第七十八話 一週間で百万曲
日曜日の午後、英語の教科書を閉じてからパソコンの電源を入れた。
起動を待つ間に、机の端に置いた範囲表を見る。午前中に終わらせるつもりだった数学の問題集は、まだ二ページ残っていた。
その上に教科書を重ね、画面が明るくなるのを待った。
最初に調べたのは、前から株を持っている会社だった。
アッ〇ル。
検索すると、会社のページより先に、新しい音楽サービスの記事がいくつも出てきた。
一番上の記事を開く。
文字が先に表示され、写真は上から少しずつ出てきた。白い背景の中央に、小さな音楽プレーヤーがある。前の型より薄くなり、入れられる曲数も増えたらしい。
同じ日に、インターネットで曲を買える店も始まっていた。
一曲ずつ買えて、値段は一曲九十九セントだった。
ただし、今のところはアメリカ向けだった。使えるパソコンも限られ、俺の部屋にあるウィンドウズ機から、その店で曲を買うことはできない。
次の記事に移る。
ページの途中で写真が止まり、しばらく白い四角だけが残った。読み込みが終わる前に文字を下へ送る。
サービスを始めて一週間で、売れた曲が百万を超えたと書かれていた。
同じ数字を扱った別の記事も開いた。
会社の発表をそのまま載せたものもあれば、一曲ずつ選べることや、店へ行かずに買えることを取り上げたものもあった。反対に、今使える人が限られていることを先に書いた記事もある。
百万曲という数だけなら大きい。それが最初の一週間だけで終わるのか、使う人が増える入口なのかは、今の記事からは分からなかった。
「もう始まってたんだ」
椅子を少し引いた。
三十六歳だった頃には、音楽を一曲ずつ買うことも、手の中の機械に何百曲も入れることも珍しくなかった。アッ〇ルを、パソコンより携帯電話で知った人も珍しくなかった。
でも、そうなる年までは覚えていなかった。
小学生の時、父さんのパソコンで会社を調べた。花柄のノートに、パソコンの会社と書き、その下に音楽と足してから消した。
あの時は、まだ早いと思った。
今は、その会社自身が音楽を売り始めている。
机の引き出しを開け、下に入れていた花柄のノートを取り出した。
最初の方には、小学四年の時に書いた会社名が残っている。アッ〇ルの行には、消しきれなかった黒い跡があった。
そこに書き足すには間が空きすぎていたため、新しいページを開く。
日付を書き、その下に会社名を書いた。
四月二十八日、アメリカで曲を一曲ずつ販売。
一週間で百万曲以上。
同じ日に、新しい音楽プレーヤー。
三行書くと、どれも記事を写しただけになった。
鉛筆を置き、もう一度画面を見る。
未来で大きくなった会社だと知っている。それだけなら、小学四年の時と変わらない。父さんに聞かれれば、今ある物がなぜ次につながるのかを話さなければならなかった。
音楽プレーヤーに曲を入れるにはパソコンを使う。曲を買う店も、その機械も同じ会社が作っている。
パソコンや音楽プレーヤーを売って終わりではなく、買ったあとも同じ会社のサービスを使うことになる。
一周目では、音楽を入れた機械を買い替えても、次の機械に同じ曲を移していた。やがて音楽だけでなく、電話や写真、インターネットまで一台にまとまった。
その頃には、どこから始まったのかを考えたこともなかった。
今、画面に出ているのは、その手前だった。小さな音楽プレーヤーと、一曲ずつ買える店しかない。
ノートに、機械と曲を買う場所がつながっている、と書いた。
書いてから読み直すと、まだうまく説明できていない気がした。
会社の発表だけでなく、ほかの記事も探した。
日本でいつ始まるかは決まっていない。ウィンドウズではまだ使えない。音楽をインターネットで買う人が、この先も増え続けるとは記事のどこにも書かれていなかった。
検索する言葉を変え、音楽プレーヤーを使った人の記事も探した。小さいことや、曲をたくさん入れられることを評価する感想は出てきたが、同じ会社の製品を次も買うとまで書いている人は少なかった。
俺が知っている未来までつながる材料は、まだ足りなかった。
前に百万円分買った株も、一度は買った時より評価額が下がった。
ノートの下の方に線を引く。
まだ分からないこと、と書き、三つ並べた。
日本でいつ始まるか。
ウィンドウズでも使えるようになるか。
この仕組みが音楽以外にも広がるか。
最後の一つは、今の記事をいくら探しても答えが出ない。
俺の記憶には答えがあった。それでも、いつ何が出るかを順番どおりには思い出せなかった。
父さんに見せるなら、未来では大きくなるとだけ言うより、最初に書いた三行が必要だった。
画面の右下に出ている時刻を見る。
数学を二ページ残したまま、もう一時間近く調べていた。
ノートの次の行に、買うなら、と書く。
金額を書こうとして、鉛筆が止まった。
前に買った百万円分より、大きな金額が頭にあった。
それを父さんと母さんに説明するには、まだ調べたことが足りなかった。
金額の行は空けたまま、ノートの端に、もう一度読む記事の名前を書いた。
階段の下から、母さんに呼ばれた。
「こういち、洗濯物持ってきて」
「今行く」
返事をしても、画面は開いたままだった。
「聞こえた?」
「聞こえてる」
ノートに鉛筆を挟み、パソコンの前に置いたまま立ち上がった。




