぐつわもだ。彼らは罪を問われる前にさまざまなことを聞かれるだろう。マンフレートは手段のことは知らない。犯罪者の尋問は彼の職務範囲外のことだからだ。
アメリアは荷車のほうを一瞥してバカにしたように笑った。
「はは、価値ねえ。何の役に立つのやら」
「こいつらの交友関係が思っていたよりも広く、そしてそのことを吐いたら大成功と呼べるだろうな。余罪が芋づる式に出てきたらというだけの話だ。現実味はない」
「つかこいつらどこに運ぶんだよ。この時間じゃ牢も閉まってんだろ、さすがに」
人間を積んだ荷車など、正確な事情がどうであれ、見つかれば騒ぎになる。扱いは慎重にしなければならない。しかしマンフレートの歩みに迷いはない。目的地を決めてある足取りだ。
マンフレートが短く息を切って、間を整えた。
「そのことなんだが、アメリア。実は俺は商人じゃない。国家側の人間なんだ」
「いやわかってるっての。何度も言ってたろ。何なら初日から」
ばつが悪くなったのかマンフレートはすぐに言葉を継げなかった。そのせいでさらにマンフレートはいたたまれなくなっていく。
「……だからとりあえずは国所有の空き家に隠す。そこからは俺たちの手を離れる」
「嘘が下手っつうか、まあ、隠したほうがいい部分に無自覚なんだろうな」
「俺たちの手を離れる」
「わかったよ、うるせえな。ごまかすのも下手かよ」
からかってもいいが、もう時間は真夜中よりも朝に近づきつつある。頭がそれを楽しめるほど元気ではない。マンフレートの言う空き家に隠したらさっさと帰って眠りたいというのがアメリアの本音だった。マンフレートだって同じ意見だろう。たったいまの会話を考えてもからかわれる余裕は少なさそうに思える。
しかし話すことはある。彼らが初めて踏み入れた領域について。
「そういやよ、このガリガリのほう、なんでクスリの効果なしであの廊下通れたんだろうな。別のやり方でもあったのかね」
「単純にこいつだけは通れるルールの魔術だったとか、そういう可能性もある」
「なんでもありだな、そりゃ」
「法則や現象を書き換える技術だからな、正確なことは本人しか知らないさ」
魔術についてはマンフレートも半ば呆れたような態度だった。どうにか突破することができたとはいえ、本当に常識が作り替えられていた。あんなものが、かなり希少らしいとはいえ、世に存在することを認めなければならない。マンフレートにとってはできればもう考えたくない種類のものだった。蓋をして、縄で縛って、二度と出てこないようにしたい。
「魔術といえばよ、あの火もそうだったのか? まっすぐ飛んできたやつ」
「わからん。その可能性もじゅうぶんあるってだけだ」
「冷めてんねえ」
「医者殺しの問題は解決したが不明な点はまだある。実際のところな」
根本のところはたしかに解決していた。製造拠点の発見と製造者の確保、ハウス・リンデマンとある貴族の接点を示す書類の押収。実効的な部分としてはこれ以上ない成果だ。しかし疑問の残るポイントがあるのもたしかだった。それもお互いに。
しかしどちらもわざわざその疑問点を口にはしなかった。それはどこにも行けない種類のものだったからだ。予想外の存在がいたことも、そもそもどうして医者殺しを貴族の発案で流行させる必要があったのかも。それらはすべてこれから始まる調査で明かされるべきことだった。
「そうだ、生かしたままにしておいてくれて助かった」
マンフレートは荷車のほうをちらっと振り向いた。
「あ? ああ、そんなこと言ってたな。殺す価値もなかったってだけの話だ」
「価値?」
「自分ってもんがねえクズだったんだよ、汚れちまうから触りたくもねえ」
そう言ってアメリアは手甲を一撫でした。これを堂々と言えるのは、すくなくとも傷らしい傷を負っていないからだろう。選ぶ権利がアメリアにはあったのだ。道すがら聞いた話では、筋力増強どころか限界を超えた力をクスリによって手に入れた相手だったらしい。それを一方的に見下ろせるとなると、彼女の天井はマンフレートでさえいまだ見当がつかない。
そのままふたりは歩いた。肉体的な疲労よりも、深夜を通して神経をとがらせたことの疲労が勝った。だからいつもの彼らに比べて足取りは重い。
そんな時間がしばらく続いた。
「あそこだ。あれがさっき言った空き家。これで第一段階は終わった」
「やっとかよ。ご苦労なこった」
アメリアはまだ仕事が残っているのだろうマンフレートに軽く同情した。これから第二段階や、もしかしたら第三段階まであるのかもしれないのだ。もちろん任務の難度や密度が同じだとは思わないが、ぱぱっと終わる簡単なものだと考えるのは楽観が過ぎるというものだろう。
目的地を捉えてわずかに速度を上げたマンフレートが、思い出したようにアメリアのほうを振り向いた。
「そうだ、報酬」
マンフレートはポケットの中を探って、それをアメリアに放り投げる。革袋だ。
アメリアはそれを受け取って中身を確認する。さすがのアメリアもすこし顔を引きつらせた。言っていたとおりのものが中に入っている。
「お前なあ、考えろよ。報酬ったってポケットに入れて持ち歩く額じゃねえだろ」
「落とさない細工くらいしている。それよりは事情が重なって忘れるほうがあり得る話だからな」
「……国のご立派な職業についちまうと価値観変わるのかね」
アメリアはため息をついた。




