第七十五話 その六、持ってたのか
土曜日、昼飯を食べたあとで遼太の家へ電話した。
バスケの練習は午前で終わった。帰り道では何もしたくないと思っていたのに、着替えて腹がいっぱいになると、まだ一時を少し過ぎたところだった。
「もしもし」
「遼太? 今日、来ない?」
「何するの?」
「決めてないけど」
「じゃあ悠斗も呼ぶ。さっき帰りに会ったから、家にいると思う」
二時くらいと決めて電話を切る。受話器を戻すと、台所から母さんに誰が来るのか聞かれた。
「遼太と、来られたら悠斗」
「居間で遊ぶなら、先にお父さんの新聞を寄せといてね」
テーブルに広がっていた新聞を重ね、端に置いた。
暇そうに見えたのか、姉ちゃんが二階から漫画を一冊持ってきた。
「こういち、これ読んだ?」
「まだ」
「じゃあ読む?」
受け取ろうとしたところで、姉ちゃんが引っ込める。
「折らないでよ。あと、お菓子食べながら触らないで」
「姉ちゃん、自分も食べてるだろ」
「私は気をつけてるから」
表紙をめくると、間から細い髪が一本落ちた。
拾って見せたけど、姉ちゃんはもう台所へ行ってしまった。
*
遼太は二時より少し早く来た。
「悠斗、あとで来るって」
「来られるんだ」
「まだ飯食ってた」
居間に入ると、遼太は俺が置いた漫画を手に取った。表紙を見て、すぐに裏返す。
「これ、姉ちゃんの?」
「貸してくれた」
「藤宮、こういうの読むんだ」
「まだ途中。最初から読めば?」
遼太が座布団に座り、ページを開いた。
俺はテーブルに肘をついて、反対側から一緒に見た。俺が読んだところへ追いつくまで待っていると、遼太が台詞を一つ声に出しかけた。
「読むなよ」
「この男、すごいこと言ってる」
「知ってる。そこは読んだ」
遼太は笑っていたのに、その先は黙って読み始めた。次のページをめくるのが早く、俺の方が待てと言うことになった。
しばらくして、インターホンが鳴った。
出迎えると、悠斗が半袖のシャツの裾を引っ張っていた。
「暑い。窓開いてる?」
「居間は開けてる」
悠斗は麦茶を一杯飲んでから、俺たちが見ていた本をのぞいた。
「ゲームじゃないの?」
「何するか決めてないって言っただろ」
遼太が答える。
「俺、何も聞いてない。来るかって言われただけ」
俺は漫画を遼太に預け、戸棚からトランプを出した。三人だと本も読みづらいし、ゲームボーイも結局、順番待ちになる。
「七並べしようぜ」
「全部ある?」
「たぶん」
箱を開けると、ジョーカーだけ裏向きで入っていた。それを抜き、三人で同じくらいの厚さになるように分ける。
七を出し合ってから、残った札を扇形に広げた。
俺の手には、ハートの六と、その先につながる札が何枚もあった。
悠斗が八を出し、遼太が別の列を延ばす。俺はハートの六を残して、出せる札を一枚置いた。
「パスって何回まで?」
「三回でいいんじゃない?」
遼太が言った。
「じゃあ、一回目」
「もう?」
悠斗が札を伏せた。
遼太は自分の札を広げ直し、俺の顔を見る。
「藤宮、出せるのないの?」
「あるって。今出すから」
ダイヤの九を並べた。
ハートの五は、まだ出てこなかった。
何周かしたところで、遼太が二度目のパスをした。俺の方には出せる札がなくなり、ようやくハートの六を置く。
「その六、持ってたのか」
悠斗が別の列へ札を置くと、遼太がすぐ五を出した。
「ほかにも出せるのあったから」
「ずっと待ってたんだけど」
「遼太だって、そういうのやるだろ」
遼太は否定せず、次に出す札を前へずらした。
これで俺もハートを並べられる。そう思って四を出すと、悠斗が三を置き、遼太が二を続けた。
俺が持っていたエースまで出せたが、そのあとが止まった。
残っているのは、別の列の端ばかりだった。
「あれ。藤宮、パス?」
遼太がわざわざ聞く。
「今考えてる」
「並べられるところ見れば分かるじゃん」
「分かってるから待てよ」
結局、俺はパスした。続いて悠斗が最後の一枚を置いた。
「終わった」
「え、もう?」
悠斗の手は本当に空だった。
遼太と俺が残りの札を見比べる。どっちもあと少しだったのに、悠斗は俺たちのことを見ず、空になったコップへ麦茶を足していた。
「もう一回やろう」
「先に終わらせろよ」
「分かってるって」
俺は最後まで並べてから、札をまとめた。
今度は遼太が配った。
二回目は俺が先に上がり、三回目は遼太が残った。遼太は配り方が悪かったと言ったけど、配ったのは自分だった。
四回目は、悠斗が七を持ったまま始めようとした。
「それ先に出せよ」
「あ、あった」
悠斗が笑いながら七を抜く。俺も遼太も何か言おうとして、結局、一緒に笑ってしまった。
*
トランプを箱へ戻したあと、しばらく誰も立たなかった。
遼太は途中だった漫画をまた開き、悠斗は座布団を半分に折って壁にもたれた。
「次、何する?」
「ちょっと待って。ここだけ読む」
さっきから何度も聞いた返事だったので、俺も横からのぞいた。
台所で母さんが袋を開ける音がした。姉ちゃんが何か聞き、まだ食べないで、と言われている。
窓から入った風で、新聞の一枚が床へ落ちた。
悠斗が足で押さえたので、俺が拾ってテーブルへ戻す。遼太は本を開いたまま、まだ続きを読んでいた。
「お前、最初笑ってただろ」
「笑ったら読んじゃだめなのかよ」
「別にいいけど、俺より先に読むなよ」
遼太が少しだけ本をこっちへ寄せた。
悠斗も起き上がり、俺の肩越しに見る。
「そいつ、誰?」
「最初から読めって」
二人で同時に言ってしまい、遼太が顔を上げた。
笑い声を聞いて、姉ちゃんが居間へ来る。
「何がそんなに面白いの?」
「今、遼太と同じこと言っちゃって」
「こういち、それ読み終わったら上に持ってきてね」
姉ちゃんが二階へ戻ったあと、遼太が俺に小さな声で聞いた。
「次の巻もある?」
「知らない。あとで聞く」
五時を過ぎて二人が帰る時までに、俺は借りた一冊を読み終えた。遼太が靴を履きながら続きを当てようとするので、俺も違う予想を言い返した。
玄関を閉めてから、漫画を持って二階へ上がった。
「姉ちゃん、これの続きある?」
隣の部屋の戸を、二度叩いた。




