閑話 明日返すから【一周目・中学一年の藤宮恒一】
帰りの会が終わると、机の横に掛けていた鞄を外した。部活へ行く同級生が、次々と廊下へ出ていく。
俺が教科書をしまっている間に、遼太が入口から顔を出した。
「藤宮、あれ読んだ?」
「まだ最後までは」
「金曜に貸しただろ」
「姉ちゃんが先に持っていったんだよ」
遼太に借りた漫画の三巻は、家にある。昨日の夜、残りを読もうとしたら、姉ちゃんが先に部屋へ持っていってしまった。
「何で姉ちゃんの方が先に読むんだよ」
「俺もそう言った」
「返してもらえよ。今日、四巻持ってきたのに」
「明日三巻返すから、その時でいいか」
遼太は鞄を片手で持ち直した。
「じゃあ、今日うち来いよ。ゲームの続き、やろうぜ」
「今日は三巻読みたい」
「夜でいいだろ」
「行ったら、帰ってから読む時間が減るだろ」
「一時間くらいで帰ればいいじゃん」
その時、悠斗が遼太の肩越しに教室をのぞいた。
「まだいた。先行くぞ」
「藤宮が漫画返さないんだよ」
「それ、今言うこと?」
「藤宮、部活ないんだし、今から来られるだろ」
「今日は家で読むって」
悠斗は俺の机の上に残った教科書を見て、鞄の口を指した。もう全部入れたつもりだったが、英語だけ外に出ている。
「忘れてる」
「分かってるって」
教科書を入れてから立ち上がった。
昇降口へ向かう途中、遼太はゲームで先に進めたところを話し始めた。
「そこから先、言うなよ」
「まだ大事なところは話してないだろ」
「場所の名前、言った」
「名前くらいで分からないって」
「まだ見てないんだよ」
「じゃあ、今日うち来ればよかったのに」
「漫画が先」
悠斗は下駄箱から靴を出し、履き替えながら言った。
「お前ら、まだ漫画の話してんの?」
「四巻まで読んだら分かる」
「俺には貸してくれないの?」
「藤宮が三巻返したらな」
遼太に言われ、悠斗まで俺を見る。
「明日返すって」
校門では七海が同じ学年の女子と並んでいた。俺たちに気づくと、一緒にいた子へ少し待ってと言って近づいてくる。
「藤宮、今日は遼太んち?」
「帰るよ」
「遼太たちと行かないんだ」
「借りた漫画、家で読みたいから」
「そんなに面白いの?」
遼太が俺より先に答えた。
「面白いから貸してるんだけど」
「遼太には聞いてないよ」
七海が笑う。待っていた女子に名前を呼ばれ、また今度ね、と手を振って戻っていった。
俺たちも校門を出た。悠斗と遼太のゲームの話を聞きながら歩き、二人と別れる角で足を止めた。
「明日な」
遼太が言った。
「分かってる。学校に持ってくる」
「四巻も持ってくるから、鞄空けとけよ」
鞄はもう教科書でいっぱいだった。明日の時間割なら、一冊くらい入るかもしれない。
家に着くと、母さんが台所から顔を出した。
「早かったね。手、洗ってから麦茶飲みなさい」
「先に部屋行く」
「鞄だけ置いて、戻っておいで」
机の上に三巻はなかった。
姉ちゃんの部屋をのぞくと、ベッドの脇に閉じて置いてある。しおり代わりに挟んだ紙が飛び出していた。
「もう読んだ?」
「まだ途中」
「明日返すから、先に読ませて」
「私もまだ読みたいんだけど」
「俺が借りたんだよ」
姉ちゃんは机から顔を上げず、三巻をつまんで俺へ差し出した。
「折り目つけないでよ」
「姉ちゃんが紙挟んでたんだろ」
「折ってはないから」
しおりにしていた紙を抜いて、姉ちゃんに渡した。
「読み終わったら、もう一回貸して」
「明日返すんだよ」
「今日のうちに読むって」
洗面所で手を洗い、麦茶を一杯飲んだ。姉ちゃんに取られる前に読みたくて、コップを流しに置いて部屋へ戻る。
最後の数ページまで読んだところで、夕飯だと呼ばれた。
父さんはもう帰っていて、新聞を畳んで席に着くところだった。姉ちゃんが俺の持ってきた漫画を見つける。
「読み終わった?」
「あとちょっと」
「じゃあ、ご飯のあと貸して」
「分かってるって」
母さんが皿を置きながら、漫画はご飯のあとにしてと言った。俺は本を閉じて椅子の脇に置く。父さんに漫画を買ったのかと聞かれ、遼太から借りたと答えた。
「明日返すんだ」
「忘れず持っていけよ」
「分かってる」
姉ちゃんが箸を持ったまま、俺の方を見る。
「最後、どうなったか言わないでね」
「まだ読んでないって」
父さんは俺たちを交互に見て、何も言わずに味噌汁を飲んだ。
食べ終わってから残りを読んだ。姉ちゃんへ渡すと、しばらくして部屋へ返しに来た。
「明日、四巻も借りてきて」
「俺が先に読むからな」
「はいはい」
三巻を鞄のいちばん上に入れた。




