第八十一話 四点差
中間試験の答案は、次の週から一教科ずつ返ってきた。
最初は数学だった。
「名前を呼ばれたら前に取りに来て、席に戻ったら裏返して待つこと。全員に返してから答え合わせをします」
先生が出席番号順に名前を呼んでいく。
名前を呼ばれて前へ出る。受け取った答案の右上には、百と書かれていた。
計算問題にも文章問題にも、バツはなかった。試験中に書き足した単位も合っていた。
席へ戻って答案を裏返す。
「藤宮、何点?」
佐伯が答案を裏返したまま、小声で聞いた。
「全員に返すまで待てって」
「でも、見えたんだろ?」
「見えたけど」
「じゃあ教えて」
最後の一人が席に着くのを待って、小声で答えた。
「百」
「うわ、聞かなきゃよかった」
佐伯は自分の答案に手を置いた。
「佐伯は?」
白石が隣から聞く。
「藤宮より下」
「それ、ほとんどの人がそうじゃない?」
「だから嘘じゃないだろ」
答え合わせが始まり、佐伯は間違えた計算を赤鉛筆で直した。二問目までは何も言わなかったが、三問目で数字が合わないと言い出し、途中式を見て自分で符号の間違いを見つけた。
国語は九十八点だった。
抜き出す問題で、最後の一文字が足りていなかった。自信のなかった記述は丸になっている。
英語は九十七点。
曜日の綴りは全部合っていたが、英文の最初を大文字にするのを一つ忘れた。
社会は九十六点で、理科は九十一点だった。
理科の最後に書き直した答えは、理由が一つ足りずに三角になっていた。ほかにも用語を二つ間違えている。
赤い字で足された理由を読むと、試験中に削った方の文には入っていた。短くしようとして、必要な言葉まで一緒に消していた。
答案の端に「もう一度」と小さく書く。数学の答案は先に机の中に入れたのに、理科は赤い字まで読み直してからしまった。
「藤宮でも理科は九十一なんだ」
七海が答案を見て言った。
「でも、って何だよ」
「花のところ、できたって言ってたから」
「花はできた。実験で間違えた」
「私は花も一個間違えた」
「何でちょっと嬉しそうなの?」
「ちょっと安心しただけ」
七海は自分の答案で間違えた場所を、教科書を開いて確かめた。
五教科の点を足すと、四百八十二点だった。
答案が全部そろっても、順位はすぐには分からなかった。
金曜日の帰りの会で、担任が一人ずつ名前を呼んだ。俺も前へ出て、細長い紙を受け取った。
名前と五教科の点数。その下に、学年順位が印刷されている。
三位。
百点が一つあっても、一位ではなかった。
一周目の受験勉強で覚えたことだけでは、この順位には届かなかった。
嬉しくないわけではない。
けれど、理科の答案には、覚え直せていなかったところが赤い字で残っていた。
「藤宮、三位?」
佐伯が紙をのぞこうとする。
「見えてるだろ」
「俺、二桁だった」
「それだと十位か九十九位か分からないだろ」
白石が自分の紙を鞄にしまいながら、俺の百点の答案をもう一度見た。
「百点の答案って、本当に全部丸なんだね」
「百点だからな」
「分かってるけど、ちゃんと見たことなかったから」
白石は答案の端をそろえて、教科ごとの順に重ねた。
* * *
部活を終えて昇降口へ行くと、七海と白石がまだ残っていた。
二人とも今日は委員会があり、部活に行かなかったらしい。
「三位の人、遅い」
七海が言った。
「三位って呼ぶなよ」
近くで靴を履いていた月島が顔を上げた。隣には小坂もいる。
「藤宮、三位だったの?」
「うん。月島は?」
「四位」
月島は靴のかかとに指を入れながら答えた。
「何点?」
「四百七十八。藤宮は?」
「四百八十二」
月島の指が止まった。
「四点か」
「近いね」
白石が言うと、月島は自分の鞄から折った成績の紙を取り出した。
「数学で九点落とした。次はそこ直す」
「俺も理科で九点落とした」
「じゃあ、次も四点差とは限らないな」
「月島が上がる分だけ、俺も上がるかもしれないだろ」
月島は紙を鞄に戻した。
「なら、次は抜く」
「決めるの早くない?」
小坂が笑う。
「目標にするだけならいいだろ」
「藤宮君、目標にされたよ」
「聞こえてる」
七海が俺と月島を順に見た。
「二人とも、もう次の試験の話してるの?」
「まだ答案も全部持って帰ってないのにね」
白石も笑った。
月島は少しだけ眉を寄せ、それから先に外へ出た。
小坂が月島を追いかける。
「次は数学、私に聞けばいいじゃん」
「真帆には聞かない」
「何で?」
「今回、私より下だっただろ」
「そこ覚えてたんだ」と小坂の声が、昇降口の外から返ってきた。
七海は二人の背中を見送り、それから俺の持っている細長い紙を指した。
「藤宮も、次は一位って言わないの?」
「一位が何点だったかも知らないのに言えないだろ」
「月島なら言いそう」
「さっき俺を抜くって言っただけじゃん」
白石が、重ねた答案を鞄に入れながら笑った。
「でも、次に点を聞く相手はできたね」
「試験が返ってくるたびに聞くつもりはないよ」
七海はそう言って、先に昇降口を出た。
家へ帰って成績の紙を食卓に置くと、母さんは最初に順位を見て、それから五枚の答案を一枚ずつ開いた。
「三位って、学年全部で?」
「そう」
「すごいじゃない。数学は百点だし」
台所から姉ちゃんも来て、母さんの肩越しに答案を見る。
「百点あるのに三位なんだ」
「五教科の合計だから」
姉ちゃんは理科の答案を持ち上げた。
「理由、ずいぶん書き足されてるね」
「百点の方も見ろよ」
「そっちは直すところないじゃん」
父さんは最後に細長い紙を手に取り、合計点と順位を見た。
「試験前、遅くまでやってたのか」
「十一時までには寝たよ」
「ならいい。頑張ったな」
答案を返され、自分の部屋へ持っていく。机の前に貼っていた試験範囲を外し、五枚の答案は机の上に重ねて置いた。
一番上は数学だった。百の数字を見てから、鞄にしまった成績の紙をもう一度出す。




